[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『老人』の来襲 前編 Side:LILITHMON
 私とファントモンが遅い朝食を食べ終えた頃、お茶を飲みながら待っていてくれたメタルマメモンは乳母に、
「少しの間、席を外して欲しい。あと――ファントモンも」
 と頼んだ。
「若君、いかがなさいましたか?」
「心配はいらないから。俺とロゼモンさん、義姉上だけで話したい事があるだけだから」
 メタルマメモンは穏やかに言った。乳母は
「かしこまりました」
 と頷く。
「弟君。申し訳ありませんが御昼食の下ごしらえを手伝って下さいな」
 乳母がそう声を掛けると、メタルマメモンが「お土産に」と持参してくれたシューアイスも食べ満腹になって、こくりこくりと眠り始めていたファントモンは、むくりと起き上がった。
「頑張りますっ」
 と、今までうとうとしていたのはどこへやら、張り切って乳母の後についていった。
「アイツ、凄い食欲だな」
 メタルマメモンは苦笑する。
「そうね。あの食欲さえあれば、これからも大丈夫ね」
 ちょうど抹茶味のシューアイスを食べ終わった私は微笑む。
「そうですね。戦うこと以外にも楽しみを見つけているようだから」
 メタルマメモンは頷く。隣に座るロゼモンもにっこり微笑む。
 私はメタルマメモンとロゼモンの顔を交互に見て、
「メタルファントモンの着物を用意してくれて、それに髪を切ってくれて……ありがとう」
 私がそう言うと、二人ともちょっと驚いた顔をして、すぐに苦笑する。
「義姉上が頼んだことではないでしょう?」
「ええ、もちろんそうだけれど。――でも、彼はとても喜んでいたから。……ほら、今は言えないでしょう? だから、その……」
 自分で言い始めたのに、だんだん恥ずかしくなってしまった。
 ロゼモンが遠慮がちに
「とても気にしているようでしたから……」
 と言った。
「髪のこと?」
「その……なんというか……」
 ロゼモンは言葉を選ぶのに迷うみたいで、ちょっと考え込んだ。そして、
「今までそういうことを気にされなかったみたいですから。服装も……」
「そう?」
 考えてみれば、彼は今までファントモンを育てることで精一杯だったのかもしれない。
「……」
 なんとなく、男ってそういうところには目が行き届かないのかしら?と考えて……。
「義姉上?」
 そうメタルマメモンに話しかけられて我に返った。
「ぼんやりなさって、いかがしました?」
「いいえ、ただ……」
「ただ……?」
「メタルファントモンって今まで色々と大変だったのかしら、と思って……」
 メタルマメモンは
「そうですね……」
 と、寂しそうな顔をした。
「ごめんなさい。そんな顔をしないで」
 私は苦笑する。メタルマメモンは、自分はそこまでの苦労も無く生きてきたことに負い目を感じているようだった。
「――ところで、話って? ファントモンには聞かれたくない話をするために来たの?」
 私が話題を変えると、メタルマメモンはすぐに、
「義姉上に御報告を、と思いまして……」
 と、深刻そうな顔で話し始めた。
「クソジジイが義姉上にお会いしたいそうです」
 私は少し驚いて瞬きをした。
「それはおじい様のこと?」
「はい」
「そんな風に言うものじゃないわ。おやめなさい。いつからそういう言い方をするようになったの?」
 私が注意すると、メタルマメモンは咳払いをした。
「俺がロゼモンさんと付き合い始めた当初、犯罪まがいの事をされてからです」
 そう言われ、私は首を傾げる。
「犯罪? どういうことかしら?」
「クソジジイはロゼモンさんを拉致、監禁しました。傷害その他も加えて訴えることだって出来たでしょう」
「言っている意味が解らないわ。どうしてそんなことがあったの? おじい様は何か誤解をされたのでしょう?」
「ええ、俺がロゼモンさんと本気で付き合っていないと思ったようです。ロゼモンさんのことも色々と誤解していたみたいです」
「それで、拉致監禁? 激しいわね……」
 私がさらに首を傾げると、メタルマメモンはじっと私を見つめる。
「メタルマメモン? 何かしら? 私の顔に何かついているの?」
「次は義姉上の番になりそうです」
「何のこと?」
「義姉上が不在の間に色々あり、クソジジイと呼ばれるのに相応しい、思い込みの激しい偏屈老人に変わってしまいました。今回の義姉上に関する報道を色々見聞きして、すっかり取り乱しています」
「……? それで?」
「ファントモンやメタルファントモンのことですよ! 気をつけた方がいいです」
 私は肩を竦めた。
「そのような心配はいらないと思うわ。だいたい、ここに来る場合には事前に声をかけてくれるでしょう?」


 ピンポーン、と、来客を知らせるチャイムが鳴った。


「……?」
 私は無言になり、玄関のある方角へ目を向けた。
「……!?」
 メタルマメモンも同じだった。ロゼモンは
「まあ、早い……」
 と呟いた。
 乳母が来客の応対をしてくれたようで、チャイムはその一回だけしか鳴らない。
「「「…………」」」
 しばらくの沈黙の後に、私は重い空気を押し退けるように
「きっとおじい様ではないわ。こんなに早く来るはずはないもの」
 と言った。
 メタルマメモンは苦々しい顔で、
「義姉上。覚悟されていた方が良いですよ」
 と言った。
「何を覚悟しろ、と言うの?」
 私は眉をひそめた。
「昨日のファンロンモンの大広間での出来事は、デジタルワールドはおろかリアルワールドまで知れ渡っています。クソジジイの目にもつきましたし、耳にも入りました」
「……報道関係者が大勢いたものね……」
 私はうなだれた。
 メタルマメモンは、何枚かの紙を私の前に並べる。
「これは?」
「各新聞、各週刊誌の切抜きです。特に目に付くものを集めました」
「そう?」
 何気なく手に取ったそれを読み始める。
「……」
 読み終わった一枚目を置き、二枚目も読む。
「…………」
 三枚目に手を伸ばす。それも読み始める。
「……………………」
 四枚目、五枚目と続くうちに、私は座卓を叩いて怒鳴った。
「私に対する挑戦かしら!? この数々は――――っ!」
 どれもこれも、セラフィモンの恋愛遍歴や私の話、私を知るデジモンへの「今回の件を知っているか?」という内容のインタビュー、私の好みのタイプや今までの経歴、ファントモンのことなどを非常に興味を掻き立てる内容で書いている。極めつけはメタルファントモンのこと!
「この『新恋人出現!』って……こういう書き方は困るわっ」
 私は額に手を当て蒼白した。
「そう、それです、義姉上」
 メタルマメモンは大きく頷く。
「義姉上とメタルファントモンの仲を、クソジジイは疑っていますよ。どうします? ちゃんと紹介してしまいますか?」
「どう紹介しろと言うの――!」
 私は座卓に突っ伏す。
「義姉上?」
「リリスモンさん?」
 メタルマメモンとロゼモンは心配そうに声をかけてくれる。私は突っ伏した姿勢から、上目遣いに二人を見上げる。
「恋人でいいじゃないですか?」
「ダメなのよ……」
「ダメ? 義姉上はメタルファントモンのことを好きなのですよね? てっきり、その……メタルファントモンがあのような行動をするから、恐らく義姉上とはすでに、その……」
 メタルマメモンは予想もしなかったみたい。
 ――あのような行動って? ああ、『抱っこ』ね……。
「違うの。あれは立っていられるだけの体力が残っていなかったから倒れそうになって、それを上手くごまかしてくれたの」
「ええっ!?」
 本当は緊張で腰が抜けたのかもしれないけれど、それは恥ずかしいので言わなかった。
「彼は私のことをわがままな女としか思っていないわよ……」
「そんなことはないと思いますよ? メタルファントモンは義姉上のことを……」
「いいえ。乳母やが勝手に私のことを頼んだみたいなの。けれど『御断り』って言われたみたいなのよ……」
 二人とも、
「え!?」
「そんなっ!」
 と声を上げる。
「何か理由があると思う。彼の気持ちが変わるかもしれないから諦めないわ。けれど……」
 私は悲しくなった。もしもここでおじい様が来て、誤解したまま『クソジジイ』とメタルマメモンが言うような行動を始めたら……。
「……困ったわ。彼に疎まれてしまうかも……」
 私が呟いたその時、


「許さ――――んっ!」


 怒鳴り声が響いた。
 パーンッと障子を開け放ち、そこにおじい様が立っていた!
「あ……お……おじい様?」
 私は慌てて座卓から体を起こし、居住まいを正した。
「あら? じゃあ、さっきのチャイムは本当におじい様でしたの? ……来て下さるのなら御連絡下さいな。驚きましたわ……」
 きちんと言おうと思っても、しどろもどろになってしまう。
「乳母やには今朝電話したぞ!」
 ――あっ! 私、今日はすぐには起きなかったもの……!
 気付いたけれど、遅かった。
「おお、リリスモンッ!」
 おじい様は目に涙を浮かべながら足早に来ると、私の両手を取った。扱い慣れているので『黄金の魔爪』ごとしっかりと握り、
「よう生きておった! 大切な孫を亡くして、どんなに辛かったことか……」
 と言った。
「おじい様……」
 心がジーンとした。おじい様はずっと私のことを可愛がってくれた存在。再会出来て嬉しい。
 けれど感動の再会も、一瞬に吹き飛ぶ。
「わしの大事な孫をたぶらかす者は許さん!」
 そう大声で言われて慌てる。
「おじい様! 落ち着いて……」
 そこに、
「逆だろ?」
 と声が掛かる。
「ベルゼブモン?」
 そこにデジモンの姿のベルゼブモンが立っていて、面白そうに笑う。おじい様をこのリフォームされた『牢獄』に案内してきたみたい。
「メタルファントモンはリリスモンが連れて来たようなものだろ。アイツは自分のことを『下僕』だって言っていたぞ」
 それを聞き、おじい様は顔を真っ赤にして
「何じゃと!」
 と声を荒げる。
「きゃあっ……下僕ですって……」
 とロゼモンは頬を染めて、
「ロゼモンさん、マンガの読み過ぎですよ。どうか過激な想像はしないで下さいね?」
 とメタルマメモンがたしなめる。
 おじい様は私に説教を始めた。
「男を下僕だなどと言って家の中に連れ込むとは……何をしておるんじゃ!?」
「それは……色々あったから……」
「色々ぉぉぉ!?」
「――あ、そういう色々じゃないからっ!」
 慌てる私に、祖父は眉をしかめる。
「昔から犬、猫、亀、スズメ、ザリガニ、カブトムシ、クワガタ、タヌキ、キツネ、ヤギ、ウリ坊、ハクビシン、ヘビ、ヤモリ、トカゲ、芋虫やらわけの解らない動物まで片端から拾ってきては『飼ってもいい?』って言いおって!」
 私は呆れて声を上げる。
「何年前の話よっ! そんな子供の頃の話なんてしないでちょうだい!」
 おじい様は
「まだまだ子供じゃっ!」
 と怒鳴り、私は
「もう大人ですわっ! それに彼は動物じゃないわよっ!」
 と怒鳴り返した。
 ベルゼブモンが
「これも『愛の試練』とかいうやつか?」
 と笑い始める。
 メタルマメモンは
「二人とも落ち着いて下さい! ベルゼブモン先輩、あおらないで下さい!」
 とテキパキとその場を収拾しようとした。
「その男を連れて来い! メタルファントモンの方じゃ!」
 おじい様がそう言ったので、私は呆れた。
「彼は何も悪くないわよ。ファントモンの保護者みたいな存在なのっ」
 だんだん頭が痛くなってきた。これが『クソジジイ』と呼ばれてしまう行動なのね!
 ベルゼブモンが、
「あおって悪かった。すげーな……。おい――どうする?」
 と、悪びれず言った。
「アンタね! どうもこうもないでしょ?」
 と私はそちらを見て、
「――――――――!?」
 言葉を失った。「どうする?」は私に言った言葉ではなかったことを知
る。
 おじい様も釣られるようにそちらを見た。


「ウゥーッ、ワンワンッ」


 と。着流しに襷がけで立っていた彼は、真面目な顔でそう言った。
「……」
 私は穴が開くほど、彼の顔を見て、そして悟った。話を聞かれていた、と!
 ――犬の真似なんかしてっ!
「なんだその『ワンワンッ』は!」
 メタルマメモンはククッと笑い出した。
「ごめ……ごめんなさい……おかしいっ」
 ロゼモンも笑い出す。
 ベルゼブモンはすでに、ヒーヒー言いながら笑っている。
 皆が笑うのも当然。メタルファントモンは人間の姿ではベルゼブモンと同じぐらい身長がある。偉丈夫たる体格の彼が『ワンワンッ』だもの。
 けれどおじい様は真っ青になって私の手を放し、おろおろと
「こ、この男か?」
 と問いかける。まさか本人がすぐ現れるとは思わなかったみたい。
「ええ、そうよ」
 そう答え、それから私は彼に
「いつからそこにいたの?」
 と訊ねた。
 彼は穏やかに
「御主人様が昔、色々な生き物を拾ってきた、という辺りから。――『クゥンッ』や『キャンキャンッ』の方が良かったか?」
 と言う。その言い方に安心する。彼は別に嫌味を含めて犬の鳴き真似をしたわけではないみたい。
「貴方は私が拾ってきた生き物じゃないもの。言わなくてもいいわよ」
「そちらの御老体が御望みならば、それらしくしてもいいが?」
 ベルゼブモンが
(ミカン箱にでも入るつもりか?)
 と小声でメタルマメモンに言い、
(けしかけるのはやめて下さいよ?)
 と止められた。
 半ば本気の顔でそう言う彼に私も呆れた。
「どうしてそんなことを言うの?」
 彼は肩を竦める。
「俺の事で誤解をされて困っているのだろう?」
 彼の右目が私を見つめる。強い力のある視線で、引き込まれそうになる。
「――それが原因なのだろう? 何と書いてある? 俺は無学で文字が読めないから、代わりに読んでくれないか?」
 そう言われ、私は彼が指差したものに目を向ける。メタルマメモンが持参した切り抜きだった。座卓の上に並べたままだった。
 ――どうしましょうっ。
「それは……その……私のこととか……」
 私はどういう顔をしていいのか解らなくなる。
「どうした? 俺に知られたらまずいことが書いてあるのか?」
 私は彼を見つめた。彼のその右目は事実を欲している。
 ――隠さないで話そう……。
 観念して私は頷く。
「読むわ。――座ってちょうだい」
 私の近くに歩み寄ると、彼は座った。
 私は一枚ずつ読み始めた。彼は黙って聞いていて、時々、用語について質問をする。
 いつの間にか皆、それぞれその場に座って私達のやり取りを眺めていた。
 私が全部読み終えると、彼は私に訊ねた。
「なるほど。こういう騒がれ方をすれば困るな……」
「……ごめんなさいっ」
 私は俯いて言った。両手が震える。
 ――彼に嫌われてしまう! 一緒にいたくないって言われてしまう――。どうしたらいいの……!

[*前へ][次へ#]

7/71ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!