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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『命』の重さ Side:METALPHANTOMON
 どれだけのデジコアを砕いたのかは覚えていない。最初から数えたりはしなかった。『命』の重さを考えれば迷いが生まれる。それは死に繋がる。
 俺が死ぬわけにはいかない。そうなれば俺が守ろうとしている半身は取り残され、飢えて死ぬだろう。
 戦えと言われるままに戦い続けた。その先の己の未来には何も求めはしなかった。


   ◇


 まだ夜が明ける前に俺は目を覚ました。乳母が作り変えたこの場所は、非常に良く出来た夜明けがやってくる。
 布団の上で眠るのは……慣れてはいない。けれどもそれを他者に言うつもりは無い。俺の周りにいる者達は皆、お人好し過ぎるほど世話を焼いてくれる。余計な気遣いをされたく無かった。
「……」
 指に絡みつくものに気付く。深過ぎるほど漆黒の艶やかな髪が絡みついている。 隣に眠る女の髪だ。ファントモンの『御主人様』。
 ――俺にとっても『御主人様』……。
 同一の存在であるファントモンと『指きり』をしたこの女は、想像を遥かに越える力を持つという。俺はまだその力がどのようなものであるのか、全容を知らない。知るには『死』と引き換えなのかもしれないが……。
 昨夜この女の体を抱き締めたくなったのは、その存在を欲しただけ。今はその気持ちは落ち着いている。冷めたわけではなく……俺の心を落ち着かせる何かを得た感覚だ。
 指に絡みつくその髪を解こうとするが、容易では無い。引き千切るわけにもいかないし、起こしたくはない。
 ――難しいな……。
 それでも何とか外すと、まだ深い眠りの中に落ちたままの女を見つめる。
 透けるように白い肌をしている。曇りも無く、きめ細かい柔らかい肌。そっと頬に触れると、寝息がかかる。
 ――息に毒を含めてしまうらしいが、これぐらいなら影響も無いようだ……。
 美麗な女は、俺の傍に一晩いたようだ。この前は羽のケガを理由に断ったが、ケガが無くても『夜の相手』は断っただろう。
「……御主人様……」
 そっと呼んでみても起きる気配は無い。解いた髪を手に取ると、手の平でさらりと流れる。
 ――恋焦がれる、か。
 そう言ったが、拒まれた。
 美貌や艶やかな声音で男を惹きつけても、その力の強さと『七大魔王』と呼ばれる身、恐ろしい『黄金の魔爪』のために孤独だったのだと乳母から聞いた。
 俺も孤独だったが、ファントモンがいた。この女にも家族や友がいるが、それでも孤独なのだ。乳母は俺に期待を寄せているようだったが、平手打ちを喰らっているのだから俺は選外なのだろう。
 ――それなのに、なぜ『今だけの相手』に選ぶ?
 俺にはこの女の考えていることは解らない。俺に敵意は持っていないようだが、好意を持っているのかは解らない。
 諦めてしまおうと思ったが、女の方からこういう態度に出られると、どうしていいのか判断に迷う。
 ――しばらくこのまま様子を見るか……。
 俺は身支度を整えると、母屋の台所へ向かった。



 早くから朝食の支度をしていた乳母は、俺を見て腰を抜かしそうなほど驚いた。
 その狼狽振りに俺は苦笑する。
「危惧するようなことは何も無い」
 そう言ったら逆効果だったようだ。乳母は激しく落胆している。恨めしそうな目を向けられて俺は苦笑した。
「茶をもらえるか」
 俺はそう言い、板の間に腰を降ろした。座布団は断り、湯飲みを受け取る。茶を一口飲むと、
「どうした。俺の顔に何かついているか?」
 と声を掛ける。
 乳母は
「うちのおひい様は時折乱暴ではありますが……」
 と気にしている。
「いつも御主人様のことを言うが、乳母は俺のことは気にならないのか?」
 そう訊ねると、乳母は瞬きをした。
「俺がどういう生き方をしてきたのか解っているのだろう?」
 そう問いかけると乳母は
「ええ、もちろんですけれど、デジコアを砕くことは仕方の無かったことですから……」
 と言う。
「それだけじゃないことも承知の上でそう言うのか?」
 と訊ねると、乳母は視線を伏せた。
「メタルファントモン様……」
「蔑まれて当然のことだ。――おおよそ見当がついているのだろう?」
 俺はそう乳母に訊ねる。
「いえ、あの……女子への接し方に慣れていらっしゃるとは思いますが……」
 狼狽しつつそう言う乳母に苦笑する。
「ああ、そのとおり。どんな手段を取ってでも、ファントモンに食事を与えなければならなかった」
 ――そう。例えば、好きでもない女の相手をしてでも……。
「大切な『おひい様』の傍に俺のような下賎な者がいて平気なのか?」
 乳母は激しく首を横に振った。
「そんな言い方をされるなんて……貴方様は決してそのような方ではありません!」
 俺は苦笑する。
「そこまで承知の上でか……。そんなに期待されているとは思わなかった」
「冗談ではこんなことお頼みしません。私はおひい様の幸せを願っていますから。おひい様は本当に貴方のことを……」
「それ以上は言わないでくれないか」
 空になった湯飲みを乳母に渡す。
「メタルファントモン様……」
「すまないな。美味かった」
 空の湯飲みを受け取る乳母に、
「俺には御主人様がどこまで本気なのか解りかねる」
 と言った。
「どういうことでしょう?」
「俺は平手打ちを喰らったからな……」
「それが『御断り』の理由ですか?」
 乳母やの顔がパッと明るくなった。俺は呆れた。
「そうだとしたらどうするつもりだ?」
「ええ、でも……」
「言っておくが、たとえ平手打ちや羽のケガが無くても断ったぞ」
「そうなのですか?」
「御主人様が『指きり』をしたのはファントモンだ。俺では無い。ファントモンがどう思うかをまず考えなくてはならないからな」
「そんなに気になさらなくても良いのではないでしょうか?」
「ファントモンが俺の存在を否定したら、俺は居場所を無くして『消える』はずだ」
「え!?」
 乳母は仰天して俺に詰め寄る。
「本当なのですか!? 『消える』と……!」
「だから今まではこっそりと隠れていた。もちろん、俺に頼り過ぎてアイツが成長しないと困るからでもあるが」
「そうでしたか……」
「『消える』うんぬんの話は薄々そう思っていたが、ファンロンモンに会った時に確認したらやはり、そうだと言っていた。たまにこういう事例もあるが、年月が経てば『消える』のだと。――まあ、そうなっても仕方無いな。今まだ存在する方がおかしいぐらいだ」
「そんなっ!」
「これまでとは違い、ファントモンは食べ物を与えてくれる存在を得た。乳母や、そして御主人様、優しい兄達がいて……それでも俺がまだ存在する理由が良く解らない。アイツにとって、俺は食事係程度だったはずなのだが」
 そこまで言い、ふと、気配に気付く。
「話はここまでだ」
 俺がそう言うと、乳母もその気配に気付く。
「おひい様が目を覚まされたようですね」
 俺は乳母から、何度か借りている前掛けを受け取った。
「俺は少し前からここで朝食の支度を手伝っていた。――そういうことにしておこう」
「そうですね」
 乳母が頷いてくれるのと、御主人様が来るのは同時だった。
「あ……」
 俺がここにいるとは思わなかったようだ。どうやら乳母を探していたらしい。御主人様は耳まで真っ赤になってこちらを見ている。
 ――そういう顔もするのか……。
「昨夜はすまなかった。眠れましたか?」
 気を利かせてそう言うと、逆効果だったようでもっと顔を赤くする。
 乳母が期待一杯の眼差しを向けるので、
「昨夜遅くにリヴァイアモンという名のデジモンが、わざわざ思念データを送って偵察に来たのだ」
 そう教えると乳母は目を点にした。
「話は後でしよう。御主人様は乳母やに用があるのだろうから」
 促すと、乳母は
「おひい様、湯を使われますか?」
 と、昨夜は風呂にも入らなかった御主人様をいそいそと連れて行く。
 俺も後で湯を使わせてもらおうと思い、とりあえず朝食の支度の続きを引き受けようと台所に立った。



 朝食を食べてから、何とはなしに文字を習うことになった。御主人様が熱心に教えるので、途中で飽きたものの言うのはためらわれた。
 時々、ふわりと香りを感じる。御主人様の衣から香らしい香りがする。これまでも香の香りはしていたが、この香りは今までのものと少し違う。
 ――気分転換か? それとも俺の気を惹きたいのか?
 ますますこの女の考えていることが解らなくなる。ただ素直になれないだけなのか? それなら逆に解りやすいのだが……。
「どうしたの?」
 御主人様が問いかける。
「?」
「ぼんやりして……飽きてしまった?」
「ああ、すまない……」
 ふと、俺は手を伸ばして座卓の上にあった御主人様の手を取ろうとした。その白い手は逃げる。
「何かしら?」
 俺のことを警戒する視線。俺は
「なんでもない。触りたくなる手だと思っただけだ」
 と言った。御主人様の瞳が戸惑い揺れ、そして視線を伏せた。
「そうなの?」
 呟きとともに、御主人様は左手を差し出した。
「どうぞ……」
 まさか手を差し出すとは思わなかったので驚いた。俺はその手を、
「どーも……」
 と言いながら取った。
 なんとなく品物に触るような手つきで手の平、手の甲と引っ繰り返して眺める。
「見て面白いの?」
 御主人様は不審そうな目をする。
「面白いといえば面白い……」
 と俺は頷く。
 綺麗な手だ。ほっそりとして傷も無い。黒いマニキュアを塗られた爪も形が整えられていて綺麗だ。
 ――どこもかしこも綺麗な女だな。
 美しく、頭も良い。機転もきく。そう思ったが、どう受け取られるか解らないから言わない。
 衣の内を見たことは無いが男共が拝みたくなるほど綺麗なのだろうな……。
「……」
 だが、非の打ち所が無いというわけではない。乱暴を通り越して凶暴な時もある。それに危な気のない時もある。完璧でないところが意外で良いと、普通なら男がほってはおかないだろうが、なにせ『七大魔王』、『黄金の魔爪』だ。乳母が必死になるのも頷ける。
 不幸な女だなと考えていると、乳母が急ぎ足でこちらに来た。
「メタルファントモン様……」
 縁側から声を掛け、こちらの様子を一目見て
「失礼しました――」
 と背を向けた。
「何だ?」
 俺は御主人様の手をそっと放して、すぐに立ち上がった。
「ええ、その……」
 俺はもう何度もしているように苦笑する。
(――何も無い)
 御主人様には聞こえないように唇の動きだけで伝えると、乳母は恨めしそうに俺を見上げる。
「その……」
 言葉に詰まる乳母に、ふと思い当たることを口にした。
「ファンロンモンが来たのか?」



 応接に使われる部屋に案内されたそのデジモンは、人間の姿をしている。本来のデジモンの姿では大き過ぎてここには来ることさえ出来ないだろう。
 かなりの老齢と思わせる容貌で、白髪を結い上げ頭巾を被せている。仙人のような姿だった。山吹色に近い色の織物の着物は、細かに鹿などが織り込まれていた豪華なものだ。訪問用のものだろう。
 まず俺と二人だけで話がしたいとファンロンモンが言ったので、御主人様は席を外して外に出て行った。
「メタルファントモンよ。世話になったのう……」
 朗々たる声に、俺は首を横に振る。
「こちらも助かった」
 そう言うとファンロンモンは笑う。
「なかなかの手腕だ。感心したぞ」
 そう言われ、
「それはどうも……」
 と俺は頭を下げた。
 ファンロンモンとしても、『七大魔王』と呼ばれる勢力とは均衡を保っておく必要があるので、あの場で一方的に御主人様を悪者扱いで捕えるわけにはいかなかったのだ。
 もっとも――『捕える』という方法を提案したのは俺だ。ファンロンモンの居する場所からは遠いこの『牢獄』に御主人様を移すことで、『七大魔王』の注意を分散させることが出来る。遠い場所にあるとはいえ、ファンロンモンの影響力のある場所だから、今の万全な状態ではない御主人様が一時的に身を寄せるにも適している。
 ファンロンモンは最初、首を縦に振らなかった。御主人様が幼い頃から知っているらしい。公衆の面前で事を公にするのはかわいそうだ、と。けれども時間も無く、他に方法も見つからず、結局は同意せざるをえなかった。
 後はそうなるように道筋をつける――それだけだ。案外簡単に事は運んだ。ここまでは上々。そしてまだ、これからやらねばならないこともある……。
「それで、俺に話とは?」
 ファンロンモンは頷く。
「一つ、わしと取引をせぬか?」
 俺は目を細める。その言い方からは、こちらに都合の悪い話を持ってきたように感じられなかった。
「用件をまず聞こう」
 ファンロンモンは、そっと部屋の外に視線を向ける。
「……」
 俺もそちらに視線を向けた。
「……」
 ――なるほど。
 俺はわざと、
「ああ、そうだった。客人に茶ぐらいは用意しなくてはな……」
 と、「失礼」とわざと部屋の外に聞こえるように言い、立ち上がった。そちらに行くと、
「あら……」
 何食わぬ顔で茶と茶菓子の乗った盆を手に微笑んでいる御主人様に出くわす。今来た、という顔をしている。
「ああ、ちょうど良かった。取りに行こうかと思っていたところだ」
 俺も気付かなかった振りをしながら微笑む。
「それは良かったこと」
 俺に盆を渡して戻って行く御主人様が廊下の向こうへ消えるまで見送る。念のため耳を澄ますが、盗聴する術を置いていったようには感じられない。
 俺は部屋に戻った。
「面白いのう!」
 ファンロンモンは俺の顔を眺める。
「他人の事を面白がるほど暇では無いだろう?」
 茶をすすめ、俺は問いかけた。
「御主人様が戻って来る前に、手短に聞こう」
 ファンロンモンはふむ、と頷く。
「リリスモンはお主のことを気に入っているようだな」
 一瞬、何のことだか解らずに首を傾げた。
「?」
 ちょっと考えて、ぽんと手を打った。
「ああ、御主人様の名前か?」
「名前も覚えておらぬのかっ!」
 ファンロンモンは呆れたようだ。
「『下僕』だからな。名前で覚えておくことは必ずしも必要では無い」
 俺は苦笑する。
「いつまでもそうしているわけにはいくまい? 『消える』かもしれぬのだ。くれぐれもそうならぬよう気をつけることだ。リリスモンを悲しませるようなことをすれば、わしはお主を許さぬ」
「その時はその時だろう? そんなに御主人様を孫のように可愛がっているとは知らなかった。――ああ、そういえば御主人様の祖父だというデジモンが昨日来たが……」
「アイツがか! ――むう……そうか……」
「何だ? 仲が悪かったのか……」
「仲が良くてたまるかっ! アイツめ……何を企んでおるっ!?」
「いやぁ? 何も企む事はないと思うぞ? ファントモンがやたら懐いていただけだ」
「そこが狙いかっ!」
「違うと思うが? ファントモンを手懐けたところで食費がかさむだけだ」
「餌付けか!」
「同じ事をベルゼブモンが言っていたが? 気に病む事ではないと思うが……」
 俺は気を利かせて話題を変えた。
「――それで、『取引』とは?」
 ファンロンモンは咳払いをした。
「実はな……」



 俺はファンロンモンを見送るために玄関までついて行った。
「すまない。本当はファントモンにも会いたかったのだろう?」
「いや、それはまた次ぎでもかまわぬ」
 ファンロンモンに会わせようと思ったら、ファントモンは熟睡しているようでどんなに呼びかけても交代する気配は無かった。昨日、はしゃぎ過ぎたのだろう。
「例の件、頼んだぞ」
「ウィザーモン先生を頼ることが出来なくて混乱しているようだな」
「リアルワールドに行くのを引き止めるわけにはいくまい」
「情に厚いことだ」
「他人事だと思ってからに……」
 苦々しい笑みのファンロンモンに、俺は大袈裟に首を横に振る。
「い〜や、そんなことはない。俺も便乗して『千里眼』の再生を頼んだから多少は後ろめたい。――奥方様のご機嫌取りも大変なことだな」
 そう言うと、ファンロンモンはとても驚いた顔をした。
「お主、知っておったのか!」
「そういう勘は良いんで。――先生に言った時はちょっとした見物だった。摘出した俺の眼球データ、取り落としちゃって……いやはや、めでたい」
「お主は意地が悪いのう」
「いやいや、ファントモンのことで世話になったからな。嫌味じゃなく、あの二人は俺達の命の恩人だと思っている」
 俺がそう言うとファンロンモンは苦笑した。
「ところで、ファンロンモン」
「ん?」
「ここの守り、もう少し強く出来ないだろうか?」
「ここの? 何か不満かの?」
「いや……なんとなく」
「そうか? 外からは解り難いよう、もう少し強化しておくかの……」
 リヴァイアモンのことは伏せておくことにした。
 ファンロンモンを見送り、部屋に戻るとすでに空の湯飲みなどは片付けられていた。
 台所にいた乳母に礼を言うと、俺は離れの部屋に戻った。縁側の柱に寄りかかり、思案に暮れる。
 ファンロンモンは俺が『消える』ことがないよう手を尽くし、また、いずれはファントモンと俺も御主人様と共にこの牢獄から出すと言った。
 ――それを見返りに……。この俺に、デジコアの再生の手伝いをしろ、と……。
 何しろ数が多く、手が足りないらしい。それぐらいなら俺にも出来る。元々、デジコアを砕くことばかりやっていたから、デジコアがどういうものかは知り尽くしている。
 ウィザーモン先生がリアルワールドに行ってしまったことで、かなり困っているらしい。医療チームに指示は出していったようだが、いるのといないのとでは安心感が違う。当分は戻って来ないと思うし、デジタルワールドとリアルワールド双方の時間の流れ方もまだ変動続きで予測不可能な状況。打開策を模索しようと必死らしい。
 ――俺が手を貸したら快く思わない者もいるだろうに……。まあ、別にいいか……。
 俺は縁側にそのままごろりと横になった。ファンロンモンから何を言われるかと気を張っていたので疲れた。
 ――『命』の重さ、か……。
 うとうとしているうちに、そうもしていられなくなった。
 御主人様の気配がする。すぐ傍に突然現れた。
 ――何の用だ?
 薄目を開けてみると、縁側に座り俺の顔を覗き込んでいる。
 眠れぬと思い、起きようかと思うと、頬に触れられた。
 ――?
 御主人様はそのまま、じっと俺を見ている。
 俺は起きることも出来なくなり、眠ることも出来なくなった。
 ――起きた振りでもするか……。
 身じろぎをして起き上がると、御主人様は慌てて手を引っ込める。
「何の用だ? 何かあったのか?」
 御主人様は微笑む。
「何も無いわ。ファンロンモンが帰られたから……」
「ああ。ファントモンに会ったり、御主人様と話もしたかったようだが時間が限られているらしい。また来ると言っていた」
「そう。忙しいのに大変ね……」
 御主人様は頷いた。そして、
「ファンロンモンは、何て?」
「何が?」
「用事は何だったの?」
 ――それが聞きたいのか? そうか……。
 俺は頷く。
「仕事の依頼だ。デジコアの再生を手伝え、と。ここから俺が出るわけにはいかないから、ここまで運んでくるらしい」
 そう言うと、御主人様は少し傷ついた顔をした。
 ――何だ?
 疑問に思ったが、御主人様は
「そう……」
 と言ったきり、先ほどと同じように微笑む。傷ついたような顔をしたのも一瞬だった。
 ――俺とファンロンモンの話を聞いていたわけではなさそうだな。
 俺はふわっと、わざと欠伸の真似をした。
「一つ、頼んでもいいか?」
「何かしら?」
「ぜひ御主人様に頼みたい」
「私に?」
 御主人様がこちらに向き直る。
「何でもおっしゃいな」
 以前より力を取り戻してきた御主人様は見る者の視線を奪う美しさを放つ。
 ――目にも毒だな、本当に……。
 俺はごろりと、わざと御主人様の膝の上に頭を乗せた。
「何をするのっ!」
「膝枕」
「無礼なっ!」
「いや、だから頼んだんだってば」
「御黙りっ」
 御主人様は俺を押し退けようとしたが、俺はさっさと眠った振りを始めた。
「良い匂いがするな……」
 そう言うと
「……っ」
 御主人様は抵抗しなくなった。
 ――そう……俺の気を惹きたいのか。かまって欲しいだけか?
 俺に興味を持ったというよりは、退屈だから話し相手が欲しいのかもしれない。手近な話相手が乳母と俺だけになってしまったからな……。
 ――まあ、それならそれでかまわない。
 タヌキ寝入りが本当の眠りを誘ったようで、俺はそのうちに眠り込んだ。


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《ちょっと一言》
更新滞りがちですみません。
夏コミ前から体調崩して、今は風邪ひいてしまいました。喉が痛くてなんとも・・・;
更新出来ない間に拍手押して下さった方、ありがとうございます! 数の多さにびっくりしました(汗)
なるべく更新していきますね。頑張ります!

あと、拍手コメント下さった方へ。
更新日記にお返事書かせていただきました。ありがとうございましたv

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