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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
狡猾な男 1 Side:LILITHMON
(第3部番外編スタート!まずはリリスモンの話です。少し大人向けな内容です)


 誰かが抱きしめてくれる。
 私を優しく抱く腕。温かいその場所が心地良い。
 ――誰?
 七大魔王と呼ばれ、究極体だからと言われ……私がどんなに周囲から恐れられているのか知らないの?
 私がどういう存在か知ってしまったら、貴方は――私を抱きしめてくれないの?


   ◇


 目を覚ましてすぐに、夢を見ていたのだと知った。
 開きかけた瞼を閉じて、見ていた夢を思い出そうとするけれど、記憶にはわずかしか残っていなかった。
 ただ、どうしようもなく心が震える。切なくなっている己の心が理解出来ない。あの夢の中にずっと居たかったのだと認めたくない。認めてしまえば……泣いてしまう。
 ――感情を暴走させることは許されないことだわ……。
 仕方なく私は瞼を開けた。
 白いシーツに白いカバーのかかった布団。
 クリーム色の壁紙の天井。穏やかな光に包まれた、清潔な空間。消毒薬の匂いがほんの少しだけ匂う。換気が充分に行われているから空気によどみも無い。
 どこかの病院の特別室らしいことは想像出来た。


「おひい様(御姫様)。御気分はいかがですか?」


 優しい声が私の耳に届いた。
 そちらへ目を向けると、優しい顔の老婦人――昔から乳母として私の世話をしているデジモンが立っていた。人間の姿で立っているけれどそれも仕方のないこと。本来の姿なら、この部屋には体が大き過ぎて入りきらないもの。
「乳母や……」
 私の右手側に立っていた乳母を懐かしく思いながら見つめてそう呼びかけると、
「おひい様……」
 彼女はとたんに涙ぐんで、そっと私に掛けられている掛け布団を撫でる。
「私がお解りになるのですね? ああ良うございます。御無事で……本当に良うございます……」
 乳母は私を心配そうに見守る。
 私が自ら命を絶ち、そして復活するまでの長い間、この乳母は恐らくデジタマに戻っていたはず。どんなに失意しても、いつも私を信じてくれるのだから……。
「ありがとう、乳母や……」
 乳母は微笑み、そして視線を上げる。
「ほら! おひい様が目を覚ましましたよ。何かお声をお掛けしても良いでしょう。さあ……」
 そう呼びかけているということは、私の左手側に誰かが立っているということ?
 ――誰?
 そちらを見て、すぐに私は驚いて目を見開いた。
「メタルファントモンッ!」
 私は起き上がろうとしたけれど、全身に痛みが走って
「あぁ……うっ」
 呻き声を上げてしまった。
「おひい様!」
 乳母が緊急連絡用のブザーを鳴らす。それから即座に手を離すと、
「おひい様、どうか……御安静になさって下さいませ!」
 おろおろと私を宥める。
 私はメタルファントモンへ手を伸ばした。
「どうして……!」
 私の手はメタルファントモンのローブを掴めない。擦り抜けてしまう。何度試しても掴めない……ぼんやりとした姿でしかない!
 実体が薄れてしまっているということは、体を構成するデータに重大な損傷を来たしてしまっているということ……!
「どうして……メタルファントモン、答えなさいっ!」
 メタルファントモンは何も言わず、私を見下ろしている。
「どうしてアナタ、そんな状態なの? 答えなさい!」
 言いながら気付く。
「ああ、もうっ! アナタは話せないのよねっ? じれったいこと!」
 かんしゃくを起こしそうになりながら、私はメタルファントモンを見つめる。そのガイコツの顔からはどんな感情も窺うことは出来ない。
 部屋のドアが開き、閉じる音が聞こえた。小さいその音の後には、急ぎ足の靴音が聞こえてくる。
「目を覚ましましたか、リリスモン」
 そう呼びかけたのはウィザーモンだった。
「ウィザーモン!」
 メタルファントモンの隣に立った顔なじみのデジモンを、私は睨みつける。
「どういうことなの! 貴方がいながら、どうしてメタルファントモンの治療をしてくれないのっ!」
 鋭い私の言葉に、ウィザーモンは首を横に振る。
「出来なかったんですよ」
「どうして!」
「貴女の傍から離れないからです」
 そう言われ、私は絶句した。顔が朱に染まるのを感じたけれど、すぐに思い出した。
「……そうね、確かに言ったわ。『傍にいて』って」
 私がそのことを言うと、ウィザーモンは微笑む。
「そうだと思いましたよ。貴女が何かを言ったからだ、と。メタルファントモンはその言葉を忠実に守っていたんです。まるで『言霊』ですね」
 私は溜息をつきそうになる。けれどこらえてメタルファントモンを見上げ、
「馬鹿正直ね、アナタは! ――もう私は大丈夫だから、ウィザーモンのところで治療してもらいなさいっ」
 と言った。
 とたんにメタルファントモンの体が崩れ始めた。
「ああっ! 嘘でしょう? 消えるの? まさかっ!? メタルファントモンッ!」
 驚いて声を上げる。そちらへ手を伸ばすけれど心配は無用だった。
 崩れたデータがすぐに再生を開始した。銀の光が舞う。まるで銀粉を撒き散らすように、そしてそれを織り直すように――。
「これは……!」
 ウィザーモンが驚いている。乳母も、そして私も驚いた。これだけのデータ損傷ならば、当然デジタマになるはずなのにそうならない。異常な――でも幻想的な光景だった。
 ――綺麗……。
 このデジモンのデジコアの色も見える私には余計にその光景が美しく見えた。溜息をついてしまいそうなぐらい。――それにうっかり毒でも含まれてしまったら、傍にいるウィザーモンも乳母も大変危険な状態になってしまうので、溜息は我慢した。
 瞬く間にファントモンの姿に戻った。それでもデータ損傷していて、あの半身の消えた状態で現れた。そしてファントモンは、ふわりと床に落ちた……!
「ファントモン!?」
 声を上げる私をウィザーモンがなだめる。
「落ち着いて下さい。すぐに運びますから」
 ウィザーモンの指示ですぐに、移動用ベッドであるストレッチャーが運ばれてくる。ファントモンはそれに横たえられて運び出される。
 ――どういうことなの!?
 数人のデジモン達は医療スタッフであるけれど、特殊訓練を受けたデジモンだと一目で解った。
 ウィザーモンは彼らと一緒には行かず、この場に残った。
「どういうことなの? 彼らは……」
 説明を求める私に、ウィザーモンは静かに言った。
「ファントモンは今回の事件での処罰対象者ですから仕方ないことです」
「あのコはあんなにぼろぼろなのよ! 見て解るでしょう?」
「ええ、解ります。ですがファンロンモン達はファントモンの戦闘能力を高く評価しています。警戒するに価する、と。それに貴女が『指きり』をしてしまったことを知った以上、見過ごすわけにはいかないと判断したようです」
「そんな……!」
 私は愕然とした。
「まさか? 嘘でしょう?」
 ウィザーモンは静かに話を続ける。
「もしも心を穏やかに保てないようなら、これ以上の話は後日改めてしましょう」
 私は首を激しく横に振った。
「いいえ、今よ! 今、話しなさい! さあ、おっしゃいな!」
 ウィザーモンは
「私は貴女とケンカをするつもりはありません。そんな恐ろしいことをしようとするデジモンはいないでしょう。どうか落ち着いて下さい」
「ウィザーモン!」
 いらいらとウィザーモンを睨みつけた。


「ファンロンモン達は何らかの形で、ファントモンから戦う力を奪うつもりです」


 言われたその言葉は、
「そんな……」
 私が息を飲むのに充分だった。ウィザーモンとは反対側に立っている乳母も驚いている。
「我々デジモンが戦う力を奪われることは、死を告げられるよりも辛いことです。けれどそうするより方法はありません。
 貴女なら解るでしょう? あれだけの事件を起こす手助けをしてしまい、過去にデジモンだけでなく人間も殺してしまっている――それもかなりの人数を……。そういう存在を今のデジタルワールドはすんなりと受け入れるわけにはいかないのです」
「そんな…………」
 私は呆然とウィザーモンを見つめた。
「リリスモン。これから先のことを考えて下さい。ファントモンには何が必要なのかを良く考えて下さい」
「ひどい……! 綺麗事ばかり並べないで! あのコが知ったらどう思うか想像してみなさい! 戦うことだけを教えられて育ったのに、それを奪ってしまうなんてあんまりだわ。己が生きてきた今までを全て否定されてしまうなんて……ひど過ぎる……!」
「いいえ、どうか聞き入れて下さい。――ファントモンの力を奪うこと無く助けるのなら、すぐにでも出来ます。ファンロンモン達の完全なる支配下に置いてしまえばいいのですから……」
「……!?」
 ――そんなことをされれば、私はもう二度とあのコに会うことは出来なくなってしまう……!
 体が震えた。怒りと、もしもそうなってしまったらという悲しみで胸が痛んだ。
「解りますね? いずれファントモンがデジタルワールドでもリアルワールドでも、どこでも望む場所で生きられるように……ファンロンモン達はそう考えて下さっているのです」
「だからって、そんな……」
「もしもファントモンが貴女を選んだ時のことを考えて下さっているのです」
「ええっ? 私?」
 ウィザーモンは優しい目をしていた。
「ファントモンにはまず治療が必要です。貴女も安静にして下さいね」
 そう言い残し、ウィザーモンは病室を出て行った。
 私は脱力して布団に沈み込む。結い上げていない髪が乱れた。この場所に相応しく、ベッドは良い寝心地だった。それが余計に私の心を不安にさせる。
 乳母が私の布団を直し、
「何か欲しいものはありませんか? 何でもおっしゃって下さい」
 と訊ねる。乳母を見つめると、ほんの少し涙ぐんでいる。
「乳母や……」
 乳母は目尻に残る涙を拭う。
「ファントモンは若君の弟君だと、あの無法者から聞きましたよ」
 乳母が『無法者』と言うのは、ベルゼブモンのこと。
「メタルマメモンは?」
「若君はデジタマの状態に戻られています。今しばらく時が必要でしょう。可愛らしいお嬢様が御面倒を見て下さっています」
「ロゼモンが?」
「いいえ。今は退化されて幼年期のデジモンになられています。タネモンというお名前だそうですよ。若君を助けるためにお力を使われ過ぎたそうです」
「そう……」
「暴走して力を使い過ぎた状態で緊急入院したのに、若君を心配して抜け出されたそうです。さらに力を使われたので、退化した後にしばらく入院されていたんですよ」
「まあ、そんなことが……。どれぐらい入院されたの?」
「一週間ほどでしょうか……だいたいそれぐらいでしたよ。その後は若君の御面倒を見るんだと歩き回っています。気立ての優しい、しっかりしたお嬢様で……御安心なさって下さいね」
 乳母は何かを思い出した様子で、くすくすと笑っている。
「まだ幼年期の姿でお小さいのに、大きな葉っぱの上に若君のデジタマを乗
せて歩き回っているんですよ。とても御可愛らしくて」
「あら、見たいわ」
「おひい様が御回復されましたら、お見舞いにいらして頂きましょう」
 乳母はそう言う。
「喉は渇いていらっしゃいますか?」
「ええ。何かいただこうかしら。私、御食事は制限されているのかしら?」
「いいえ。お目覚めになられたら何でもお召し上がりになられてけっこうだそうです」
 私は一瞬考えて、乳母に
「舟和の芋ようかんが食べたいわ」
 と言った。さすがに私の好物は揃えていたらしく、
「すぐに御用意しますよ。おひい様がいつお目覚めになられても良いように、毎朝遣いの者を走らせていましたから」
 乳母はいそいそと芋ようかんを用意するために傍を離れる。
 私は痛む体を我慢して、寝返りを打った。左側へ目を向けると、レースのカーテンを通して日の光が差し込む。
 昼を過ぎたぐらいかしら……。
 芋ようかんを用意してきた乳母に訊ねると、そうだと言われた。
「ここはデジタルワールド?」
「そうですよ」
「私、どれぐらい眠っていたのかしら?」
「一カ月ほどです」
「そう? そんなに長い間、メタルファントモンは傍にいてくれたの?」
 乳母は少し怒った顔をする。
「そうなんですよ! お掃除の時だって動いちゃくれないんですから!」
「あらやだ……」
 思わず笑ってしまった。その時をぜひ見たかったと思う。
 乳母に手伝ってもらい、ベッドの枕側を椅子の背持たれのように起こす。体は痛むし、左腕の点滴が邪魔だけれど、好物の芋ようかんを食べていると元気が出てきた。
「この分なら点滴も外してもらえそうですね」
 私の左腕に刺さる針を乳母は気にしている。
「すぐに針を刺した痕も消えるわ」
 私の回復力は早い。それでも目覚めるまでに一カ月かかったなんて……。
「あのデジコアの欠片達はどうなったのかしら?」
 乳母は微笑む。
「御見事でした。さすがはおひい様だと私は誇らしく思いましたよ。デジコアの欠片達は一つ一つ丁寧にチェックされ、損傷の修復や再生を急いでいます。全てデジタマとして再生出来るよう、全力を尽くしておりますよ」
「そう……」
 安心した。自分の保身のためでもあったけれど、どうしても救ってあげたかったから。
 私は……七大魔王であるべきではないわね……。
 そういう存在に生まれたことは仕方が無いと、わざとそれらしく振舞うようにしていた時もある。けれど――自分に嘘をつくのはもう限界だったのかもしれない。
 私の一連の行動は他の七大魔王と呼ばれる者達の耳に入り、色々と言われていることでしょう。――困ったことになってしまったとあらためて思う。
 ――さて。どう行動するべきかしら? それとも、まだ様子を見た方がいいのかしら?
 まずは必要な情報を集めなくては。手間がかかること………。
 私は乳母に訊ねた。
「ねえ、乳母や」
「何ですか」
「ファントモンのことだけれど……」
「若君の弟君?」
「ええ。私と一緒にいても怒らないの?」
 乳母は微笑む。
「どこの馬の骨とも解らぬ方ではありません。若君の弟君だと解っていますから。けれども……何ですか、その……とても残念です……」
「どうかした?」
「デジモンの姿の時はあのようにほぼ実体が無く、人間の姿をとる時は男の子っぽい女の子の姿だったそうですね。痩せていたそうで、その……あまり健康的な様子では無かった、と……」
「そうなの? それは知らなかったわ」
「おひい様……」
 乳母の視線がちょっと痛い。けれども好きになってしまったものは今さら変えられない。
「ごめんなさい、乳母や……」
 乳母は残念そうに
「おひい様でしたら高島田も充分ですし、洋装も華やかで良うございますのに……御新郎様となられる弟君が装いを合わせようとしても様にならないようでしたら、本当に残念でございますね……」
 と言い出した!
 私は赤面してしまう。
「いやだわ、何を言い出すの! まだそんな話、早過ぎるでしょう! 誰からどういう話を聞いているのか知らないけれど、早とちりをしないで」
「何でも無性別とか……。私はおひい様のややこ様の御世話もするつもりでしたのに、とても残念でなりませんよ」
 そう言われ、
「乳母やっ!」
 と私は更に赤面した。
「私はおひい様が御幸せになることを切に願います。ですが身勝手を承知の上で……とても楽しみにしていましたので残念でなりません」
「違うの、そうじゃないの……。だってファントモンは私の気持ちさえまだ知らないの……」
 けれども真面目な顔で乳母は、
「良くお聞き下さいませ。あのすっとこどっこいが、おひい様に会わせろと言って来ていますから。どうかくれぐれもお気をつけ下さいませ」
 と言った。
「え!? まさか……!」
 驚いた。『すっとこどっこい』が誰のことなのか解ったから……。
「今さら私に……捨てた女に何の御用なのかしらね?」
 そう強がりを言いながらも、動揺している自分を抑えられない。
「決してこのお部屋には入れさせません! いいですか? おひい様のお心を踏みにじったあの男を、私は決して許しませんから!」
 手が震えてくる。
「この部屋に? まさか……。でももしもそうなったら、無理よ。だってあの御方は……」
「大丈夫です。あの男が己の立場を利用してもここには入って来られぬよう、心得ております」
「だって……だって、あの御方は……」
「あの男はおひい様を、ただ利用する手段の一つにしか考えておりません。決して油断なさいませんように。――さあ、お召し上がりになりましたか? それではお休み下さい」
「乳母や……」
 口から出たその声に頼りない響きが含まれてしまい、私は思わず自分の口を両手で覆った。瞬間だけとはいえ左腕を振ったので痛い。
「おひい様、どうぞお力を落としてお休み下さいませ」
「えっ……」
 力を落とせば……私は退化に近い状態として、子供の姿になる。人間に例えるのなら小学校の中学年ぐらい。
 私は幼年期から完全体までの経過が無く、デジタマから直接究極体に進化出来てしまうので、今のようにケガをした状態なら力を落としていた方が治りはより早くなる。
 けれど、
「万が一、あの男がおひい様の前に現れても、子供のお姿では手出し出来ないでしょう?」
 と乳母に言われた。乳母は私とあの御方が男女の関係だったことを知っている。またそうならないようにと、私を促す。
「そうね、そうするわ……」
 私はベッドに横になり、目を閉じた。
 肩の力を抜き、呼吸を整える。ゆっくりと……全身の力を抜く。
 自分の呼吸音がとても大きく聞こえるようになる。そのうちに……ふっと何も聞こえなくなる。完全なる無の状態に陥る。
 何も無い、誕生したばかりの原初の宇宙に一人浮かんでいるよう。不安になるけれどやがて……始まりの力を感じる……。
 ――やがてゆっくりと瞼を開くと、乳母が微笑んでいる。
 私は起き上がると自分の手を見つめた。両手とも小さい子供の手だ。マニキュアを塗り丁寧にケアしている爪さえも、子供の姿に合わせて変わっている。この状態ではマニキュアを塗ったら爪を痛めてしまうかもしれない。
 ――それにしても、この手からは逃れられないのね……。
 右手は、『黄金の魔爪』のまま。サイズは小さくなっている。本当は……あまりこの手が好きではなかった。生まれてからの付き合いなので、諦めているけれど。
 ふと、いつものように化粧もしていないことを思い出す。今さらのようだけれど、誰かと話す時に化粧をしないでいることも久しぶりだと気付き、急に恥ずかしくなってしまった。
「……変じゃないかしら? 化粧もしないの、久しぶりだわ」
「いいえ、滅相もございません。可愛らしいですよ」
 乳母が鏡を用意してくれた。
 鏡を覗き込むと、幼い少女がそこに映っていた。不思議そうな顔をして私を見返す。睨むと、鏡に映る少女も私を睨む。――ああ、自分なんだと納得する。
 漆黒の長い髪は結っていないので流れ落ちるように肩や背に掛かる。
 肌触りの良い柔らかいガーゼで作られた和風の寝巻きは、白地に紺の撫子が描かれている。乳母の用意してくれたものなので、私の姿に合わせてちゃんと子供のサイズに変わっている。
「この姿にこの寝巻きは合わないわね」
 私は苦笑する。乳母は申し訳無さそうに
「それ以外ですと、桜色になりますよ。おひい様」
 と言った。
「それは嫌」
「そうおっしゃると思いましたよ。桜色は御嫌いですものね」
「……だって、可愛過ぎるもの」
「今の御姿でしたら御似合いですよ。御気が向きましたら袖を通してみてもいかがかと思いますよ」
「……そう? そうね……気が向いたら、ね」
「ええ、ぜひ。――さあ、お休み下さい」
 乳母に促され、私は目を閉じた。やがて、眠りについた。


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《ちょっと一言》
 第2部で展開上出したリリスモンですが、当初は出さない予定でした。出してしまったからにはいくつか書きたい話も思い浮かんで、いろいろ書いています。どうぞお楽しみにv

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