[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
及川さんち。 1 Side:Y.Oikawa
(※第3部本編1でちょっとだけ出てきた、及川さん達の話です)


 夕陽の照らす街を走るタクシーの中、俺は後部座席に座っていた。隣には中学生の少女が座っている。
 少女は大人しい。病院の中でそうだったように、タクシーの中でも人懐っこそうに話しかけてくると思っていた。けれどうつむいたり、そわそわしたりしている。
 助手席に座っているアルケニモンはこちらを気にしているようだ。好奇心のこもった眼差しを時々、俺に向ける。その度に俺は少女に気づかれないように軽く睨み返す。――黙っていろ、と。
 このタクシーの運転手は必要以上に話しかけてこないタイプらしく、黙々と運転をしている。そういうわけでタクシーの車内は終始、静かだった。
 少女――ピピモンとは結局、タクシーの車内でほとんど話をしなかった。
 家の近くに来るとピピモンはタクシーから降りる。料金メーターを気にして早めに降りたようだ。
 そわそわしながら俺に
「あの……ご連絡先を教えて下さい」
 と言った。
「連絡先?」
 なぜだ?と目でも訊ねると、ピピモンは
「ええと……後でお礼を……診察費とか……」
 と言った。元気の欠片も無い、消え入りそうな声だった。痛めた右足首が痛いのかもしれない。
 お礼や診察費を受け取る気は無い。たいした金額ではないし、わざわざお礼を言われることをしたつもりもない。
 ――ああ、ピピモンの親が後から電話してくるぐらいなら……。
 俺はズボンのポケットを探る。コンビニで買物をした時のレシートが見つかったので、それに携帯電話の番号をメモして渡した。
 タクシーはスムーズに走り出す。リアガラス越しにちらりと見ると、何度も頭を下げるピピモンの姿が遠ざかっていく。
 最近の子供にしては礼儀正しい。親の躾の賜物だろうと思うのと同時に、心のどこかに空虚を感じた。空いた隣の座席が寒々しく感じる……。
 大通りへ出て、最寄の駅の近くだろうと見当をつけてタクシーを降りた。
 降りてからアルケニモンを軽く睨む。
「何でタクシーなんか呼んだ?」
「いえ、だって……『社長さん』だって思っているみたいですから……」
「余計な事をするな」
「だって……かわいいじゃないですか、あの子……」
「余計な事を考えるな」
 とっさに殴ろうとしたけれど、スッとその感情が消えた。海の水が引いていくような気持ちになる。
「……」
 殴る手前の、本当に中途半端な場所で浮いている手を見つめる。自分の手ではないように感じた。
 ――なぜだ? なぜ、殴るのを止める?
「……ボス?」
 アルケニモンは自分をかばうために顔の前でとっさに組んだ腕の隙間から、俺の様子をうかがう。
「ボス? あの……?」
 いつもならとっくにアルケニモンを殴っている。それを――今の俺はなぜそうしない?
「……」
「ボス? どうかしました?」
 俺は腕を下ろすと歩き始めた。少しの間を置いて、アルケニモンが追いついて来た。
「ボス……何だか変です……」
 心配そうな声で気遣われ、俺はむすっとした。
「何でもない」
 そういえば、病院でアルケニモンが『天変地異の前触れ』だとか言った時も、いつもなら即座に殴るところだが……何もしなかった。
 ――なぜだ?
 ピピモンが近くにいたからだ、と俺は結論を出した。ガキの教育上、良くないからな……。
 駅の改札口に向かうための階段を下り始めた。地下通路のいたる所に、ウイルスによるパニックの爪跡が残っている。
「送るつもりだったが、タクシーを使うつもりは無かった」
「でも『社長さん』だったら、頻繁にタクシー使うと思いますよ?」
「それはどこの社長だ。何を参考にすればそうなる?」
「ええ? IT企業とか……」
 俺は溜息をついた。
「でも、せっかくあの子、信じているのに……」
「……」
 『小さなソフトウェア会社の社長』――よくもまあ、そんな出まかせを言ったものだ。
「全部が嘘じゃないですから」
 アルケニモンはそう言う。けれど、ピピモンの中でどんな想像が生まれたのかと思うと、やはり騙したのだとためらわれる。
 パスネットを使って改札口を通過すると、ちょうど来ていた地下鉄に乗った。地下鉄は臨時ダイヤの徐行運転だが動いている。
 ――さっきのタクシー代は高額だった。財布に痛いが、その分また稼げばいい……。
 俺はソフトウェア会社を経営してはいない。そういうものをひっくるめた――いわゆる闇商売、闇の便利屋をしている。それをそのまま言うわけにもいかなかったので、あの場では出まかせを言った。
「それにしても無償で人助けなんて……」
 隣に立ち、吊り革をつかんだアルケニモンがふと気づく。
「あ……デジモン助け、ですよね」
「そうだな」
 デジモンなのだ。ピピモンは……。
 瞼を閉じ、あの時の風景を思い出す――。

    ◇

 あの時――俺は地下鉄に乗っていた。今乗っている都営新宿線では無く、東京メトロの銀座線だ。渋谷に向かう途中だった。
 ウイルスに感染したデジモンが地下鉄の構内で暴れ、電車を停めた。急ブレーキの後に停車した車内はすぐに停電になり、パニックに陥った人々が乗務員の指示で次々に車外へ避難を始めた。
 俺はチッと舌打ちをした。よりによってこんな時に地下鉄に乗った自分の運の悪さが腹立たしい。人々がそうするのに習って、自分の携帯電話を開く。小さい画面のバックライトはわずかながらも手元や足元を照らす明かりを生む。
 ――あ、ん?
 近くに座り込んでいる子供に気づいた。我先にと車外へ急ぐ人々に踏みつけられそうになっている。
「おい!」
 腕を伸ばして引きずるように立たせると、足を痛めているようだった。
「大丈夫か?」
 中学生らしいその少女をとりあえず空いた座席に座らせる。足首を捻ったようだ。
「歩けるか? 早く避難しろ」
 そう言うと、少女から離れようとした。俺だってこの場所から避難しないと命が危うい。
「助けて下さいっ」
 そう言われ、俺は振り返る。暗闇の中のわずかな光で少女の顔を見た。
「私……暗いのダメなんです、恐いんですっ。お願いです、助けて下さいっ!」
 必死にそう言われた。恐怖で動けないらしい。
「動くな。じっとしていろ」
 考える前に俺は少女を素早く抱きかかえ、出口へ向かった。

     ◇

 ――なぜだ?
 地下鉄に乗り、ただただ闇を走る電車の騒音を聞いていた。考えれば考えるほど、あの時のピピモンの様子は変だったと思えてきた。
 暗いのが恐いというだけで、立てなくなるものか? 動けなくなるものか? いわゆる暗所恐怖症か? 後で調べてみよう……。




 翌朝。
 早く起きて支度をし、事務所に行った。いつもなら昼前に行くのだが、昨日の仕事が残っていたので早く片付けようと俺はデスクに向かった。しばらく雑務に追われていた。
 仕事の合間にふと、ネットで調べ物をした。暗所恐怖症については医学用語の解説サイトなどで簡単に調べられた。
 人間は本能的に暗闇を恐がるらしい。ではデジモンのピピモンは?というと、やはりデジモンでもそういう場合はあるのだろう。
(『動悸、息切れ、眩暈、吐き気、過度の発汗、嘔吐など』……)
 確かにあの時のピピモンの症状にいくつか当てはまっている。抱き上げた時に触れた腕などはかなり汗ばんでいた。額にも汗が滲んでいて、呼吸する様子も苦しそうだった。
 とある解説サイトの記事を読んでいて、『子供に発症することが多いが、成長によって克服する場合もある』という一文を見つけた。子供だからか、と納得する。学校の制服らしいブレザーを着ていたが、幼かった。年齢を聞いてはいないが、あの子は中学生――恐らく中一だ。
 昼前に仕事が一段落すると、人間の姿のマミーモンがアイスコーヒーを用意する。
「ただいま帰りましたー」
 人間の姿のアルケニモンが戻ってきた。小銭を渡してコンビニにシュークリームを四つ買いに行かせていたのだ。
 人間の姿のブラックウォーグレイモンは読んでいたスポーツ新聞から顔を上げた。どうせ『馬』だろう。今日は珍しく朝からここに来ているが、仕事をする気配すらない。だがこいつは戦闘要員としては必要なのだ。
 ――最近はそういう依頼は減ったが……。
 ここではマミーモンが雑務係、アルケニモンが秘書、ブラックウォーグレイモンは用心棒というポジションだが、三人に共通するのは戦闘好きというところ。だからそういう依頼が減っては士気が下がる一方なのだ。
 ――たまには暴れたい、か……。
 俺は人間だがむしゃくしゃしたくなる時は頻繁にあるから、こいつらの気持ちは解らないでもない。
 アイスコーヒーを飲みながら四人で雑談をするうちに、昨日の少女の話になった。初めて、アルケニモン達に少女と出会った経緯を話した。
「……つまり、ボスはロリコンだったんですね……」
 黒い革張りのソファに座り俺の話を聞いていたアルケニモンは、ぼそりと呟いた。
「そういうわけじゃない」
「違うんですか?」
 アルケニモンは、じっとりと俺へ白い目を向ける。話を聞き始めてから態度が少しおかしい。
「だったらどういうわけなんですか?」
 アルケニモンは大きなシュークリームに八つ当たりするように噛み付く。
「自分の遺伝子情報を使って作ったのに、アルケニモンに冷たいのはそういうわけか……」
 アイスコーヒーをブラックで飲んでいた人間の姿のブラックウォーグレイモンが納得したように頷いた。
「違う」
 そう言うと、マミーモンが
「でも、そういう時に抱っこって……。おんぶという選択肢は無いんですか?」
 と訊かれ、俺は頭を悩ませた。
「いや、つまり……」
 俺は心に引っかかっていることをなんとなく口にした。
「訳有りか、と。だから急いだ、というか……」
「わけ……?」
 あの少女の必死さ……暗い所が苦手だと言う時のあの目は、何か事情があると思えた。それだけだ。
 シュークリームを食べ終え、空の袋をゴミ箱に放り投げる。するとマミーモンが
「ボス。これは『プラ』のマークが付いているからリサイクル回収です。『プラ』は汚れを洗って乾かして、こっちのゴミ箱ですって……」
 といつものようにそれを拾い上げる。最近はゴミの減量に区がうるさい。
「そうだったな」
 うるさいと思いつつ、面倒な後片付けをせっせとやるマミーモンにはそれ以上言わない。
 閉じていたノートパソコンを開く。
 アクセスしたのは、DNSSのデータベース。ピピモンはデジモンだ。デジモンのことはデジモンに聞け、だろう。
 DNSSはリアルワールドに住むデジモンの警察、消防などの役割を担う。もしもピピモンが過去に犯罪などに巻き込まれた可能性があるのなら、何か情報が残っているはずだ。
 ――犯罪の被害者、か……。
 仕事柄、そういうものを察知したのかもしれない。
 いわゆるハッキングという手段を使おうとした俺に、
「ちょっと待って、ボス!」
 アルケニモンがストップをかける。
「もしも気になるのなら、DNSSの誰かに直接聞くって手も……」
「そうか?」
「ええ、ほら……助けた少女の様子が気になった、とかなんとか言えばいいじゃないですか……」
 それもそうだ。どうもいつもの調子で安易にハッキングなどしてしまう……。
 俺は引き返そうとした。が、
「?」
 見つけた。
「……これは……」
 俺は急いでキーボードを叩く。
「え? ハッキング出来たんですか?」
「何だと?」
「そんなに簡単に見ることなんて出来るわけがないのに……」
 アルケニモン達が驚いて腰を浮かす。
 出てきたものを俺は食い入るように見つめた。確かにそれは、ピピモンの生い立ちなどが書かれたデータだった。
「……」
 俺はさっとそれに目を通すと、興味深そうにしている他の連中がノートパソコンを覗き込もうとする前に、アクセスを切った。
「ボス?」
 ノートパソコンをシャットダウンさせる。その間に身支度をして、ショルダーバッグに電源を切ったノートパソコンを入れた。
「出かけてくる」
 言い残して事務所を出た。DNSSの『関東支部』へ行こうと思った。
 うちとDNSSは過去に敵対関係だったが、数々の経緯があり最近は協力関係に近い。ピピモンの事情が書かれたデータベースには、とあるDNSSの幹部の名前が書かれていた。
 そいつに今すぐに会おうと思い立ったのは、やはり職業柄の勘、だ。幸か不幸かそいつは知り合いで、『関東支部』にいればすぐに話が出来るだろう。
 ちょうど来ていたエレベーターに乗り込む。即座にドアを閉じる。追いかけてきたアルケニモン達が不満そうな顔をしていたが、俺は一階のボタンを押した。
 拳を握り締めた。ピピモンの顔ばかり頭の中を過ぎる。俺は――面倒臭いことに足を突っ込もうとしている自分に対していらいらした。
 一階に着いたエレベーターのドアが開くのももどかしく思いながら、俺はビルの外に出た。
「……!」
 ビルの外に出ると、その問題の知り合いがそこにいたので驚いた。
 ――なぜだ?
 そいつは俺の姿を見るなり、近づいて来る。スーツ姿で、一見すると普通の人間――会社役員の男に見える。
 俺は身構えた。
「待ち伏せか……」
 そいつは苦笑する。
「用意しておいたものは見たようだな?」
 俺が何か言う前に、
「ウォーグレイモン!」
 ビルの上からブラックウォーグレイモンの声が聞こえた。人間の姿のブラックウォーグレイモンは五階の窓から飛び降り、アスファルトを蹴りつけるように降り立った。
「ウォーグレイモン! 何の用だ!」
 ブラックウォーグレイモンは噛み付く手前の野獣のような目を向ける。
 待ち伏せていたデジモン――ウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンに
「争いに来たわけではない」
 と告げた。
 ブラックウォーグレイモンとウォーグレイモンは、過去に数々の因縁がある。ここでデジモンの姿になりバトルでも始めそうな一触即発の空気になった。けれど追って来たアルケニモンが
「やめな!」
 とブラックウォーグレイモンを止めに入る。
 俺もこんな場所でバトルをして欲しくない。せっかく条件の良い場所に移ったばかりなのに、ビルから追い出されるようなことは避けたい。
「こんにちは」
 ウォーグレイモンはアルケニモンに会釈をするが、アルケニモンはそれを不審そうに一瞥した。それを気にせずにウォーグレイモンは、俺へと向き直る。
「ピピモンのことで話がある」
 と告げた。


----------

《ちょっと一言》
 皐月堂では及川さん達をO組と分けています。
 A組がルキ達、B組がベルゼブモン達、と考えていたので、「及川さんだからO(オー)かな?」と。単なるゲストキャラではなく今後ちゃんと活躍していきますのでお楽しみにv

[*前へ][次へ#]

10/71ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!