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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編10
 木曜日。
 『皐月堂』の店内はいつも心地良い。静か過ぎない店内でバイトをしながら、私は心の中で呟いた。
 ――『留姫に嫌われてしまうかもしれないから』、か……。
 昨日、確かにそうレナは言った。
 普通、そういう言い方をする場合は好かれたいと思っている時に言うのよね? それは間違っていないと思うんだけれど……。
 ――私はレナにとって、今、どういう存在なんだろう……?
 来店したお客様を席に案内してからお水をサービスして、メニューをお渡しして――と仕事はちゃんとしながらも、どうしてもレナの言った言葉の意味を探してしまう。
 レナは私の心に波紋を広げておきながら、全く普通に仕事をしている。こんなに私がレナのことを考えているのに、きっとそれすらも知らない……。
 トクン。
 レナのこと考えると、心臓の音が大きくなる。ドキドキする……。
 ――このままでいい。下手に私の気持ちを知られてしまったら、レナは私から離れてしまうかもしれない。まだ、『恋愛ごっこ』であることには、何も変わりはないんだから。
 レナに嫌われたくない……。



 休憩時間に女子更衣室に行き、ロッカーを開けた。バッグから私は生徒手帳を取り出して、あのメモを開いた。
 結局、私はあのメモの隠し場所に生徒手帳を選ぶしかなかった。他に考えてはみたけれど生徒手帳が一番、持ち歩くことが多いから。
「……」
 メモを見ていると、レナが私にくれた言葉が次々に思い出せる。すごく幸せになる……。
 生徒手帳をバッグに戻すとロッカーにしまった。女子更衣室から出て、椅子に座る。
 ――昼間はバイト、夜は宿題。
 レナほどハードスケジュールじゃないけれど、わりと忙しい……。
 休憩時間の交代で、アリスが二階に来た。
「大変っ。――昨日の人、来ているわよ」
「えー、うざい……!」
 私の即答にアリスは苦笑する。
「でも良かったわね、レナさんがいてくれるから安心じゃない?」
「……まあ、そうかもしれないけれど」
 私はアリスに訊ねる。
「ドーベルモンさんとは?」
「え?」
「何か進展あった?」
「なによ、いきなり……べつに……」
 アリスは言葉を濁した。
「あったの?」
「今度……一緒に映画観に行く約束をしたの」
 アリスはそう言うと頬を染めて下を向いた。
「やった! 良かったじゃない!」
 私はアリスの肩を叩いた。
「うん……ありがとう!」
 アリスは微笑む。
 一階に下りると階段のすぐ近くにレナがいた。心配そうな顔をするから、小声で言った。
「今日も送ってくれるでしょ?」
 返事を待たずに、私は銀のトレイを手に取る。そのままカウンターへ行った。
「留姫……」
 樹莉まで心配そうにしているから、私は
「大丈夫」
 と言い、仕事を始めた。



 帰りにレナと一緒に『皐月堂』を出た。警戒していたけれど、あの男性の姿は見当たらない。
 私達は駅まで歩き出した。
「――諦めたのかしら?」
「それならいいけれど」
「……なんだ」
 私は呟く。
「なんだ、って?」
 レナが問いかける。
 私は思い切って言ってみた。もしかしたらまた、優しくしてくれるかもしれない。
「レナが心配してくれるのなら……って」
 レナが歩みを止めた。
 私も足を止めた。
「レナが心配してくれるのって、『恋愛ごっこ』だから?」
 と、訊いてみた。
「『恋愛ごっこ』じゃなくても、不審なヤツが身近にいる女の子を狙っていたら助ける」
 ――身近にいる女の子、か。
 私は予想通りの答えに、残念さと安堵が混ざった気持ちになる。ちょっと複雑だ。
「それに、留姫に必要だと思ってもらえるのは嬉しい」
 ……それはどういう意味なの?
「留姫みたいにかわいい子に頼られるのは嬉しい」
 私は目を逸らした。
「面と向かってそんなこと言わないでよ」
 感情を押し殺して言葉を選ぶ。
 内心――かなり動揺していた。
 ……私をかわいいと思うの? つまり、『かわいいと思っている子が不審者に狙われているから助けたい』と?
 ――『大人しい子』からワンランクアップしたってこと? つまりそういう意味なのかしら?
「耳が赤い」
 レナが笑いを堪えている。
 ……え? もしかしてまたからかわれた……?
「――知らない!」
 私はレナの手を取ると、さっさと歩き出した。
 レナは私に引っ張られるままについてくる。
「そんなに急がなくても……」
「何よ!」
 レナが、
「留姫とは、ゆっくり歩きたい」
 と、言った。
 私は思わず立ち止まった。
「そう? そう言うなら……」
 私はゆっくり歩きながら、レナの手を離した。もう駅に近いから。
「今度、留姫と、もっとゆっくり話がしたい」
 ――?
「ゆっくり? どうして?」
「バイトの合間とか、こういう帰り道じゃなくて……」
「……うん、いいよ」
 なるべく冷静にと気をつけながら、私は答えた。
 ドキドキして、苦しい。
 レナは私と話すのが楽しいと思ってくれて――だからそんなことを言ってくれるようになったんだ!
 はしゃぎたくなるのを必死に堪えた。何か話題を、と、今度の花火大会のことを話した。
「ねえ、今度の花火大会なんだけれど……」
「ああ。楽しみだね」
「混んでいるじゃない? だからちょっと遠くからでも見ることが出来ればいいなって思うんだけれど……」
 人込みが多いところに行くよりも、レナとのんびり出来ればそれでいい……。
 そう思ってのことだけれど、レナは黙ってしまった。
「……どうしたの?」
「別に……」
「……そう?」
 会話が盛り上がらなかったので私はがっかりした。けれど、それは私の思い過ごしというか、勘違いだったみたい。
 改札口の前で、別れ際にレナが言った。
「花火が良く見えるところがある……」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃ、そこに決まりね!」
 私が微笑むと、けれどもレナは少し迷っているような声で
「留姫がいいのなら……」
 と、呟いた。
 気になったけれど、電車の時間も迫ってきていたから私はレナと別れた。
 電車に乗ってから、考え込む。
 ……デパートの屋上とか、かしら?
 考えても仕方ないか。どうせ、土曜日には解るんだから。

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