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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
狡猾な男 6 Side:LILITHMON
 ――ああやだ、本当に一睡も出来なかったじゃない……。
 眠っていないから体はだるい。布団の上でごろごろとしていると、乳母が縁側から遠慮がちに声を掛ける。
「あの……おひい様……」
 障子を少し開いて顔を覗かせた乳母に、私は不機嫌そうに応える。
「起きているわ。メタルファントモンは起きている? それともファントモンの方かしら?」
「メタルファントモン様の方です。御遠慮申し上げましたのに、朝食の御支度を手伝っていただきまして……」
「そう……」
「今はウィザーモン先生が来ていただいているので、その……」
 私は起き上がった。
「ウィザーモンが? 私の様子を見に来てくれたの?」
 乳母は辛そうに、
「いいえ。メタルファントモン様の……眼球データの摘出手術をなさっています。ここで出来るからと……」
 と私に告げた。
「手術!? 眼球データって……」
「お止めしたのですが、どうしても必要だからとおっしゃいまして……」
 私は身支度を整えるのもかまわずに外に飛び出した。
 ――眼球データ? 摘出? どういうことなのっ!?
 駆けつけた時にはすでに終わり、後片付けをされていた。
 男の頭には、残った右目にはかからないよう、左目のあった辺りを押えるように包帯が巻かれていた。
「どうしてっ!」
 襖を開けて中に駆け込んだ私に、
「おいおい。御主人様、なんて格好してるんだ?」
 何も変わらない様子で彼は私に話しかける。
 呆然と立ち尽くす私に追いついてきた乳母に、彼は苦笑いをする。
「だから後で俺から話すって言ったのに」
「でも、メタルファントモン様……」
 ウィザーモンが戸惑いながら、
「先に私から説明をした方が良かったのでは?」
 とメタルファントモンに問いかける。
「何度も言うが、御主人様は子供じゃないから後からでも話せば解る。時間が無いだろう?」
 と言いながらメタルファントモンは立ち上がった。
「先生見送ってきます。御主人様はちゃんと顔洗って朝食食べて下さいね〜」
 とぼけるような言い方をしながら、私の横を通って行った。
「おひい様……」
「いらないっ。食べたくないからっ!」
 乳母がおろおろと声を掛けるのも振り切って、私は自分の部屋に駆け戻った。



 自分の部屋に戻って、敷きっ放しだった布団の上に寝転がっていた。
 ――どうして?
 もしかして、左目のデータ損傷が回復不可能なぐらいひどかったのかもしれない。それなのに平気そうに振舞っていたのかもしれない……。そこまでして私を助けてくれたの?
 後悔した。私は自分のことばかり考えて、彼の受けた傷のことを考えていなかった……。
 縁側から声が掛かる。
「大人が朝っぱらから、ふて寝か?」
 彼が私をからかうように言った。
「うるさい」
 私は頭を少しずらして、そちらに目を向ける。
「おーこわー」
 と、彼は棒読みの声で言う。
「馬鹿っ。知らないっ」
 私が睨み付けると、こちらに来た。
「来ないでよ、バカッ!」
 私の前に膝を付き、
「ウィザーモン先生がリアルワールドに行くっていうから、その前にって無理に頼んだ。事後承諾になってすまない」
 と彼は言った。
「どうして相談もしてくれなかったの!? ケガしていたんでしょう?」
「いや、どっちかっていうと、右目の方が視力は悪い。左目は健康だ」
「どういうこと? 説明しなさい!」
「健康な目のデータがあれば、『千里眼』を再び作り上げることが出来るらしい。ウィザーモン先生の知り合いに腕の良いデジモンがいて、頼んでくれるらしい」
「『千里眼』を?」
 そう言われ、私はどうしていいか解らずに布団の上に起き上がり、俯いた。
「いらないじゃない。ファントモンが戦わないのなら……もう必要無いじゃないっ」
 そっと、アイツの腕が私に伸びる。抱き寄せられた。
「御主人様は優しいな」
「う……うるさいっ! 御黙りなさいっ! だいたいねぇ、片目が無くなるのよ! もっとその……悲観的にならないの? 能天気なことね!」
 私が怒鳴ると、
「いや別に。ならない」
 と短い答えが返ってきた。
「片目が無くなったら、俺のことをもっと嫌いになるのか?」
「――!」
 私の耳元で、ククッと小声の笑い声が聞こえる。
「…………ならないわよ…………」
 ぼそぼそと答えると、
「は〜い? 聞こえなーい。もう一度」
 と言われ、私は激怒した。
「ならないって言っているでしょう! 大嫌いなのには変わりないわよ!」
 ぐりぐりと彼の頬に握った左拳を押し当てると、
「降参っ。ロープ、ロープ……」
 とまた笑われた。
「両目無くてもいいって思ったから」
「いらない? 困るでしょう?」
「最初のうちは大変らしい。けれどそのうち慣れるって言われたから」
「言われたから? それだけ?」
「もう片方は残る。右目はちょっと視力低いけれど、そっちがあるなら……まあ、いっか。と」
「まあ……って、あのね、そんな単純な考え方でいいと思っているの?」
「御主人様の顔は残った片目で見られればいいって思ったから」
 そう言われて、体が硬直した。
「綺麗な顔が見られないのはもったいないから、せめて片目が残っていればいい、と……。――御主人様?」
 私はそっと彼を押し退けようとした。
「機嫌を損ねてしまったか?」
「――馬鹿。嫌い。放して」
 彼は素直だった。放してくれた。私は立ち上がろうとして、そして、止めた。
「どうした? またわがままか?」
 私は……目を閉じて彼の胸にもたれかかった。
「ひょっ? ちょっと……御主人様?」
 彼は慌てている。
 ――ばっかじゃないの? 私が甘えたらいけないわけ?
 内心勝ち誇ったけれど、それは私の勘違いで、
「空腹で倒れましたか?」
 と言われたので、
「アンタはぁぁぁっ!」
「うぐっ!?」
 思い切りみぞおちに拳を(もちろん左拳)を叩き込んでやった。そのまま押し倒し、馬乗りになって右手『黄金の魔爪』を彼の喉元近くに突き付ける。
「いいかげんにしなさいよっ!」


 その時、
「義姉上? お邪魔しますよ?」
 と声が掛かった。


「御気分が優れないと乳母から聞きましたが――って、何をやっているんですかっっっ!」
 縁側から顔を覗かせた人間の姿のメタルマメモンと、
「きゃああっ! 落ち着いて下さいっ!」
 人間の姿のロゼモンが声を上げた。



 私が身支度を整える間、メタルマメモンは客間で待っていた。
 私の顔を見るなり、人間の姿のメタルマメモンはぶつぶつと小言を言う。
「いいですか、良く聞いて下さい、義姉上。あまり乱暴なことを俺の弟にしないで下さい、お願いします!」
 私はムッとした。
「あのね、いいかげんにしなさい! 何度も言うけれど、私が何をしたっていうの!」
「じゃあ、言いますけれど。『黄金の魔爪』使って脅して、俺の弟を押し倒していたようにしか見えませんでしたが?」
「どうしてアンタも乳母やと同じことを言うのっ!」
「義姉上は何を考えているのか解りませんからね」
「私を宇宙人のように言わないで! 私こそアンタの考えていることは解りませんっ」
「はあ? 義姉上が宇宙人なら俺はUMAですか?」
「アンタね――!」
 私はダンッと座卓を叩き立ち上がった。
「庭に下りなさい!」
「落ち着いて下さい。すぐに頭に血が上るのは義姉上の良くないところですね。俺の言っていることが事実と違うなら話して下さい」
 私はムッとして座り直した。
「だって! 目のことなんか聞いていなかったもの! またアンタ達だけで決めたでしょう!」
 そう言うと、メタルマメモンは顔をしかめた。
「いいえ、メタルファントモンが自分で言うからと言っていたので任せたんです」
「そんなっ! ……あら? ――そういえば、メタルファントモンもロゼモンも、遅いわね?」
 ロゼモンにようやく進化出来たのは今朝で、乳母から頼まれていた用事もあってメタルマメモンと一緒に尋ねてくれたという。
「もしかしてアイツと二人きり? 危険だわ!」
「義姉上、そんな言い方はひどいでしょう?」
「ひどくないわよっ! ロゼモンが危険に晒される前に、急がなくちゃ!」
 立ち上がりかけると、
「そんな言い方をされると拗ねますよ?」
 と声を掛けられた。
 ――誰?
 見知らぬ男が立っていた。着流し姿で、短い銀髪の頭。顔には左目を隠すように包帯を巻いている。
 ――左目?
 ロゼモンも顔を覗かせる。
「こういう感じにしてみたんだけれど……」
 メタルマメモンが
「ありがとうございます。ロゼモンさん。さっぱりして良いと思いますよ」
 と微笑む。
「いやあ、すっきりしてこれで髪洗う手間が省ける! おねーちゃんありがとう!」
 と、その短い銀髪頭の男は嬉しそうに言い、
「おい、馴れ馴れしくそういう呼び方をするな」
 とメタルマメモンが軽く睨む。
「え? 兄ちゃんの彼女だからだろ? 違った? 奥さんだっけ?」
 とロゼモンに銀髪の男が訊ねる。ロゼモンは顔を真っ赤にしている。
「――えええっ! メタルファントモンなの!? あんなに引き摺るほど髪が長かったのに!」
 私はようやくこの男の正体を知った。
「別に伸ばしていたわけではない。切る機会がなかったから」
 メタルファントモンはそう言う。――と、
「くしゅん……」
 メタルファントモンは、くしゃみをした。
「ちょっと首の辺りが涼し過ぎるかな?」
 と、わずかに困った顔をしている。
 私は顔を真っ赤にした。あまりにも今のかわいらしいくしゃみが、この男に似合わなかったから!
 メタルマメモンもロゼモンも、
「ブッ……それ、反則だろっ!」
「ご……ごめんなさい、おかしくて……!」
 と笑い出した。
「えー? 何のことだ?」
 メタルファントモンが首を傾げたので、我慢していたのにとうとう私まで小声で笑ってしまった。
 乳母がお茶のおかわりを持ってきてくれ、
「まあまあ! とてもお似合いですよ」
 メタルファントモンを見るなりとても喜んだ。彼は照れ笑いを浮かべる。
「――ああ、そろそろ交代するか」
「ファントモンと?」
「ああ。御主人様に言いたいことがあるらしい」
「私に?」
 すぐに、メタルファントモンはファントモンの姿になった。
 ファントモンはデジモンの姿で、真っ先に私に
「大嫌いって言ってごめんなさい!」
 と頭を下げた。
「え?」
「ごめんなさいっ!」
 そういえば、大嫌いと言われてから初めて顔を合わせた。
「いいのよ、こちらこそ……ありがとう」
「ほんと? 許してくれるの?」
「ええ。許さないわけないわ」
「良かったぁ! メタルファントモンの言ったとおりだ!」
 ファントモンは嬉しそうだった。
「あら? 会ったことないでしょう?」
「昨日、夢の中で会った!」
 と、ファントモンは元気に教えてくれた。
「ねえ、メタルファントモンは髪を切って、かっこ良くなった? 夢の中で声だけ聞こえて、どんな姿なのか見たこと無いんだ」
 と、ファントモンは私に訊ねる。
「……まあまあかしら?」
 素直に言えない私に、
「新しい髪形、あまり似合わないのか?」
 とファントモンは首を傾げる。
「そうじゃないけれど……」
 そう応えながら、どう説明していいのか悩んだ。
 私としては、……すごく、好みだけれど。言いそびれてしまった。もっとも、素直にそう言うことなんて出来ないけれど。
「グウッ」
 動物の鳴き声のような音が聞こえた。ファントモンの御腹が鳴ったみたい。
「あははっ。えっと……」
 ファントモンは照れ笑いを浮かべる。
 私も朝食をまだ食べていなかった。
「朝食、一緒に食べましょう?」
 そう微笑むと、嬉しそうにファントモンは頷いた。
「メタルファントモン様はもういただきましたのに……」
 乳母が苦笑すると、
「義姉上に殴られたのでエネルギー消耗したんですよ」
 とメタルマメモンが言った。もちろん乳母は怒り出した。
 乳母の小言を聞きながら気付く。彼は私が素直に朝食を食べられるように、ファントモンと交代したのかもしれない、と。
 どこまで狡猾なのかしら、と私は思いながら煮物をいただいた。


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『狡猾な男』はひとまずここまでです。
読んでいただきありがとうございますv
次回は、その後の話。
もちろんあの『老人』が、愛孫の一大事を黙って見ているわけがない!のです。

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