[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
狡猾な男 4 Side:LILITHMON
 夜中になったらメタルファントモンが現れるかもしれないと待ってみたけれど、彼は来なかった。
 ――そう都合良く現れることが出来ないのかもしれない。
 けれど夜が明けて目覚めると、その気配に気付いた。
 ――メタルファントモン……!
 前もそうしていたように、人間の姿で窓の下に座り込んでいた。
「メタルファントモン」
 そう呼びかけると
「ふぁい……?」
 と声を返された。はい、という返事と欠伸が混じったみたい。
「どうしたの? 眠そうね?」
「ああ……」
 彼は膝を抱えたまま眠っていたようで、
「まだ起きる時間ではないのだろう? おやすみ……」
 と、むにゃむにゃと言いながら眠りに戻って行く。
「ちょっと待ちなさい!」
 私はベッドから抜け出すと降りる。子供の姿にはベッドは少し高過ぎて不便。それをもどかしく思いながらも急いで彼に歩み寄る。
「ねえ、いつ頃ここに来たの?」
 訊ねても「むにゃむにゃ」としか返事が来ない。
「ねえ、お願い! 目を覚まして……! お願い、お願いったら!」
 彼は顔をわずかに上げて、上目遣いに私を見上げる。
「御主人様はデジモン使いが荒い……」
「何を言っているの! 貴方が私の役に立っているっていうの? 私がこんなに困っているって言うのに……」
 メタルファントモンは――ニヤリと笑う。
「そう? 困っているのか? ――今は好きでもない男に体を弄ばれることを自ら選ぶのに? 俺に身の危険を相談しなかったくせに?」
 驚いて私は後退る。
「どうしてそれを知っているの――?」
 メタルファントモンは私の手を――しかも右手の『黄金の魔爪』を素早く掴む。もちろん、爪先には触れずに。
「あっ、放しなさいっ!」
 振りほどこうとしても出来ない強い力。今、私は子供の姿なのだから当然だ。
「あの男と昔何があったのかは知らないが、ああいう男が好みなのか?」
「御黙りなさい! 放しなさいったら!」
「それとも、己を可愛がってくれる男なら誰でもいいのか?」
 羞恥心に全身が震えた。
「うるさいっ――!」
 それでもメタルファントモンは言い続ける。
「美麗な容貌、妖艶な声色、艶かしい肢体――それらを武器に男を操るのか? 力が回復していないとはいえ、たいそうな呼び名で呼ばれるわりには戦い方がアレだな」
「私が戦いを選ぶことは許されないわっ!」
「ああ、そうすればデジタルワールドはダメージを受けるだろうな。そうしたくないからって?
 ――だからって、そういう手段を選ぶのか? 『おひい様』が聞いて呆れる。――ああ、世間知らずってことか? だからそうなるのか?」
「うるさいっ!」
「――なあ、御主人様……ファントモンが知ったらどう思うだろうと考えないのか?」
「……放して……っ、放しなさい……やめて……っ」
 泣きそうになる。平気だと思っていた。それなのに――この男に知られてしまっていることが、なぜか気が狂いそうなほど恥ずかしいっ! ああ、いっそのこと気が狂ってしまえたらどんなに楽か……!
 私が顔を歪めると、とたんに手を放し、
「女の涙は武器になるが、そう簡単に使うのは良くない。効果が薄れる」
 と言う。冷め切った声が私の心を鋭く裂き、えぐるよう……。
「うるさい、うるさいっ! 御黙りなさいったら!」
 自由になった手を引き戻し、私は抱える。
「何も知らないのに! 私がどんなに……」
 全身が震えて座り込んだ。
「私が……どんなに……」
 惨めだ。自分がどうしようもなく惨めに思えた。
 寂しかった。ずっと……この『黄金の魔爪』、『七大魔王』と呼ばれる力、『究極体』だということ……。
 私を好きになってくれても名前を知られてしまえば、皆、逃げてしまう。
 『七大魔王』だと知っていても私を愛してくれたのは、裏切ったあの男だけ! ――ううん……結局は私の力を利用しようとしただけだったから、それも本当の愛ではなかった……。
 メタルファントモンは、座り込んだままの私を見つめている。その視線から私は必死に抗う。
「何よっ! 言いたいことがあるのならはっきり言えばいいわ!」
 メタルファントモンは口の端を上げて笑う。嫌味な笑い方だった。
「言えば『うるさい』と怒鳴り、黙っていれば『はっきり言え』と? 本当にわがままな御主人様だな……」
 その言い方に堪忍袋の緒が切れた!
「あーもうっ! 聞いてあげてもよろしくってよ! さあ、おっしゃいなさい!」
 そう私が言うと、
「そうか?」
 メタルファントモンは言った。
「それなら遠慮無く言おう」
「――!?」
 彼は微笑んでいた。
「な……なによっ!」
 私が思わず怯んでしまうほど。今までと違う――温かい眼差しに私は動揺した。
「ええ、どうぞ。おっしゃいなさいったら……!」
 そう、精一杯の気力で言った。それ以上の言葉が、喉の奥に張り付いてしまったように出てこない。
 ――何よっ! 何なの、この男っ!?
 何を言われるのかと、私は身構える。どうせ、これ以上のひどい言葉を言われるに決まっている。どんな言葉を言われたって、取り乱すものかっ!
 全身全霊を込めて睨みつけていると、彼は言った。


「可愛い女だな」
 ――は?
「貴女の下僕は恋焦がれています、と。――ほら、開いた口も塞がらないだろう?」
 ――はああっ?
 予想しなかった言葉に、頭の中が真っ白になった。


 部屋に乾いた音が鳴り響いた。
 その音で、我に返った。
 ――私……!?
 私は夢中で、左手でメタルファントモンの顔を平手打ちにしていた。とっさに『黄金の魔爪』を使わなかっただけ、ましだ。
 この姿の私だから、それほど痛かったとは思えない。けれども
「痛いな……」
 メタルファントモンはそう言った。その瞳が一瞬、寂しそうに見えたのでドキリとした。
 そのままふにゃりと視界が揺れた。違う……メタルファントモンの姿が揺れた……!
「やだ、違うのっ! 待って……! お願いっ!」
 私の声は空しく空振る。ほどなくして、その姿はファントモンの姿になった。
「むにゃ……」
 寝言を言い、すぐにファントモンは寝息を立て始める。
 ――ああ……。
 私は痛む左手を見つめた。
 ――メタルファントモンがいけないのよ! あんなこと、突然言い出して……!
 後悔で頭の中がいっぱいになった。
 ――私ったら、殴ることないじゃない! メタルファントモンは私のことを心配してくれたんだから。愚かなことをしようとしている私を止めようとしてくれたのだから……。
 もう、ダメだ。これで私は――頼る手段を自ら無くしてしまった――――。



「明け方におひい様のところに来ていたみたいですけれど……」
「……」
 朝になって私の病室に来た乳母は、窓際に座り込んで眠るファントモンと、それを見つめて立ち尽くしていた私を見つけた。
「眠れないって来たみたいなの。私も乳母やが来てくれるちょっと前に気付いたのよ」
 そう言う私の言葉を乳母は信じ
「無理もないでしょうね……」
 と心配そうにファントモンのことを思い遣る。
 やがて刻限が迫り、私達は支度を整えてファンロンモンの元へ向かった。
 私とファントモン。付き添いの乳母と、駆けつけてくれたメタルマメモンとタネモン。
 病院の特別室専用棟を出て、ファンロンモンの館を目指す。外の空気は久しぶりなのに、当然ながら嬉しく思えなかった。
 ずっと、大勢のデジモン達が遠巻きに私達を見守っていた。まるで重要犯罪人を見守るように――。
 こっそりと私を指差す者もいた。私が子供の姿をしていることを珍しがっている。本来の姿の時と同じように髪を結い化粧をしたので、ファントモンがそう思っているように「縮んだ」と勘違いされているかもしれない。けれど――大勢を前に化粧もしないなんて耐えられないと思ったからなので、我慢するしかない。
 ファンロンモンの住む館に着き、中に案内された。
 向かう途中、
「リリスモンッ!」
 大きな翼を羽ばたかせたベルゼブモンがフルスピードで飛んで来た。
「先輩?」
 メタルマメモンが驚いて呟く。
「来てくれていたなんて……」
 それに返事もしないで、
「止まれっ! 行くな!」
 血相を変えているベルゼブモンに、私は頷く。
「いるんでしょう? あの男?」
「知っていたのかよっ!」
 ベルゼブモンは驚いている。乳母やメタルマメモンも
「おひい様!」
「義姉上!?」
 と驚く。
 私は皆を見つめる。
「大丈夫よ。安心して」
「何がっ!?」
 ベルゼブモンはダンッと荒い音を立てて降り立つと、
「オマエ、平気なのかよっ!」
 と怒鳴る。
 乳母も
「おひい様! まさか昨日、おひい様は……!」
 と声を震わせる。
「義姉上! あのデジモンに会っていたんですか?」
 とメタルマメモンは私に訊ねる。腕の中のタネモンは不安そうに鳴き声を上げる。
「タネモンも心配してくれてありがとう。……大丈夫よ。いつか話したでしょう? 昔お付き合いしていたデジモンがね、今、来ているらしいわ」
 そう言うと、タネモンは可愛らしい目を見開いた。
「いいえ、心配はいらないの。大丈夫だから……」
 くいっと、左手を引かれた。そちらを見ると、ファントモンがいた。じっと私を見つめる。
「ファントモン?」
 ファントモンにも優しく声をかける。
「大丈夫。アナタが心配することなんか何も無いわ」
 そう言った時だった。


「嘘つきっ――――!!」


 ファントモンは突然、ありったけの声で怒鳴り、私達の前から消えた――。
「え!?」
「――高速移動!?」
「そんなこと出来たの!?」
「どこに行かれたんです!」
「ピゥ……!」
 私達は、今から行こうとしていた場所へ目を向けた。
「まさか…………!」
 私はファントモンを追いかけた。
「待ちなさい!」
 ――お願い、待って――――!
 不安でたまらなかった。あのコが何をしてしまうのか……恐ろしくて考えたくない。
 ――知られてしまっていた……! 私が何をしようとしていたのか、を……。
 あのコがどう思ったのか……私に対してどう思っているのか……。
 悔しい。苦しい。辛い……どうしようもなく、辛い……。
 夢中で駆け込んだその場所で、ファントモンの怒鳴り声が響いていた。


「これ、もういらないからっ!」


 見れば……ファントモンはその広間の、ファンロンモンの目の前にいた。
 ファンロンモンが他のデジモンとの謁見に使うその間は広い。今は四聖獣や十二神将も集まり、そして……。
 私はごくりと唾を飲み込んだ。『あの男』が――仲間である三大天使と共に居た。
 あの男は顔を真っ赤にしていた。
「いや、君……落ち着いて……」
 ファントモンが怒鳴る。
「オレは今、ファンロンモンと話をしているんだっ! アンタは関係無いっ!」
「な、なんだと……!」
 その言葉にファンロンモンは頷く。
「その通り。――セラフィモン、このコが先客だ」
 ファンロンモンに促され、あの男――セラフィモンはさらに顔を真っ赤にした。
「とにかく、これ、もういらないから!」
 ファントモンは『これ』を指差す。それは――あのコの愛用の武器、黄金の鎌だった。キラキラと輝く鎖鎌はファントモンの目の前に――床にズガッと突き立てられている。
 ――こ、この場の床を……! 
 私は愕然とした。ファンロンモンほど力のあるデジモンが居ても、ここの床は傷一つつかないはず! それなのに突き立てることが出来るとは。
 ――ファンロンモンが気にかけるほどの『力』――。
 ファントモンがどれほどの力を秘めていたのか、ようやく解ってきた。メタルマメモンのことにも、時には甘やかし過ぎかと思うほど、気にかけてもらっていたことも、同時に思い出した。
 ――たかだかデジタマのことでも十二神将に任せていたのは、こういうことが起きる恐れがあると解っていたからなのね。あの時のデジタマが全てファンロンモン達に対する反乱分子として育ったら、それこそデジタルワールドの未来は無くなってしまっていたかもしれない……。
 ファンロンモンの館の床に傷を付けてしまったことにも驚いたけれど、「もういらないから!」にも、もちろん驚いている。
 ――もういらない!? 馬鹿なことを……! 重要な事なのに軽々しく発言するなんて……。
 後悔しても仕方ないことだとは思っても、メタルファントモンを殴ったことを悔やんだ。もはや、誰もファントモンを止められない!
 ――お願い! もうこれ以上何も言わないで――!
 私の必死の願いは届くわけはない。
「ファントモンよ――」
 ファンロンモンは朗々とした声を轟かす。
「戦う力を取り上げられることを、素直に受け入れるというのだな? ――この決定に異議は無いか?」
 ファントモンはきっぱりと、
「ないっ!」
 と言い放つ。周囲に集まっていたデジモン達からどよめきが起きる。
「何か質問したいことは無いか? あれば答えよう」
 ファンロンモンからそう言われ、ファントモンは
「それなら、ある!」
 と、右手を上げた。ローブが揺れる。
「言うがいい」
 促されてファントモンは叫んだ。


「オレと御主人様が――リリスモンが結婚するとしたら? それっていいのか? 悪いのか? 何か都合とか悪いのか――?」


 その場は静まり返った。
 私は一瞬、顔どころか全身の血の気が失せた。そして、一気に現実に引き戻された。
 ――デジタルワールドの主だった面々が揃っているのに、何を言い出すの、このコは――――っっっ!!
 ファンロンモンは笑い出した。爆音のような笑い声を轟かせ、そして面白そうに訊ねる。
「ほう? リリスモンが好きか? 知らなかったの……!」
 と、ファントモンと、その遥か後ろで硬直している私を代わる代わる見比べる。


 けれどファントモンは、
「御主人様なんか、大嘘つきだっ! だーいっきらいだ――――――――――っ!」
 と怒鳴った。


 ――だ……だい……き…ら…………! そ……そ……そんなぁっ!
 私は卒倒しそうになった。
 ファンロンモンはさらに面白そうに訊ねた。
「そこまで嫌いなら、どうしてそんなことを言う?」
 ファントモンは言った。
「オレの力を取り上げられないために、そこにいる『すっとこどっこい』の言いなりになろうとしているんだ! そんな嘘つきな御主人様なんかオレ、だいっきらいだっっっ!」
 ファントモンは振り向いた。まだ遠くにいる私を真っ直ぐに見つめる。
「ねえ、オレがもしも『無性別』から『男』になったら、もしかしたら結婚したいぐらい好きになるかもしれないよ? オレ、今はそこまで好きじゃないんだけれど、でも、もしもそうなった時に――」
 そう言われて、ようやく私は気付いた。
 ――ファントモンは、あの男――セラフィモンが私の病室に来た時、見ていたのね……。
 ファントモンがいたのは隣の病室。セラフィモンは入り口に立ち、ドアも閉めなかった。聞かれていた可能性を考えなかったのは、私に落ち度がある。
 ――私があんなことを言われていると知って、だからあの時――乳母が帰ってきた時にすすり泣いていたの? それをメタルファントモンは知っていても言わずに、まず私の心を先に確かめようとしたのね……。
 私は静かに瞼を閉じた。
 ――そう……こうしてしまえば良かったのね……。
 そして瞼を見開き、周囲から注がれる好奇や侮蔑の視線に耐える。
 ――大丈夫。私は強い。私は『七大魔王』の一人、リリスモン。『黄金の魔爪』を持つ者なのだから――。
 セラフィモン達の前を通る。そちらを見なくても、あの男の妻になったオファニモンが怒り心頭だと解る。
 ――お気の毒様ね、セラフィモン。
 そう心の中で呟き、あの男を名前で呼んでいることに気付く。好きだった頃は『あの御方』と慕っていた。別れてからもそれは変わらなかったけれど、ようやく今、昔の恋から卒業出来たみたい。
 私はファントモンの前に降り立った。
 ――ファントモンを……このデジモンを私は愛しているわ。こんなに強い輝きを放つデジコア、見たことない……。
 もちろん、それだけが理由ではないけれど。
 同時に、ファントモンの半身であるメタルファントモンのことを思った。
 ――メタルファントモンは狡猾だこと……嫌いよ、あんな男。大嫌いだわ……。あんな男に頼らなくても、私は……。
 周囲からどよめきが起きる。
 瞬時のうちに私は、子供の姿から本来の姿へ――『暗黒の女神』と恐れられる姿へ戻った。羽の傷はまだ癒えていない。無残なそれを他のデジモン達の面前に晒すことは、私にとってこれ以上ないほど辛い。けれどそれはプライドの高さゆえのこと。今だけは、プライドはかなぐり捨てよう……。
「ごしゅじ…んさ……」
 ファントモンはどうして私が本来の姿に戻れたのかと、呆然として私を見上げる。
「ファントモン……」
 私は身を屈める。両方の手首を合わせるように揃えて、ファントモンの目の前に差し出した。
「私を『捕え』なさい」
 ファントモンは目を見開く。
「御主人様っ!?」
「私は今、『ファンロンモンの意に背いた者』になったのよ」
 ファントモンはようやく、自分がしてしまったことに気付いた。
「そんな……!」
 ファントモンは全身を震わせた。
「いやだっ! 御主人様は悪くないのにっ!」
 あの男――セラフィモンは『三大天使』。何事も揉み消すことが出来てしまう。この場で捕えられるのは私一人になってしまうことを、ファントモンは解るはずもない。
 私は微笑みかける。
「アナタのその首に掛けられているネックレスでいいわ。それはアナタの命令に従う鎖でしょう?」
 ファントモンは首を激しく横に振った。
「いやだぁっ!」
 私は優しく促す。
「この場で明らかになってしまった以上、こうするより仕方ないわ。さあ――どうせ捕えられるのなら、他の誰でもなくアナタにしてもらいたいの。お願い……」
「やだよぉっ」
「ほら、早くなさい。十二神将達がどうしていいのか困っているわ」
「やだよ……どうして……!」
 ファントモンは泣き出した。静まり返った広間に、シクシクと泣く声は意外にも良く聞こえてしまう。
「ファントモン。ね? これ以上、私に恥をかかせないで」
 そう強く促すと、ファントモンは泣きながらネックレスを引き千切るように外した。
「『けっして……けっして傷つけるなぁ』!」
 と怒鳴る。ファントモンの手から離れた鎖は優しく、合わせていた私の両手首にからみついた。
 ――これでいい。
 肩の荷が下りたように心が軽くなった。どのような裁きを受けるのかは解らないけれど、きっと耐えられる。ファントモンの気持ちを絶対に無駄にしたくない。
「ファントモン。ありがとう。……偉かったわね」
 そう微笑みかけたとたん、ファントモンの姿が変わった。銀色の光の粉が舞う。
 ――嘘でしょうっ! どうして貴方が出て来るのぉっ!
 メタルファントモンは幾度か私の前に現れた時のような人間の姿では無く、本来のデジモンの姿で現れた。
 周囲にどよめきが起きたが、それはファントモンの時の比ではない。メタルファントモンが素早く片腕に私を抱いたから――!
 ――やだっ、何をするのっ!?
 強く抱き寄せられて驚き、そう言いかけて――それが出来ない。
 ――声が!?
 声も出ないほど驚いてしまっていた。それに、膝が震えている……!
 ――まさか……!
 私が緊張のあまり座り込みそうになったから、それを上手くごまかすためにそうしてくれたのだと気付いた。
 ――こ……この私がぁ!? なんで!? なんて無様な……っ!
 緊張だけじゃなく、本来の姿に突然戻ったために、体に負担が掛かり過ぎたせいかもしれない。
 混乱する私に、そっと声が聞こえる。
(動くな。目を閉じろ。何も聞くな)
 と。
 ――この場はまかせろ、とでも言うの? どうするつもりなの?
 どうしてそんなことを言うのかと戸惑っていると、
「非礼を承知で申し上げる。我が主はまだ長く起きていられる状態では無い。――失礼」
 そう言い、メタルファントモンは私の膝裏に腕を入れ――抱き上げたっ!
 ――キャアアアッ!?
 声が出ないのは不幸中の幸いだった。羞恥のため、言われなくても瞼をぎゅっと閉じた。
 目を閉じたので何も見えない中、ファンロンモンがメタルファントモンを促す声が聞こえた。
「メタルファントモンよ。大儀であった。――お主の言う通りだったの!」
 広間が静まり返る。
 ――ファンロンモンに会ったことがあるような言い方をされているけれど? いつの間に?
 メタルファントモンの
「まだ証拠は他にもある」
 という声が聞こえる。凛と響いたその声に、広間がさらに静まり返る。
 やがて、会話が聞こえてきた。


『この部屋に入らないで……私に何か御用かしら?』
『気の強さは相変わらずだね。この花をぜひ君に渡したいと思うけれど、どうしたらいいかな?』


 ――これは私の声!? あの時の会話っ!
 驚いて瞼を見開くと、私達のすぐ目の前にメロンぐらいの大きさの不思議なものが浮かんでいる。いくつもの針を持つ、鉱物の結晶のようなものだった。
(あの時の会話のデータ? これはファントモンの記憶データのコピーなの!?)
(『目を閉じて、何も聞くな』)
 再び囁かれて気付き、そして――覚悟を決めた。
 あの時の会話がどういうものだったのか、私が一番良く知っている。とても惨めで――これ以上聞いていられないから……。

[*前へ][次へ#]

4/71ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!