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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
狡猾な男 5 Side:LILITHMON
 私はメタルファントモンに抱き上げられたまま運ばれていた。
 向かう先は――デジタルワールドの最深部から最も遠い『牢獄』。深い霧に包まれた長い石畳の道が続く。その両脇には竹林が囲む。どちらの竹林も、不気味な静けさだった。
 ――憧れていたとはいえ、こんな奴にこんな形で『抱っこ』されても! くぅっ、悔しい! 一生の不覚だわっ!
「心配するな。乳母も、もちろん俺も一緒だから大船に乗ったつもりでいればいい」
 そういうメタルファントモンに、
「乳母やはともかくっ! アンタと一緒なんて、まるで泥舟に乗せられた気分よっ」
 と言い返す。
 メタルファントモンは
「手厳しいな。残念だ」
 と、体を竦めて小声で笑う。
 ふわりと滑空しながら私達の案内をしているロップモンが微笑む。
「我は見事だったと思う。あれが最良の方法であったはず」
 私は
「解っているわよ……」
 と頷く。
 メタルファントモンはまだ処分が決まっていない罪人の身。あの場での進言は許されても、例えばあの男にバトルを挑むことは出来ない。
 だからあの方法は、今のメタルファントモンが選べる最良の防御策。力に頼らず、知力だけで場を切り抜けた。同じ存在でもファントモンとは比べられないほど、頭が良いのかもしれない。見ようによっては狡猾――ずるい男……。
「乳母やは御主人様が快適に過ごせるようにリフォームするって言っていたけれど、そんなことして大丈夫か? 牢の意味がないなぁ」
 メタルファントモンはそう言う。
「牢と言っても場所は広い。自由もある程度許されている」
 ロップモンがそう教えてくれた。
「ある程度ってどれぐらいなのか?」
「力量にもよる」
「力量? ――あ、ちょっとタイム。五分休憩。――いや、もっとか?」
 突然、メタルファントモンは話を止めて、
「豪勢な見送りが来た」
 と、突然低い声で付け加えた。その声は柔らかいけれど私に注意を促す。周囲に聞こえるぐらいの声量だったのは、わざとそうしたみたい。
 ――?
 メタルファントモンは空中に浮かぶ。ロップモンもハッとしたように辺りを見回す。
「この気配は、もしや……!」
 突然、私達の行く手――目の前に黒い闇が生まれる。狭霧のようなそれの中に、影が次々と浮かび上がる。数人の人影が現れた。
 黒く長いローブで全身を隠すその者達は、メタルファントモンを見つめている。
 メタルファントモンも黒いローブをまとったガイコツの姿だけれど、彼らのように無気味な雰囲気は出していない。
 何者?と言いかけた私よりも早く、メタルファントモンはやんわりと、
「これはこれは……皆さんお揃いですか! 我が主に代わって御礼申し上げます」
 と、深々と頭を下げた。
 瞬時に恐ろしいほどの殺気が満ちた。私もロップモンも身構えて緊張するけれど、メタルファントモンは頭を上げ、黒いローブの者達を見つめる。
「我が役目は主を御守りすること。――何とぞ御見知り置きを」
「…………」
 黒いローブの者達はしばらくメタルファントモンに憎悪のこもった視線を向け、立っていた。けれどやがて一人、また一人と踵を返して黒い狭霧の中へ去っていく。
 最後まで残っていた者も踵を返す。が、そのまま動きを止めた。
「この所業――いずれ後悔することになるぞ。覚えておくがいい」
 メタルファントモンは先ほどからのやんわりとした口調を変えず、
「御忠告痛み入ります。御足労頂き真に感謝致します」
 と言った。やはり深く頭を下げながら。
 ロップモンは唖然とメタルファントモンを見上げる。
「お主……!」
 一瞬その場に走った緊張は私にももちろん伝わっていた。そして、この声の主が誰なのかも。そもそも、私に対してデジコアの色を見られぬよう自らのデータに偽装を施すなど、並みのデジモンが出来ることではない。
 ――なんということ……!
 けれども私の心配は無用だった。最後まで残っていたその者も、黒い狭霧の中へ歩んでいく。やがてその者達の姿は完全に消え、黒い狭霧も消滅していく。
 ロップモンが深い溜息をついた。
 つられて溜息をつきそうになる前に、
「おっと、御主人様は溜息なんかつかないで下さいね。毒が出てしまうから」
 ちゃかすようにそう言われ、私はカッとなってメタルファントモンのローブに掴みかかった。
「アンタ! 待ち伏せされるといつから知っていたの!?」
 メタルファントモンは
「いえいえ、どうってことないですよ。ファンロンモンの大広間にいたじゃないですか、あの方達」
 と言う。私は愕然とした。
「まさか……」
「ええ。ずーっと」
 ――気付けなかった! 私ったら失態だらけで涙も引っ込むわよ……。
「御主人様は今は万全の状態ではありませんから仕方無いのです。――それにしても! 七大魔王の御方々、御主人様がどうにかなっちゃうことをよほど御望みのようですね〜」
 「ふんふーん♪」と鼻歌でも歌い出しそうな彼の言い方に、私はすっかり呆れ返った。
「どうするつもりだったの? ここで戦うことにでもなったら……!」
「それは無いっ」
「どうしてそんな能天気な言い方が出来るのっ!」
 メタルファントモンは振り返る。
「だって俺には心強い兄上達がついていますから」
 私達の真後ろに、いつの間にかメタルマメモン達がいた!
「な……なんで貴方達!? いつの間に!」
 私は声を張り上げた。
 デジモンの姿のメタルマメモンは、頭の上にタネモンを乗せていた。タネモンを石畳の上に降ろすと、
「最後の難関はクリアしたようですね」
 と安堵の息をついた。
 ベルゼブモンも
「あーやれやれ」
 とぼやきながら、ガシガシッと頭を掻く。
 タネモンは事情が良く解らず、その上、先ほどまでいた黒いローブの者達が七大魔王だったと知って
「プ? プルゥ?」
 と不安そうにメタルマメモンに問いかける。
「ええ、大丈夫ですよ……」
 とメタルマメモンは応える。
 私は空いた口が塞がらない。
「メタルマメモンとベルゼブモンも知っていたなんて……! 説明なさい!」
 ベルゼブモンは
「まあ、立ち話ってのもなんだから、歩きながら話そうぜ」
 と私達を促した。
 歩きながらの話で、メタルファントモンが徹夜でメタルマメモンとベルゼブモンに相談するために飛び回っていたことを知って驚いた。
「やだ……! そんなこと一言も言っていなかったじゃない!」
 メタルファントモンは肩を竦める。
「言ったつもりですが。『デジモン使いが荒い』って」
「そーいうのは言ったって言わないでしょう!」
 私が怒鳴ると、メタルファントモンは
「あ〜御主人様、怖ーい……」
 とぼやく。
「メタルマメモン、それにベルゼブモンも私を騙して……!」
 とキツイ視線を向けると、メタルマメモンは
「敵を騙すにはまず味方からと言いますから」
 と肩を竦める。
「プウゥッ!」
 タネモンも抗議の声を上げる。
 メタルマメモンは
「夜中でしたので、タネモンさんが眠っている時だったんですよ」
 タネモンはそれを聞き、しょぼんと落ち込む。ぺったんぺったんとついてくる歩みも速度が落ちる。
「タネモンさんは気にしなくてもいいんですよ。俺だって大した手伝いはしていませんから」
 メタルマメモンはそう言い、タネモンを抱き上げようと屈む。タネモンはパッと飛び退いて逃げる。
「嘘じゃないですよ。俺はただ、メタルファントモンの話を聞いただけですから」
 と、メタルマメモンは困った顔をする。
「ああ、本当のことだ。兄上に相談しておかないと、と思ったから」
 メタルファントモンが「うん、うん」と頷く。
「あれは相談と言わない。確認だろ?」
「そう?」
「ついでに言うと、俺は『兄上』なのか?」
 メタルファントモンは
「兄上、兄者、兄ちゃん、お兄様。――さあ、どれがいい?」
 と言った。
 メタルマメモンは、
「俺は自分より背の高い弟はいらない」
 と言い、肩を竦める。シッ、シッと追い払うような軽い素振りをしたので、
「えーそりゃひどい」
 と、メタルファントモンはがっかりとした顔をする。
「俺がこんな姿なのは、ファントモンよりも外に出ている時間が長かっただけなのに。俺は悪く無いのに……」
 私を抱いたまま、わざとらしい泣きマネをするメタルファントモンに、
「――ちょっと待て!」
 とメタルマメモンは驚いて訊ねる。
「それ本当なのか?」
「え? ――俺は悪くない、か?」
「アホ。外に出ている時間ってところだ」
「アホってひどいー」
 メタルファントモンは言いながら、考え込む。
「デジタルワールドとリアルワールドの時間の流れる速度は違うから、俺と兄ちゃんの身長差もそのせいだろ? そのうち伸びる――と思うんだけれど」
「そっか!」
 メタルマメモンは、まるで宝くじでも当選したような顔をした。タネモンははしゃいで跳ね回っている。
 ベルゼブモンが呆れ顔で、
「今さら伸びるのか!」
 と唸った。



 やがて、私がしばらく居を構える場所に辿り着いた。
 そこは『牢獄』とはかけ離れた空間になっていた。
 ベルゼブモンが目を見開く。
「リフォームのレベルじゃねえぞ! どこの匠だ? あの婆さんっ」
 メタルマメモンは幼少時から慣れているので驚かないけれど、タネモンもとても驚いている。
 空間のデータを操作して限りなく自然に近い人工の空と日本風の家屋、日本庭園を造って、乳母は私を待っていてくれた。
「ありがとう、乳母や……」
 乳母は微笑む。
「おひい様が冷たい牢獄で暮らすなんてもっての他ですから!」
 そう言われ、一度ぐらい牢獄を体験してみたいと思っていた私は
「そう?」
 と首を傾げる。
「おひい様? ……まさか……?」
「え? 嫌だわ、乳母やったら!」
「おひい様は好奇心が旺盛過ぎますからっ! お気を付け下さいませ!」
 と乳母は怒る。
 私を部屋に連れて行くと、そこまで運んでくれたメタルファントモンは
「申し訳ありませんが、疲れてこれ以上はどうにも……。皆さんっ、後はごゆっくりどうぞ〜」
 と調子良さそうな言い方をして退室して行った。
 私はそれを、
「何なのよ、もうっ!」
 と面白く無さそうに見送った。
 ベルゼブモンが、
「食えねぇなぁ、アイツ……」
 とメタルファントモンを見送る。言葉とは裏腹に、心底この状況を楽しんでいるみたい。
「……何よ、アンタまで!」
 私が睨み付けると、ベルゼブモンは、
「アイツ一人でもどうにかやろうとすりゃ出来た。それは解るだろう? だがそうしないで、別の方法で周囲全部丸く治めやがった。――なあ、メタルマメモン?」
 とメタルマメモンに視線を送る。
「そうですね」
 メタルマメモンは頷く。乳母が運んできた萩焼の湯飲みに手を伸ばし、少し息を吹きかけてからタネモンに飲ませてあげる。それから自身も別の湯のみを取りお茶を一口飲む。そのわずかな間に、私に報告すべきことを選んでいたようで、早速話し始めた。
「まず乳母やに声を掛け、次に俺。そしてベルゼブモン先輩、ロップモン先輩や十二神将の皆さん方、四聖獣……」
 指折り数えながらメタルマメモンの口から出る名前の数々に、私は蒼白した。
「な――なんですって……!」
 メタルマメモンは頷く。
「短時間のうちにねずみ算の勢いで味方を大勢作る。それも最終的にはファンロンモンまで引き入れてしまったことで、セラフィモンどころかその黒幕だった他の七大魔王の動きまで封じてしまったんです。彼らの目的は義姉上に恥をかかせる程度のことで、デジタルワールドでの大戦争ではありませんから。――後で誉めてあげたらどうです?」
「誉めるですって! そ……それはそうかもしれないけれど!」
「誉めてやれよ、ちょっとぐらい。手形なんてこさえてかわいそーだろ?」
 ベルゼブモンからも言われ、
「それは私のせいじゃないわ! アイツが悪いのよっ!」
 私は赤面して言った。
「手形?」
 メタルマメモンは首を傾げる。
「こっちだっけ? この辺りに……」
 ベルゼブモンは自分の右頬近くでくるくると指を回し、
「『何でデジモンの姿のままなんだ?』って訊ねたら、そんなこと言うじゃねぇか。ひでーよな? なあ、そう思うだろ?」
 と面白おかしくメタルマメモンに伝える。
「えええ? じゃあ、平手打ち?」
 驚くメタルマメモンの背後で、和菓子を持ってきた乳母が大きな溜息をついた。
「おひい様、それはあんまりです! どんなにメタルファントモン様が頑張っていたのか知らなさ過ぎです! どうぞ認めてあげて下さいませ!」
 私は居たたまれなくなった。立ち上がると
「解ったわよっ」
 と頬を膨らませた。離れに作られているというメタルファントモンの住まいに行くしかなかった。



 行ってみると、乳母が作ったその場所は、小ぢんまりとして落ち着いた和風の家屋になっていた。
「メタルファントモン?」
 声を掛けたけれど、出てくる気配は無い。
「どうせもう眠っているんでしょ?」
 そう思って引き返そうとしたけれど、ふと、庭先から様子を見ることも出来ると思いついた。
 庭先へ行くと、小さいながらも手入れされた(作ったばかりだから当然だけれど)小さな庭園を通る。
「?」
 庭に面した部屋のうち一番奥の間に、メタルファントモンは転がっていた。畳の上にうつ伏せに。
「ちょ――ちょっと、アンタ!?」
 急いで庭から飛び込むように中に入ると、メタルファントモンを抱え起こした。
「あら……?」
 眠っていた。
「もうっ! 心配させて! 眠るのなら布団ぐらい敷きなさいっ」
 そう言いながら自分の額に手を当てる。ああ、焦ったこと……!
「……?」
 彼が起きかけたので、私はフンッとそっぽを向いた。
「その姿で眠るのも大変そうね!」
 デジモンの姿のままだったことを指摘すると、
「ああ……」
 と呟き、メタルファントモンは突然、人間の姿になった。
「すまない……」
 すぐ目の前にある顔、深い黒の瞳に驚いて私は後退る。
「ちょっと! 急に姿変えないでっ」
「……? あ〜、驚かせてすみ……ま……」
 言いかけてそのまま、どさりと倒れ込む。反動で押し倒された。
「――きゃあああっ!」
 必死に押し退けてメタルファントモンの体の下から這い出すと、
「ふざけるのも大概になさいっ!」
 と怒鳴って頭を左拳で一発殴った。それでもよほど疲れているのか、起きる気配も無かった。
「……」
 私はじっとその姿を見つめる。彼の頬には、もう手形とは判らないけれど薄く赤いところがある。
 ――ずっと……私のために夜中ずっと飛び回って……。
 十二神将まではともかく、四聖獣やファンロンモンを説得するなんて――時間が無い中、よほど大変だったに違いない。
 ――バカ。大嫌い……。
 そう思っても、昨夜、私から本音を聞きだすために、彼が畳み掛けるように言ったひどい言葉の数々は忘れようと思った。
 ――じゃあ、あの言葉は? 『可愛い』とか、『恋』とか、『焦がれる』とかっ! ……あの言葉達は?
 それを思い出して私は泣きそうになった。
 ――本気なわけない。どうせあの場限りの言葉でしょう? ――これ以上考えてはだめ。感情を暴走させてしまう――。
 この気持ちをどうしていいのか解らず、私は、目の前にいる男の顔にそっと触れた。男は目を覚ます気配も無く、深い眠りについていた。



 その日の夕方。
 メタルファントモンは眠ったきり起きて来なかったので、私は一人で夕食を頂いた。
 乳母は夕食の膳を片付け、食後のデザートにと豆かんを用意してくれた。
「あら? 梅園の豆かん!」
「おひい様」
 好物を出され、私は嬉しくて声を弾ませながら
「何かしら?」
 と答えた。さっそく豆かんを口に運ぶ。と、
「……」
 乳母の返事が無い。
「?」
 そちらを見ると、乳母はじっとりと私に視線を向けていた。
「おひい様」
「……?」
 嫌な予感がしたけれど、的中した。
「殿方の寝込みを襲うなんて、いつからそんなことをするようになったのです!」
「――!?」
 豆かんを喉に詰まらせそうになった私は激しくむせ込んだ。
「乳母やっ! そんな酷いっ! 私がそんなことをすると思う?」
「どなたが酷いんです?」
 乳母はこめかみを押えつつ、私に厳しい視線を向ける。
「いったい何をされたというんです! メタルファントモン様の御様子を見に行きましたが、あの症状はおひい様の毒の中毒症状ではありませんか!」
 私は顔を赤面させ、
「……ど、毒は……中和の処置は施しましたもの……」
 ぼそぼそと言い訳をした。
「どうして中毒症状が起きるというんです! 通常ならありえません!」
 ぴしゃりと言われた。
「……」
「さあ、はっきりおっしゃって下さい!」
「……あの、乳母や?」
 私はちょっと抗議する気になったので言った。
「どうして私が疑われて、メタルファントモンは疑われないの? たまたま起きていて、とか、そういう考えは浮かばないの?」
 そう訊ねると乳母は悔しそうに顔を歪ませた。どういう経緯でそういう表情になってしまうのか解らず、私は慌てた。
「乳母や? どうしたの?」
 乳母は声を搾り出すように言った。
「私はお願い申し上げたのです。メタルファントモン様が私のところに現れた時に。『うちのおひい様をこれからもよろしくお願いします』と」
「やだやだっ! 何でそんなことを言うのよっ! 勝手にそんなこと頼まないでっ!」
 乳母の肩は震えていた。
「ですがメタルファントモン様は、『真に遺憾ながら御断り申し上げる』と……」
「『御断り』っ!?」
 私は目を見開いた。
「な……なんで? ああ――平手打ちなんてしたから? でも……子供の姿だったのよ? 痛くもないはずよっ」
 私は膝の上に置いていた右手――『黄金の魔爪』を見つめた。
「『遺憾』で『御断り』? ――ああそう! 私のような……変な肩書きのある面倒臭い究極体は嫌ってこと? ひどいわ、そんな……慇懃無礼な言い方しなくてもいいじゃないっ!」
 そう自嘲気味に呟くと、乳母は激しく首を横に振った。
「いいえ、そうではございません。おっしゃったのです、『ファントモンなら資格はあるだろうが俺は相応しくない』と……」
「『相応しくない』? どういう意味?」
「おっしゃいませんでした。けれど、あの……」
「何か他にも言っていたの?」
「いいえ、ですが……どうかそのことをメタルファントモン様に問い詰めたりしないで下さいませ。どうか御容赦を……」
「どうして?」
「ずいぶん辛そうな、思いつめた顔をされていましたから……」
「え……?」
 私はあの男の顔を思い浮かべた。今までそんな顔を見たことはない。そんな顔、私には一度だって見せたことないのに……。



 夜中。
 私はそっと、離れに足を運んだ。
 昼間と同じように、私が敷いた布団の中でメタルファントモンは眠っていた。
 薄暗い部屋に入って枕元に座り、顔を覗き込む。良く眠っている。
「……」
 昼間、私はこの男の顔を仰向け、その唇に自分のそれを重ねた。私のキスは毒を含んでしまうから、それで中毒症状を起こした。……それだけだったけれど、寝入っている男に口付けを求めたと乳母に知られたくなかったので、どうしても言えなかった。
 ――『相応しくない』? どうして――?
 そう言われてしまうなんて思わなかった。面と向かって言われていないだけ、ダメージは少ない。もしも直接言われたら……それこそ心を暴走させて大変な事態を引き起こしてしまう。
 ファントモンのことが好き。それは、可愛がりたいという気持ちが強い。かまってあげたい、甘やかしてあげたいという、母性本能に従うようなそんな感情。
 けれど、メタルファントモンに対して……もっと別の特別な感情を抱いていることに気付いてしまった。
 ――大嫌い。やっぱり、大嫌い。こんなに私を苦しめるなんて……。
 私はそっと瞼を閉じた。庭から虫の音が聞こえていた。
 明日か、もしくは明後日になれば、中毒症状も治まってこれまでのように私に話しかけてくれるはず。その時、ちゃんと今までどおりこの男の顔を見て話すことが出来るのかは自信が無い。
「――――」
 部屋に戻ろうと思い、立ち上がりかけた時だった。


「何をしに来た?」


 からかうような声に驚いて瞼を開く。
 メタルファントモンがこちらを見ている。
「起きたの?」
 もう、中毒症状は治まっているみたいだった。
 座りなおしたけれど居心地が悪くて、私は顔を背けた。
 メタルファントモンは上半身だけを起こす。
「何をするつもりだ?」
「?」
「さっきの続きか? 毒漬けにして俺を殺すつもりなら俺はかまわないが、ファントモンまで死ぬことになるから勘弁して欲しいのだが」
「起きていたの?」
「ああ」
「そんな……」
「せっかくの御主人様からの好意ならありがたくもらっておこうと思ったが――油断した。毒入りとは……」
「違うのっ、それは……」
「何が違う? 侮辱され、俺を許せないのだろう? 高いプライドだな」
「違うったら……ごめんなさい。違うの……どうしていいのか解らなくて……その……」
 彼に視線を向けても、羞恥で俯いてしまう。一度意識してしまうと、まともに顔を見ることが出来ない。
「……」
 メタルファントモンは私を見つめる。その視線が辛い。無言の時が苦しい。
「――おやすみなさいっ」
 耐えられなくて立ち上がろうとした。けれど、
「きゃ……っ」
 手首を掴まれ、強く引かれた。私は布団の上に転がった。
「――何をするの!?」
 両手首を簡単に片手で押さえ込まれた。
「やだ、放しなさいっ」
 顎を押さえつけられて上向かせられる。すぐ目の前にメタルファントモンの顔があり、心臓が跳ね上がる。
「ふーん、そうか? ただ単にしたいと思ったわけだ?」
 言われて、羞恥で顔が火照る。
「この俺と? ――どういう気まぐれなのか?」
「……気まぐれなんかじゃないわ」
「じゃあ、何だ?」
 そう問いかけられて、とっさに返事を返せない。
 すると、
「そうか、俺を好きになったのか?」
 と笑いかけられた。
「――!?」
 ドキリと、私の心臓が跳ね上がる。
「違うのか?」
 乳母に言われた言葉を思い出す。
 ――『御断り』……。
 直接言われたわけじゃない。何か理由があるに違いない。
 ――好きだと言ったら、鼻で笑ったりあしらわれたりしてしまうかもしれない……。
 そうされるかもしれないと思うと、言えない……。
「貴方なんか、好きにならないわ。……大嫌い……」
 私はそう呟いた。心が痛い……辛い……。
 メタルファントモンは私の顎を軽く押えていた手を放した。
「そう思うのなら、――今だけの相手と選んだのか?」
「……ええ、そうよ」
 私は頷いた。一瞬、迷ったけれど……そうしてしまえばメタルファントモンの気持ちも、もしかしたら変わるかもしれないと思えた。
 メタルファントモンは
「そうか」
 と呟くと、私の上に覆い被さる。
「――――!」
 私は体を硬直させた。甘い気持ちに心が疼く。耳元に感じる吐息が心地良い。
 けれど彼は、
「今後一切、余計な詮索はするな」
 と言った。
「……?」
「それが条件だ」
「条件……?」
「俺の事はあまり探らないで欲しい。約束出来るのなら、――羽のケガが治ったら相手をしよう」
 ――どういうこと? 知られて困るようなことがあるの?
「約束するわ。それぐらい……」
 私が言うと、
「そうか……」
 なぜかホッとしたような顔をする。その顔を見てとても、胸が痛いような切ないような気持ちになった。
「もう遅いから部屋に戻った方がいい」
 体を起こされて、私は布団の上に起き上がる。足を崩して座ったまま、メタルファントモンを見つめる。
「どうした?」
 見つめ返されて心が疼く。好きだと言ってしまえたらいいのに……。
「おやすみなさい」
 私はそう言い、立ち上がる。
「おやすみ」
 私は障子を閉めた。背中越しに聞いたその声を、心の中で何度も思い出しながら自分の部屋に戻った。
 戻って布団の上に座り込む。甘い感情に押し流されてしまいそう。
 ――あまり、優しくしないで……。
 間近に感じていた吐息がまだ聞こえるようで、背中がぞくりと震えた。
 さっき起き上がった時、気付いた。私を引き倒したり覆い被さったりしても、羽の傷が痛まないように気遣ってくれていたことを……。
 ――どうしてあんなに優しいの……。
 閉じた障子越しに声を掛けられた。
「おひい様」
 乳母の声に、
「こちらへ来てもかまわないわ」
 と応える。
「おひい様……」
 遠慮がちに乳母はわずかに障子を開けて、私の様子を窺う。
「何もしてはくれなかったわ」
 そう言い微笑むと、乳母は辛そうな顔をした。
「お気が変わることも考えられますから……」
 部屋に入ってきて枕元に座った乳母に、私は笑いかける。
「私、ファントモンのことが好きだと思ったけれど、子供に対してそう思うのと同じ気持ちだったみたい」
「さようでございますか」
「ええ。――どうやら、保護者の方が好きみたい」
「保護者? そうかもしれませんね」
 乳母はそう言い、小声で笑う。
「弟君――ファントモン様の話をされる時は、まるで父親のような顔をされます」
「そうね、子持ちの男を好きになってしまったら、きっとこんな感じね」
 乳母は微笑む。
「何か理由があるようですが、メタルファントモン様はおひい様のことを大切に思っていらっしゃいますよ」
「そう? どうして?」
「どうでもいいと思うのなら、『御断り』とは言わないのではと思えてきました。おひい様は御美しいのですから」
「そう? 自信は無いわ……。でも、羽のケガのことをとても気遣ってくれるの」
「それはようございましたね」
「ええ。嬉しいわ。――こんな気持ちになったの、初めてよ」
 乳母は頷き、もう眠るようにと私を促す。
 布団に入り、私は目を閉じた。
 しばらくして、乳母が部屋を出たようで、障子が開き、閉まる音が微かに聞こえた。
 目を閉じても、なかなか眠れない。先ほどまであんなに近くにいたのに、とても遠いところにいる彼の事を考えると眠れなかった。

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