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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『老人』の来襲 後編 Side:LILITHMON
 何と言われるのかと考えると、生きた心地がしない。
 けれど。彼は、
「? ――待て。なぜ御主人様が謝るのだ?」
 と言った。私は上目遣いに彼を見上げる。
「迷惑でしょう? だから謝っているのよ! 私が謝っているの! 謝ったぐらいじゃ足りないって言うの? じゃあ何をすればいいのかしらっ!?」
 私がそう言うと、彼は戸惑った顔をする。
「落ち着いてくれないか。俺が迷惑だと思うべきこと……なのか? 俺には良く解らないのだが?」
 言われて、私も首を傾げた。
「え? 解らないって……」
 彼は紙のうち、一枚を手に取った。文字は読めないけれど写真などを眺めている。
「こういうものがあるのを初めて知った」
「そうなの?」
「ああ」
「そう……」
「無知だと呆れただろう?」
「いいえ、そのようなことを言われると思わなかっただけ。ちょっと意外だから驚いたの」
 私は印刷物に視線を落とす。彼は世間一般のことは解らないらしい。
「これはデジタルワールドの皆が必ず読むものなのか?」
「いいえ、読みたいと思ったら読むでしょう」
「それでその内容を他者に伝えることも有りえるわけだな?」
「ええ、そのとおりね」
「すると――情報を発信する側が言ったことを、受信する側は鵜呑みにする場合もありそうだな。興味深い……」
「ええっ? う…ん、まあ、そうね……」
 頷きながらも呆れる。ニュースや新聞、雑誌の情報を初めて知ったのに、それが引き起こす問題を指摘し始める。理解が早い。
「でも貴方は今、言ったじゃない……困るって……」
 彼は「ふう」と大きな溜息をついた。
「俺のようなわけの解らぬ者とこんな噂を立てられたら御主人様が困るだろう? 御主人様の名前に傷が付くと思うのだが……」
 そう言われて困惑した。
「名前に傷って……」
「俺の存在は稀有だとファンロンモンからも言われている。疎まられるから覚悟しろ、と」
「そんな……!」
 私だけでは無く、メタルマメモン達もおじい様も驚いている。
「御主人様の立場が悪くならぬように配慮したい。今後はどうしたらいい?」
「どうって……」
「御主人様が一番望むように俺は振舞おう」
「え……!」
 私は驚いて彼を見つめる。
「御主人様が困っていると、ファントモンがうるさいからな」
 ――ファントモンがうるさいから?
「そんな……でも……」
 私は迷う。そんな形で彼に優しくされたくないと思った。そう思うことに驚き、そして気付く。
 ――彼は自分の意志よりファントモンの気持ちを尊重している。彼は自分のことを犠牲にし過ぎる。左目のことだってそう……。
 ファントモンにわずかに嫉妬しながら、私は視線を伏せた。
「どうしたらいいか解らないわ。貴方が決めてちょうだい。私は貴方の言うとおりにするわ」
「それでいいのか?」
「貴方の言っていることは正しかったもの。昨日、私は……」
 ――貴方がいなかったらどうなっていたか解らないもの……。
 昨日だけでも二度も救われた。一度目はセラフィモンの件、二度目は他の『七大魔王』が目の前に現れた時……。彼の判断、対処は的確だった。
「うむ……今、俺のことをとやかく探られるのはまずいだろう。関心を逸らすことが出来れば良いとは思うが……」
「解ったわ」
「出来るのか?」
「手段はあるもの」
「そうか。それならいい。文字も読めぬと知られるのが一番まずいだろうな」
 そう彼は言い、肩を竦める。
「それぐらい私が教えてあげるわ。貴方は頭がいいもの、すぐに覚えるでしょう」
「教えてもらえるのならありがたい」
 彼は苦笑する。
 興味が沸いてそれ以上訊ねようとして、本題から離れていってしまうことに気付く。それに――彼は言っていた。『余計な詮索はするな』と……。
 ――あまりしつこくしては嫌がられるかも……。
 話を元に戻そうと思い、おじい様が興味深そうに彼を見ていることに気付く。
「ごめんなさい。今はまず、その……こちら、うちの祖父なの。自己紹介してくれるかしら?」
 と訊くと、
「ああ、そうか……肉親だったのか」
 とあっさり頷く。あぐらから正座に座り直し、
「失礼。――下僕です」
 と言いおじい様に深く頭を下げる。もちろんおじい様は面食らった顔をして彼を見つめている。
 私は、
「そういうところが一番誤解を生むのよっ! ウケは狙わないでいいから普通に名前で言いなさい!」
 と軽く睨んだ。
 反射的に避けの構えになっていた彼は不思議そうな顔をする。
「殴らないのか?」
 私はふいっと顔を背ける。
「手術した後でしょ? 殴るわけないじゃない!」
 と言った。
 左目に巻きついている包帯は白く、目立つ。彼はすでに気にしなくなっているけれど、私にはとても気になるものだった。
「すまない。そんな顔をさせるつもりは無かったのだが……」
 彼はあらためて、おじい様に
「すでに御存知かもしれぬが、メタルファントモンと申します。御見知り置き下さい」
 と名乗った。それから彼はふと、
「ファントモンにも自己紹介をさせようか?」
 と私に訊ねた。
「ええ、お願いしたいけれど、大丈夫? 乳母やについて行った時はファントモンの方だったじゃない? 今はどうして貴方が?」
「ついさっき、サトイモを洗っているうちに眠ってしまったから俺が代わったのだが」
「そんなに眠そうなの?」
「昨夜はずっと、俺の存在がどういうものなのかと夢の中で話してやったからな。――あまり覚えが良くないから苦労する」
 そう言う彼は、保護者の顔をしていた。
「自己紹介だけでもいいからお願いしたいけれど、ファントモンは起きるかしら?」
「大丈夫だろう。では……」
 そう言い、ふと、彼はおじい様に
「……しまった。御老体、貴方がここにいるのは非常にまずい」
 と言った。
「なんじゃと?」
 おじい様は顔をしかめる。
「ああ……もう仕方無いか……。俺も起きているには限界だ」
 メタルファントモンは私に、
「すまないが、俺も休息を取らせてもらう。ファントモンがまた眠ってもそっとしておいてくれないか」
 と頼む。
 ――そういえばメタルファントモンも寝不足だったのよね……。
「ええ、もちろん……」
 私は頷き、そして……こんな些細なことでも頼られて嬉しくてたまらない。
 銀の粉が撒き散らされるように彼の姿がぶれて、すぐにデジモンの姿のファントモンが現れた。
 ファントモンは両目がある。煙のような体に強くない青い光が浮かんでいる。『千里眼』再生のために犠牲になったのはメタルファントモンの左目だけなのだという事実に、胸が痛くなる。
「うにゅ……ん?」
 ファントモンは寝惚け声で「ふあっ」と大あくびをして、それから突然、周囲に気付く。
「うわっ! なんでオレ、ここにいるんだ!?」
 台所から急にここに移動したと思ったファントモンは、きょろきょろと辺りを見回した。
「なんで? 大勢いる!? ど、どうしたの? もしかしてオレ、何かしたの?」
 不安そうに私の衣の袖をそっと握ろうとして、手を見つめ、
「あれ? サトイモ洗っていたのに……手がきれい? 変なの……」
 周囲が小声で笑っているので、さらに不安になったファントモンは泣きそうな顔をする。
「ねえ、御主人様! 何がいったい、どうしたっていうの?」
 私はそっとファントモンに微笑む。
「アナタがサトイモを洗っているうちに眠ってしまったのよ。メタルファントモンが代わってくれたの。サトイモは洗い終わっていると思うわ」
「そう? なんだーそっか! はあ、オレ、眠っちゃったのか……メタルファントモンにお礼言わなくちゃ……」
 ファントモンは大きく溜息をついて、それから、
「そうだ! 大変なんだ!」
 と言った。
「大変? どうしたの?」
「あのね、お昼頃にね、『おじーさん』ってデジモンが来るんだって!」
 と突然、目を輝かせた。
「え?」
 私は思わず、ちらりとおじい様を振り返った。おじい様は唖然としている。
「うん、うん! オレ、思い出した! 乳母やが教えてくれたんだ。――だからね、オレ、頑張って料理作るの手伝っていたんだ」
「そうなの?」
 ファントモンは力説する。
「あのね、『おじーさん』ってデジモンが来て、『良い子』にしていると美味い『お土産』くれるんだって! うっはー! すっごく楽しみだ! オレ一生懸命『良い子』にしなくっちゃ! ――あ、乳母やの手伝いっ!」
 早速、台所に引き返そうとするファントモンを
「ちょっと待って!」
 と呼び止める。
「ん? 何?」
「ほら、こっちよ」
「ん?」
 ファントモンは首を傾げる。私と、私が指し示したおじい様を交互に、五回ぐらい見た。そして、
「――――――――えっ!? もう来ちゃったのっっっ!」
 と腰を抜かしそうなほど驚く。
 おじい様が
「いや、その、なぁ……初めて会うがの、わしは……」
 と話し掛けようとしたけれど、ファントモンは
「どうして――――っ!」
 と、がーっくりと肩を落とした。
「どうして……じゃと?」
「オレ、まず玄関でチャイムが鳴ったらそっちに行って、バンッと音をさせたりしないように静かに引き戸を開けて『ようこそ』ってあまり大きくない声で言って、『おじーさん』が使うステッキ受け取って、スリッパを進めて、『お足元にお気を付け下さい』って案内して……」
 言いながらどんどん半泣きになって
「台無しだ――――っ!」
 と畳の上に打ち崩れた。どうやら、綿密な計画を立てていたみたい。
(あー。ガキって自分の思う通りにいかないとショックデカイんだよなー)
 ベルゼブモンがぼそっと小声で呟き、頷く。
 ファントモンの深く落ち込む様子に慌てて、おじい様が
「いやいや、待て! すまなかった! 今すぐにやり直すぞ」
 と言った。
「ぐすっ……ほ、ほんと? もう一回?」
 鼻をぐすぐす言わせてファントモンは訊ねる。
「ああ、本当じゃ!」
「『おじーさん』……ありがと……っ!」
「――ほら、ベルゼブモン、やり直しじゃ!」
 と部屋を出て行く。
「なんだ? オレもか? 面倒臭ぇなぁ、ガキの相手は……」
 そう言いながらも、ベルゼブモンは面白そうについて行く。
 メタルマメモンは
「誰もツッコミ入れないみたいですけれど……」
 とロゼモンを見上げる。ロゼモンは小声で
「『おじーさん』っていうよりも『サンタクロース』じゃない? ねえ?」
 とメタルマメモンに囁く。
 ぐすぐすと半泣きのファントモンに、私は
「ごめんなさいね。おじい様はもう一度チャイムを鳴らして下さるから、今度は上手く出来るわ。頑張りなさいね」
 と声を掛ける。
 すぐに、ピンポーンとチャイムが鳴った。



 おじい様はお土産にみたらし団子とおはぎを用意してくれていたので、ファントモンは大喜びだった。
「これは? だん……団子? おはぎ? そっか! 和菓子か! これは和菓子だ! よし、和菓子だ!」
 確認したそこまでは良かったものの、
「この和菓子は綺麗だ! 虫がついていない! カビも生えていない!」
 と言ったので、おじい様にはすぐにファントモンがどういう事情のデジモンなのか知られてしまった。
「…………」
 おじい様は絶句してしまい、しばらくの間、大喜びで自分の分のみたらし団子を
「この硬いのは出すのか? 食べない? ふーん……竹串っていうの……うっ!? この白いのうっまーい! ……? この銀色のは食べないんだよね? ケーキのと同じだもんね。大丈夫だ、オレ、解るからっ」
 と、アルミカップと竹串を残してぺろりと食べ、そして、
「――おお? おはぎはそのまま食べていいの? おはぎは良い食べ物だね! おはぎは……どうやって食べたらいいの? 箸? 箸か……箸は難しいから強敵だ……いや大丈夫だから、乳母や! オレは箸で食べる!  フォークは使わないっ! オレは小さい子供じゃないからっ!」
 と言いながら、おはぎを箸で食べるために『真剣勝負』に突入したファントモンを眺めていた。
「良いコじゃのぅ……」
 ぽつりとおじい様は呟いた。
「俺の弟ですから」
 と、メタルマメモンは当然のように言った。
 私はおじい様をそっと手招き、部屋から出て廊下の端に連れて行った。
 おじい様は私に問いかける。
「メタルファントモンとは、あの記事にあるような間柄では無いようじゃな?」
「乳母から聞いたけれど、私、断られたみたいよ」
 そう答えると、
「なんじゃと!?」
 と予想以上に絶句している。
「反対するためにここに来たのでしょう?」
 不思議に思ってそう問い掛けると、
「いや、その……まさか断られたとは思わなくての……」
 と、さっきまでいた隣の部屋を気にしている。
「ファントモンのことが気に入ったの? だからメタルファントモンがいることも反対しないの?」
 そう訊ねると、図星だったようで祖父はすまなさそうな顔をする。
「メタルファントモンはあのコを一人で守っていたのじゃろう? 大変だっただろうに……」
 私は微笑みかける。祖父の優しいところが昔からとても好きだった。
「彼はとても優しいのよ。その……おじい様が反対されても……私は彼が好きなの」
「お前のその気持ち、あの男は知らぬのか?」
 私は視線を伏せ、
「言っていないわ。だって……」
 右手を見つめる。『黄金の魔爪』は曇り一つ無く輝く。
 おじい様はそっと私のそれを手に取り、撫でる。『黄金の魔爪』は触れるものを滅ぼすけれど、触ってもいい場所を知っているのでおじい様は私が不安になるといつもそうする。
「お前はこの右手と共にデジタルワールドのために生き続けなくてはならない身。――それをあの男が支えてくれるのならわしは嬉しいと思うのだが……」
「おじい様……」
「わしは出来る限りのことをしよう。ファントモンのためにも」
 おじい様は報道関係者の件を引き受けてくれた。



 その後、ファントモンはすっかりおじい様に懐いてしまい、
「餌付けだ」
 と皆から笑われた。けれどファントモンには良く解らなかったみたいで気にする素振りも無く、
「おじーさん、おじーさん」
 と言ってついて回る。おじい様も調子に乗って、
「団子が好きか? そうか……今度来る時には一緒に白玉でも作るか?」
 と言った。おじい様はメタルマメモンがまだトコモンだった頃には時々、白玉ぜんざいを作ってくれた。
「白玉? 美味いの?」
 ファントモンは目を輝かせた。一緒に昼食も食べるうちにおじい様にどんどん懐き、いつの間にか、
「おじーちゃんっ!」
 になっていた。昼食後におじい様が帰る頃には
「じーちゃん、もう帰るの!?」
 とまでになっていた。
「若君のお小さい頃のようですね」
 と乳母は微笑み、メタルマメモンは
「そんな昔のことは忘れた」
 と、素知らぬ顔で言った。
「かわいかったものね♪」
 とロゼモンが微笑んだので、
「何を知っているんです!? クソジジイが何か話したんですか?」
 とメタルマメモンは狼狽した。ロゼモンは「うふふ〜♪」と笑ってごまかしている。
「おいおい。じーさんは夕方、フランスに行くんだろ?」
 とベルゼブモンが言った。おじい様は
「大事な取引があるから欠席するわけにはいかぬ……」
 と唸る。とても『新しい孫』に未練があるみたい。
「ふらんす?」
 ファントモンが首を傾げるので、
「ああ、上手い菓子がたくさんある国だ」
 とベルゼブモンが教える。ファントモンは
「いいなー」
 と言い始めた。もちろん、ファントモンはこの『牢獄』から出るわけにはいかない。
 おじい様はまたお土産を持って現れると約束して帰っていった。ベルゼブモンも一緒に帰って行く。
「リアルワールドも手が足りねぇからな。忙しいったらありゃしねぇ……」
 二人を見送ってから、眠そうにしているファントモンを抱き上げようとすると、
「オレは小さい子供じゃないっ」
 と反抗しながらも眠ってしまった。
 その様子を見たメタルマメモンは少し考え込んで、
「ファントモンのこれからのこと……学力のことなど、いかがしますか?」
「そうね……」
「今は少々、幼児のように甘える傾向があるようですが、幼児退行というほどでもないようですね。時が経てば直っていくでしょう。今後は自立出来るように手助けをしてやった方が良いと思いますが、義姉上はどう考えていますか?」
 と私に訊ねる。
「しばらくは私が基礎的なことを教えるわ。それからは家庭教師をつけるべきかしら……」
 と、私は言った。
「教材など必要な物は届けさせます」
 メタルマメモンはそう言い、それから、
「クソジジイの手前、言い辛かったのですが……ファンロンモンが様子を見に来られるそうです。かち合わないようにとは伝えましたが、お気を付け下さい」
 と言った。
「そう……解ったわ」
 頷く私の隣で、ロゼモンが問いかける。
「言い辛いってどうして?」
「クソジジイとファンロンモンは大変仲が悪いんですよ」
 メタルマメモンは苦笑する。
「どうして?」
「そのうち解りますよ。――そろそろ帰りますか?」
 メタルマメモンはロゼモンを促し、帰って行った。



 皆が帰った後、ファントモンを抱えて離れに向かった。
 布団を敷いてあげてファントモンを寝かしつけようとした。ふと、ファントモンの姿がぶれる。
 ――メタルファントモン?
 私は驚いて彼を見つめる。ファントモンに代わって現れた彼は人間の姿で、私の体を掻き抱くように抱き締めた。
「――?」
 私は驚いて彼に問いかけた。
「どうしたの?」
「……」
 彼は何も答えない。不安に感じたのも最初だけで、私は彼の体温の心地良さに目を閉じた。そっと左手を彼の背に回すと、彼は一瞬だけ身じろぎしたけれど、それ以上は動かなかった。
 しばらく私を抱き締めていた彼は、そっと手を放す。
「すまない……」
 けれど、私は彼の手を追った。
「御主人様?」
「……私は嫌じゃないわ」
 そう言うとすぐに、彼は再び私を抱き寄せる。彼の体温が心地良い。
 そしていつの間にか、彼は眠りに落ちていた。私は彼をそっと布団の上に寝かせた。
「……」
 抱き締められた感覚がまだ私の周りに残っていて、息苦しい。もう少しこのまま一緒にいたくて、彼の寝顔を見ていた。



 夜中、目を覚ますと彼はいなかった。私はいつの間にか眠ってしまっていたみたい。
 ――どこに行ったの?
 起き上がると、彼がいた辺りに触れる。布団にはまだ温もりが残っていた。
「――――!?」
 突然、外から禍々しい気配を感じた。私は急いで障子へ近付き、障子越しに外を窺った。


「今一度、問うぞ。――その気があるのか、どうか?」


 この声を私は知っている。ぞくりと背中に悪寒が走った。
「オマエさえ望めば、何でも欲しいものを与えよう。欲しいものぐらい、あるだろう?」
「特に無い」
 彼の声が聞こえた。私はぴくりと体を震わせた。甘い感情が押し寄せる。声を聞いただけで体が震えるほど彼をどんどん好きになっている……。
「今一度言おう。――リリスモンを殺せ。お主にはそれぐらい容易に出来るのだろう?」
 ――何ですって!
 背筋が凍りついた。
 彼の声が、
「代わりに俺を『七大魔王』にするとでも言うのか? 生憎だが俺はその器では無い」
 と、きっぱりと言った。
 やがて、禍々しい気配は感じられなくなった。
 彼は戻って来て、障子の傍に座り込んでいる私を見つけた。
「どうした?」
 彼は笑む。その顔で全てを悟った。彼は私が起きていて会話を聞いていたことに気付いている。
「どうして? 私を殺そうと思えば出来るでしょう?」
 彼は首を傾げる。
「そうする理由も無いな」
「……」
 私は彼を睨みつけた。
「――綺麗な顔をしてそんな目をするな」
 彼は膝を付き、私の顔を覗き込もうとした。
「御黙りなさいっ、寄るなっ!」
 私は素早く身を引いた。
「誤解するな。あのデジモンは突然やってきただけだ」
「嘘っ!」
「本当だ。俺が御主人様の『新恋人』などという者ではないと気付いたようだ」
「え……」
「餌をちらつかせれば寝返ると思ったらしい」
「……ごめんなさい」
 一瞬でも彼が私の命を狙っていると疑ったことを恥じた。
 彼は私の顔を覗き込む。
「あのデジモンはリヴァイアモンと名乗っていた。『七大魔王』らしいが、本当か?」
「ええ、あの声……間違いないわ」
「どこか遠い場所にいて、こちらに来ることは出来ないようだ」
「ええ、そうよ。だから驚いたの。――さっきの声は?」
「外は見なかったのか? 思念データのみで来たようだ。こないだもそうだったな」
「そう……」
「御主人様はそれさえ判断がつかないのか? 早く回復しないとまずいな……」
 彼は苦笑する。
「それに、俺で良かった」
「え?」
「あのリヴァイアモンというデジモン……ファントモンが食われそうになったことがある化け物に似ていた。もしもファントモンがあのデジモンを見たら怯えて暴走するだろう」
「そうだったの……」
「御主人様はどれほど強いのか……感心する」
「?」
「あのデジモンは焦っていた。御主人様を狙うなら今しかない、と」
「……そうね、今の私は弱過ぎるわね……」
 私は体をずらし、彼の胸にもたれかかる。
「……御主人様?」
「言っておくけれど、空腹だからというわけじゃないからっ」
 女心も解らないのね、と心の中で付け加える。
 彼はククッと小声で笑う。
「冗談のつもりだったが、本気にされるとはな……」
 ――え!?
 私は目を見開く。
 ――冗談? 昼間言った、空腹で倒れたか、という言葉のこと?
 彼の腕が私を抱き上げる。驚き過ぎて抵抗する気にもならない私に、
「今一人になるのは危険だろう。もうしばらくここにいて欲しいのだが……」
 囁くように彼はそう言う。
「べつに……かまわないわ……」
 私はそう答えた。胸が高鳴る。
 彼は私を布団の上に降ろすと自分も布団を被ってしまう。私を抱き寄せ、抱え込むように抱いて眠る。
 私も目を閉じた。たまには――守られて眠るのも悪くは無いと思った。

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