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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編1
(注:この第3部本編1を読む前に、掲載済みの第3部番外編1〜9までをお読みになることをおすすめします。
 それでは、久々のルキ視点からの本編をどうぞv)


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「緊張しないで。リラックスして下さい」
 そう言われた。けれどとてもじゃないけれど無理だと思った。
 私は検査台の上に乗って、ひたすらぼんやりとしていた。窓も無く、ここでは外の景色も解らない。ライトの下、体が動かないようにベルトで固定されていて、さらに難しい注文が『眠らないで』という。
 ――眠いわ……。
 あくびをしそうになるのを必死に堪える。こんなに変化の無い部屋でぼーっと過ごすなんて私には無理! MRI検査ってとても退屈なのね……。
 やがて長い検査が終わって体を固定していたベルトを外してもらい、起き上がった。
 必死に堪えたのに、やっぱり途中で居眠りしちゃったみたい。ところどころの記憶が欠けている。
 検査をしてくれた技師さんにお礼を言ってから居眠りしたことを謝ると、
「これぐらいなら大丈夫ですよ」
 と励まされた。ここはデジモン専門の病院なので、検査をする技師さんもデジモン。ちなみに今、目の前にいる技師さんは人間の姿をしているので、どんなデジモンなのか私には解らない。
 検査結果を診てくれる先生はすでに到着していて、その先生は人間らしい。
 今回はとても特殊なケースだと言われた。デジモンと人間の両方の医療知識を合わせ、私達の体に異常が無いかどうか、しっかり診てくれるという。
 検査着から私服に着替えて、もう一度お礼を言ってから検査室を出た。
 窓の無い廊下を抜けると、窓がある廊下に出た。夕方の光が差し込んでいる。今、何時なのかしら? 三時ぐらい?
 くぅっとお腹が鳴った。
 ――しばらく何も食べていなかったんだっけ……。
 ピッコロモンさんがアイちゃんと私に話してくれた『時差ぼけ』のことを思い出す。今、リアルワールドの時間に体が適応しようとしていて、きっとお腹も同じように適応しようとしていて……。
 くうっと、さっきよりも大きい音がお腹から鳴った。ここって食堂みたいな場所はあるのよね、きっと……。それとも夕食の時間が近いから、手っ取り早く売店でお菓子買っちゃおうかしら?
 ――お財布が無いわ。キュウビモンの所へ戻って、お金を借りようっと……。
 デジモン専門の総合病院は今、患者が殺到している。災害に近いほどの大事件が起きた後で、けが人はたくさんいた。医師や看護士達も尽力している。
 大事件の決着がついて、シードラモンさん達に救出されてからすぐに病院に搬送され、私達はそれぞれ検査や治療を受けている。
 キュウビモン達は特にウイルス感染の有無を徹底的に調べられた。ウイルスについては心配していたほどの感染は無いみたい。それを聞いて一安心だけれど、データ損傷が激しいのでキュウビモン達はしばらくの間、入院することになった。
 私は自宅療養と言われたけれど、キュウビモンのことが心配だから今日は泊り込みで様子を看ていたいとママに電話で伝えた。
 ママはDNSSから説明を受けていたみたい。けれど先に『無差別誘拐事件』だと言われ、でも実際にはもっと恐ろしい事件で……かなりDNSSには不信感を抱いているみたい。
 当然だけれどママは私の口から真実を聞きたいと言った。もちろん今ニューヨークで仕事しているからすぐに日本に帰国出来るわけなくて。……おかげでママの突撃は避けられたんだけれど。
 外科の前で包帯を巻いたたくさんのデジモン達の中に、私に気づいて手を振るデジモン達がいた。
「あ……あの時の!」
「わ〜! やっほ〜!」
 フライビーモンとハニービーモンだった。
「もしかして、あの時のフライビーモンさん?」
 バイフーモン達を助けてくれたフライビーモンのうちの一人みたい。きびきびとした動作で黒長イスから立ち上がり、ぴしっと敬礼をする。
「お世話になりました。貴女の御協力が無ければ被害は拡大していたと思います」
 まるで警察官か消防士のようなその敬礼に、つられて私も敬礼した。
「いいえ、こちらこそ手伝っていただいてありがとうございます! どこかケガをされたんですか?」
「いいえ、特にはありませんが、今回の事件でデジモン達は皆、検査を受けるようにと言われまして……」
「そうですか。私もさっき、MRIを受けてきました」
「そうだったんですか……」
 ハニービーモンがにこっと笑う。
「あのね、アタチのオニーチャンなの〜」
 その話し方! もしかしなくても、横暴な男の人ともめていた時にレアモンを連れてきてくれたハニービーモン!
「あの時は助かったわ! レアモンを連れてきてくれてありがとう!」
 それを聞き、フライビーモンは驚く。
「レアモンを? ひどい匂いだっただろう?」
 ハニービーモンは
「アタチ、ティッチュつめてたも〜ん」
 と得意そうに言った。
「ティッシュのこと?」
「へ? 詰めたって?」
 ハニービーモンがニッと笑う。
「鼻血の時みたいに〜」
 フライビーモンは呆れ顔。
「こら。鼻の穴がでかくなるぞっ」
「だってぇ」
「だってじゃないだろ!」
 私は笑ってしまった。
「鼻にティッシュって! それならあの匂いはかなり防げるわね!」
「うん♪ ばっちり!」
 フライビーモンは
「ばっちりじゃない! 母さんに言うぞ!」
 そう言われて、ハニービーモンは
「や〜ん! オニーチャンのいじわるぅ!」
 と慌てる。よほどお母さんが恐いみたい。
 フライビーモン、ハニービーモン兄妹に手を振りながら歩き出した。キュウビモンの病室までもう少し。
 エレベーターで上の階へ行き、夕焼けに近づいてきた陽光が照らす廊下を歩く。ようやく平和な時間を実感出来る。
 病室に行くと、個室のそこのドアを静かに開けてから入り、ゆっくりと閉めた。
「キュウビモン。お腹ちょっと空いているから売店で何か買いたいんだけれど、お金借りてもいい? キュウビモンも何か食べたい? 買ってこようか?」
 そう言いながら、ベッドの上にいるキュウビモンに話しかけ……ているつもりだった。
「え……?」
 そこにいるはずのキュウビモンはいなかった。
「キュウビモン!」
 あんなに大きなキュウビモンがどこに消えるっていうの!
 私は仰天してベッドに駆け寄った。ナースコールを押そうとして手を伸ばすと、布団がもぞもぞと動いていることに気づき、飛び上がる。
「な、な、な――?」
 布団の中に、何かがいる! 小さい何かがいる!
 もぞもぞと動いていたそれは、ぷぁっと這い出てきた。
 黄色に近い金色のふかふか、ころころした、かわいいデジモンだった! 球体に尻尾が一本、そして短い前足、後ろ足。耳はぴんと尖っている。
 ふにゃふにゃとあくびをして、丸い体でうーんっと伸びをする。耳の先から尻尾の先まで伸ばした後は、力を抜いてだらんと脱力する。それから耳を、思い出したようにぴんっと立てた。
 私はそのデジモンを凝視した。
 ――ええっと……どちらさまですか?
「留姫。お帰り……」
 その小さいデジモンは、とてもかわいい声で私に話しかける。
「検査はどうだった? 大丈夫? 痛くなかった?」
 私は混乱しながら、顔を横にぶんぶんと振った。
「え……どこか具合悪いの?」
 そのデジモンはトコトコと布団の上を歩き、私を見上げる。
「留姫、大丈夫? 痛い検査だったの? MRIだけじゃなかったの?」
「う……」
「ん? どうだったの?」
 私はもう我慢出来なくなって絶叫した。
「ウソォっ! キュウビモンなの? ちっちゃくなっちゃった――! 尻尾も一本じゃない! ひぇぇっ!」
 この目の前にいるやたらとかわいいデジモンは、キュウビモンが退化した姿に違いない!
「あ……」
 その小さいデジモンは、思い出したようにきょろきょろと自分の体を眺める。体全体を眺めることはその体型では無理だけれど、事態は理解したみたい。
「退化したみたいだね。この姿は久しぶりだ」
 話し方はあのキュウビモンとほとんど変わらない。けれど決定的な違いは、この声、この姿のかわいさ! 仕草ももちろんかわいいし、大きな瞳が澄んでいてパッチリしていて……!
「あの……留姫にはあまり見られたくない……。恥ずかしいから……」
 ふさふさした尻尾を恥ずかしそうにササッと振り、そおっと上目遣いに私を見上げる。
「その……きっと近いうちにまた進化すると思うんだけれど、しばらくはこのままだと思う。情けない姿だけれど許してほ……」
 もう、我慢出来なかった! 私はその小さい姿に飛びつくようにベッドにジャンプした。
「留姫っ!」
 そのデジモンが逃げようとするのを拒み、ぎゅーっと抱きしめて頬を摺り寄せた。
「かわいいっ! ヤバイぐらいかわいいっ――!」
「る……!」
「かわいー! きゃ、ふかふかっ! もふもふしてふかふか! きゃー!」
「るー、留姫―っ!」
 腕の中でじたばたと逃げようとする小さいデジモンの頭を撫で、背も撫で、尻尾をふにゅふにゅと撫でる。金色の毛並みは艶々、さらさらで触り心地が滑らか……!
 ドアがノックされて
「失礼します。――留姫? キュウビモンさんの具合はどう?」
 アリスが部屋に入ってきた。そして、
「留姫っ!」
「アリス?」
 私はベッドに寝転んだまま肩越しに、突っ立ってパクパクと口を開けているアリスを見た。
「ちょっと! キュウビモンさんを襲っちゃダメ――!」
 言われて我に返り、慌てて起き上がる。
「やだ、そういうつもりじゃ……」
 腕の中を覗き込むと、顔を真っ赤にして窒息寸前で気を失っている小さいデジモンに気づいた。
「きゃああっ! 大変!」
 私は小さいその体を揺すった。




 アリスが私に冷えたお茶のペットボトルを手渡す。
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
 差し入れで持ってきてくれたそれを受け取り、さっそくごくごくと飲んだ。
「あー、美味しい……」
 小さいデジモンも先ほどからお茶を飲んでいる。ナースセンターから借りてきた浅い丸皿にお茶を注いであげたら飲みやすかったみたい。喉の渇きが癒えて満足そうに口の周りをちょこっと舐め、
「ごちそうさま」
 と私を見上げる。礼儀正しくてかわいいその姿をまたぎゅっと抱きしめたくなる衝動に駆られる。
「留姫?」
 小さいデジモンは察知して逃げようとした。アリスが私を止める。
「いくらかわいいからってダメでしょ!」
「だって、キュウビモンが……」
 小さいデジモンは顔を真っ赤にして
「私の今の名前はポコモンだから……」
 と言った。
「ポコモン! かわいい名前っ!」
 アリスは呆れた顔になる。
「留姫ったら、いったいどうしたのよ? かわいいものにまっしぐらな性格じゃないのに……」
「どうしてかしら? 私にもよく解らない。でも……」
 逃げようとするポコモンを抱き上げて膝の上に乗せ、
「こうして撫でていたい!って気持ちが……我慢出来なくて……」
 くりくりっと頭を撫でると、ポコモンは激しく抵抗して逃げようとする。
「恥ずかしいから、もう止めてっ」
「留姫ったら!」
 アリスはくすくすと笑う。
「ねえ、アリス。もしもドーベルモンさんがポコモンみたいな姿になっていたらどうする?」
 そう問いかけると、アリスは急に笑わなくなった。
「アリス?」
 暗い顔になってアリスは首を横に振った。
「だって……ドーベルモンは私のこと嫌いになっちゃったのかもしれないもの……」
「あれはアリスを危険な目に合わせないようにっていうことだと思うわ」
「でも……」
 今、ドーベルモンさんは面会謝絶状態。命に別状は無く大丈夫だと言われたけれど、無菌室での治療が必要だからアリスは会うことが出来ない。
 アリスが暗く沈みこんでしまったので、私もポコモンも必死に気分を盛り上げようとした。けれど無理だった。
 アリスは
「ドーベルモンが心配だから……」
 と言って立ち上がった。
「待って。私も途中まで一緒に行くわ」
「そう? どこへ行くの?」
「ちょっとお腹空いちゃったから、売店でパンでも買おうと思うの。食堂があるならそこでご飯食べてもいいんだけれど、夕食の時間が近いからおやつぐらいの方がいいかも、って」
 私のお腹がくぅっと鳴った。
「そう……」
 頷いたアリスのお腹も、くぅっと鳴った。
「きゃ」
 アリスは恥ずかしそうにお腹を押さえる。続いてポコモンのお腹も鳴った。
「空腹には勝てないね」
 ポコモンが苦笑し、私もつられて笑う。アリスの暗い表情も少し和らいだ。
 三人一緒に部屋を出て、ナースさんに声を掛けてから売店へ向かった。
 エレベーターで降りて、さらに歩く。私の隣を歩いていたポコモンが、売店近くで驚いて声を上げた。
「ピピモン!」
 呼ばれて振り向いたのは、かわいいブレザーの制服を着た女子高校生。
ショートボブの髪型で髪の色は黄緑色。黒目がちの瞳がポコモンの姿を見て嬉しそうに輝いた。
「先生っ!」
 その子は右足に包帯を巻いていて、少し痛そうにしている。ポコモンが私に、
「家庭教師をしていたことがあるんだ。ピピモンが高校受験の時に……」
 と教えてくれた。
 そちらに行くと
「初めまして」
 礼儀正しい子で、私とアリスに向かってぴょこんとお辞儀をする。そしてポコモンに
「先生、お久しぶりです」
 とお辞儀をした。以前の家庭教師とはいえ今はポコモンの姿……ちょっとその様子に笑いが込み上げそうになる。
「留姫より一つ上だね。ピピモンは高二だから」
 そう言われてもピピモンさん、というよりも、ピピモンちゃん。どこからどう見ても中学生に見える。身長が低いし、顔立ちが幼い。
「先生の彼女さんですか?」
 言われて私は赤面する。ポコモンも同じく。
「からかわないで」
 ポコモンが小さく咳払いをすると、アリスが
「その彼女さんの親友です」
 と付け加えたので、ピピモンちゃんは肩を竦めて笑う。
「ピピモン、ケガをしたの?」
 ポコモンはピピモンちゃんのケガを気遣う。
「はい。でも捻挫なんです。骨折とかじゃないから、大丈夫です」
「そう……」
「地下鉄に乗っている時に急に電車が止まって、停電になって皆パニックになって……」
 ピピモンちゃんはその時の事を思い出したみたい。ぎゅっと目を閉じて肩を震わせた。けれど、にっこり笑う。
「近くの席に座っていた人が助けてくれて……だからそんなに恐くなかったんです」
 ピピモンちゃんはそう言い、きょろきょろと辺りを見回した。
「病院まで連れてきてくれて……どこに行っちゃったのかしら?」
 不安そうなピピモンちゃんの顔は、急に明るくなった。
「あ! いました!」
 ピピモンちゃんが大きく手を振る。公衆電話に行っていたらしいサラリーマン風の男の人がやってきた。
「こんにちは」
 そう私達に声をかけ、ピピモンちゃんに
「友達?」
 と男の人は訊ねる。
「はい。以前に家庭教師をしてくれた先生と、彼女さんと、親友さんです」
 ピピモンちゃんのかわいい話し方に、恐そうな顔のその男の人はちょっと笑顔になる。
「そうですか……皆さん大変だったようですね」
 男の人はピピモンちゃんに
「診察は終わった? 大丈夫だった?」
 と訊ねる。
「はい。捻挫ですって。ウイルスの感染も無くて、予防ワクチン投与してもらいました」
「そうか。安静にしていないと……」
「はい!」
 ピピモンちゃんはにっこりと微笑む。
「家の近くまで送ろう」
 そう言われ、ピピモンちゃんはびっくりして首を横に振った。
「あの、大丈夫ですっ。それよりお仕事は?」
「仕事?」
「はい。あの……営業職とか、そういうお仕事じゃないんですか? あの時間に電車に乗っているのなら……って思って……」
 ピピモンちゃんが遠慮がちにそう言うと、男の人は頷いた。
「ああ、そう見える? 俺は……」
 言っているうちに
「ああ、見つけたっ!」
 と声がした。いつのまにか背後にスーツ姿の女性が立っていた。サングラスをしているけれど、かなりの美女だと雰囲気で解る。白銀色のロングヘアは長くてしなやか。
「探したんですよ、ボスッ! どうして病院に? ここ、デジモン専門なのに?」
 ピピモンちゃんは首を傾げる。
「ボス?」
「ああ。俺は……及川って名前で……会社を経営していて……」
「社長さんだったんですか!」
 ピピモンちゃんは驚いている。
 及川さんは
「いや、会社っていっても小さなソフトウェアの会社で……」
 と言い、現れた美女に
「電車の中でこの子とたまたま席が近くで……ケガをしたっていうから……」
 と言った。美女は
「えええ――っ!」
 と仰け反る。
「ボスが人助けをっ! 冷酷非道なボスがっ! て、てて、天変地異の前触れですかっ?」
 そう言われ、及川さんは苦笑いする。
「まあ、とにかく……家の近くまで送ってあげようと思うんだが……」
「はい! すぐにお車手配しますっ」
 その話し方からして、この美女は秘書らしい。
 ピピモンちゃんは慌てているけれど、結局はご好意に甘えることにしたみたい。
(及川さんって『冷酷非道』なの?)
(部下から見たらそうなのかも……)
(ピピモンちゃんはかわいいから、恐い人でも優しくなれちゃうんじゃない?)
(天使みたいな子だもの、ね……)
 ピピモンちゃん達を見送ってから、売店でパンを選んだ。買ったパンを手に、どこかで座って食べようとしたら、
「アリス・マッコイさん?」
 顔見知りのナースさんが近づいて来た。人間の姿をしているけれどデジモンのプレイリモンさんだ。
「ああ、ここにいたのね。ご家族が来て、ロビーで待っていますよ」
 アリスは少し驚いて頭を下げた。
「ありがとうございます。おじいちゃんですね……」
 プレイリモンさんは微笑む。
「ええ。おじい様とご両親ですよ」
「え……」
 アリスは目を見開き、顔を強張らせた。手から飲みかけのお茶のペットボトルと買ったばかりのバウムクーヘンが転がり落ちた。キャップを閉めたままのペットボトルは床の上で一度跳ね、転がった。バウムクーヘンはトサッと落ちた。
「マッコイさん?」
 プレイリモンさんが戸惑ったような顔をする。
「ああ、神様……! 感謝します――」
 アリスはそう言うなり、ペットボトルなどには目もくれず、
「ありがとうございます!」
 プレイリモンさんにお礼を言いながら駆け出した。
「病院内は走らないでっ」
 プレイリモンさんは慌てて声を掛ける。
 私はアリスの落としたペットボトルとバウムクーヘンを拾い、自分の分と一緒に抱える。さらにポコモンを抱き上げた。
「行こう、ポコモン!」
「留姫?」
「アリスのお父さんとお母さんは、アリスがずっと小さい頃に家を出たのよ。そう聞いているの」
「そうなの? それじゃあ……」
「そうよ! 十年近く会っていないのに、アリスに会いに来てくれたのよ!」
 私達は急ぎ足でアリスを追いかけた。
 エレベーターを降りて正面玄関近くのロビーへ向かう。
「いたわ!」
 ようやく見つけたアリスは、老人と話していた。
「アリス!」
 振り向いたアリスは、泣き顔だった。
「私の両親が来ているっていうの! ドーベルモンさんの病室に行っているんですって……!」
 それのどこがアリスを泣かすのか解らず、私は呆然とした。嬉し泣きの顔じゃなかった。
「アリス、どうしたの?」
 アリスは答えず、泣きながらドーベルモンさんの病室へ向かって走って行く。アリスのおじいさんと私達はその後を追いかけた。
 ドーベルモンさんの病室はずっと離れた場所にあった。集中治療が必要なデジモン専用の病棟へは渡り廊下を使って移動した。
 私達はドーベルモンさんの病室の前で、担当医師に懇願して泣いている夫婦を見つけた。アリスの両親だと一目で解った。
 アリスのお母さんはアリスにとても良く似ていた。グレーのスーツを着たその人は泣きながら声を絞り出す。
「お願いです! 私達のドーベルモンに会わせて下さい!」
 アリスのお父さんはしっかりとした、真面目そうな印象だった。それでも顔面蒼白で、
「息子に会わせて下さい!」
 たどたどしい日本語で懸命に訴える。
 私は驚いた。
「息子? ドーベルモンさんが?」
 ポコモンも驚いている。
「この人達の? じゃあ、アリスは……」
 アリスが悲鳴に近い声を上げた。
「私、お兄ちゃんなんか欲しくないっ!」
 アリスはドアに向かって走り、その前で両手を広げて立ち塞がった。
「アリス!」
「アリス……!」
「帰ってよ! パパもママも嫌い、大嫌いっ! お兄ちゃんなんか、欲しくないわっ! 私のドーベルモンよ……大好きなドーベルモンよっ! お兄
ちゃんなんかじゃないわっ!」
 ドアが開いた。
「きゃあっ!」
 アリスがその隙間に引き込まれた。見えた腕は褐色の肌。点滴などの管がついていた。ドーベルモンさんの腕だと解った。すぐにドアは閉まった。
「ドーベルモンさん!」
「ドーベルモン!」
 ポコモンは私の腕から飛び出した。私もドアに駆け寄る。
 アリスの両親はドアを開けようとしたけれど、中から鍵がかけられているようで開かないみたい。
 ポコモンは担当医師に
「面会謝絶なら起き上がっていいはずはないんですよね?」
 と早口で訊ねた。担当医師は駆けつけて来た看護婦に指示を出す。
 部屋の中で何かが倒れる音がした。続いて、爆発音が響く――!
「アリスッ?」
「ドーベルモンッ!」
 看護婦が持ってきた鍵でドアを開けると、壊れた機材が見えた。煙が立ち込め、火花が散る。
 スプリンクラーから水が降り注ぎ始めた。その水は、うつ伏せに倒れているアリスに降り注ぐ。
「アリス!」
 駆け寄って抱え起こすと、アリスは意識を失っていた。腕に、小さい――黒い毛並みの動物のぬいぐるみのような姿のデジモンをしっかりと抱えていた。
「もしかして、ドーベルモンさん?」
 その小さいデジモンは、ぐったりとしていて動かなかった。


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《ちょっと一言》
 読んでいただきありがとうございます!
 第3部の構成上、次回はまた番外編の更新になります。ご了承下さい(願)

 次の更新では、今回ちらっと出てきた及川さん達の話を掲載します。デジモン02で悪役として出てきた及川さん達ですが、この皐月堂ではどうなるか・・・ご期待下さいv(ピピモンが女子高校生として登場した謎もそこで明らかに・・・?笑)

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