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雨に濡れても


折り畳みの傘は小さい。女物なら尚更だ。そんなことを考えながら、俺――黒崎一護はこの状況をどうしたものかと思いあぐねてた。



出会ってから1年と少し。それこそ一言では言い尽くせない程の紆余曲折を経て、所謂『お付き合い』って奴をできるようになった、ルキアこと朽木ルキアと並んで歩く学校の帰り道。

だんだんと梅雨空の雲が低く垂れ込めてきて、夕方でもないのに既に薄暗く、生温い風が吹いている。

(一雨来そうだな。)

今にも泣き出しそうな鉛色の雲を見て思った。困ったことに今日は傘を持ってない。降られたら俺はともかく、ルキアが濡れるのは嫌だ。

「おい。雨が降りそうだから急ぐぞ。」

「ああ。」

まだ家まで距離がある。降られたら厄介だ。リーチの短いルキアには悪いけど、俺は歩く速度を上げた。

俺に合わせてルキアもペースを上げる。呼吸も早くなる。やっぱりしんどそうだ。

「一護、ちょっと早い!」

「悪ぃなルキア。雲行きが怪しいから、急いだ方がいい。」

「むぅ…そうだな。」

ルキアも空を見上げて納得したらしい。俺の早足に真剣な顔して付いて来てくれてる。死神化してるときなら苦もないとこだろうけど、人間に限りなく近付けて造られてる義骸じゃ、キツイよな。

そう思って、俺はルキアの冷えた小さな手を握った。手を繋いだって歩くのが大して楽になる訳じゃない。でも気持ちだけ。そしたら、ルキアは恥ずかしそうに頬を染めてた。

(可愛いよなあ…。)

付き合い始めてそろそろ1年になるのに、初々しいままだ。こんなときは俺より年上な気がしない。凄く強いし、(勿論、強がってもいるけど。)一緒に暮らしてる親父たちに結構気を使ってるとこは、俺と違って大人だなぁって思うのに、不思議な感じがする。

……そういうアンバランスで、色んな面があるところがいいんだけどさ。



それから5分もしない内に、雲から雨の粒がポツ…ポツ…と滴り落ちてきた。

(くそっ間に合わなかったか。家まであとちょっとなのに!)

内心梅雨時だってのに、傘を忘れた自分の間抜けさを悔しがってたそのときだ。

「とうとう降り出したな。一護ちょっと待て。今傘を出す。」

言うなりルキアがカバンから折り畳み傘を取り出した。先週末、ふたりで出掛けたときに寄った雑貨屋で、散々迷った末に買ったヤツか。

無地で綺麗なラベンダー色の傘。持ち手がチャッピーそっくりなウサギの形で、そこがえっらい気に入ったらしい。店で色違いのチャッピー傘が何色も、大量にあるのを見つけたときのルキアときたら、目をキラキラさせて子供みてーな顔してたっけ。

あのテンションの上がりっぷりはハンパじゃなかったな。ったく、どんだけウサギ好きなんだ?でも、まあ、そういう素直なとこも年上に思えなくて、すごく可愛いんだよなぁ。

「お、用意いいな。じゃ俺が持つわ。」

「うぬ、頼む。」

ルキアに似合いのやたら可愛い傘を受け取る。考えなしに持ってからはたと気づく。30センチ以上の身長差もあるし、俺が持つのは当然なんだけど…。

(すっげえ不釣り合い…)

浅野やたつきには見られたくねえなあ。何言われっか分かったもんじゃねえ。素っ頓狂な浅野の声や、ゲラゲラ笑うたつきの姿なら容易に想像がつく。こんな騒々しい奴等の笑いの種になったら、と思っただけで背筋を冷たいモノが駆け抜ける。

(クラスの連中に見つかりませんように!)

かなり真剣に何かに祈ってみた。


「綺麗だな。」


差し出した傘から手を離すルキアの言葉に、俺は耳を疑った。

男の俺に言った言葉か、今の?チャッピー傘差してる以上に不釣り合いだぜ?かと言って、ルキアの視線の先には俺しか居なくて。

傘の中っていう緩やかに閉じた空間の中で、他のことに対して言ってるとは思えないし。――仕方なく、俺は素朴なギモンをそのままルキアにぶつけてみた。

「綺麗って…何がだ?」

「一護の髪の色と傘の色が映えて、とても綺麗だぞ。」

俺を見上げてルキアがにっこりと嬉しそうに微笑む。まるで花がパアッと咲いたような笑顔だったから、思わず見とれちまった。

その間が何秒だったのか、何分だったのか、分からない。怪訝そうに俺を見詰めるルキアの視線に気づいて、大慌てで我に帰る。


(お前の方がよっぽど綺麗だ。)


思ったって言わないけどさ。ルキアがそう言ってくれるなら、この傘も悪くないって思えた。




雨がラベンダーの傘を叩くリズムがちょっとずつ速くなってる。梅雨時の雨は濡れると結構冷えるんだ。なるべくルキアを濡らしたくないから、ルキアの方に傘を寄せる。俺の手がルキアの目の前に来る。これじゃまずい。

手の場所をあまり変えないで、傘だけ傾けてみる。ルキアが濡れる。これもダメだ。

傘を俺の方に傾けてみる。やっぱりルキアが濡れる。ダメだ…。どうする?ルキアとひとつの傘ってのは、すげー嬉しいんだけどなあ…。



「わり、用事思い出したから、先に帰るわ。」

傘を返して走り出そうとしたら、誰かが俺の腕をむんずと掴んだ。びっくりして振り返ると掴んでたのはルキアで、眉を吊り上げて滅茶苦茶おっかねえ顔をして睨んでた。

「つまらぬ嘘をつくでない!たわけっ!」

「へ?」

「先程から傘を動かしているから、おかしいと思っていたのだ。大方私を濡らさぬように、傘も差さずに帰ろうとしたのだろう!」

……図星だった。ちくしょー、また読まれちまった。取って付けたような理由だしなあ。どうもこーいうのは苦手だ。

ルキアは俺を怒鳴った次の瞬間、ふっと表情を和らげた。

「何でもひとりで背負い込むのは、おぬしの悪い癖だな。」

声色が優しくなったかと思ったら、ルキアが俺に傘を差しかけ、思いっ切り近寄って来た。

ルキアの肩や腕が引っ切りなしに当たる。傘で籠ってるのか、髪の匂いがいつもより強く香ってくらくらする。心臓は嘘みたいに速く動くし、顔は信じらんねーくらいに熱い。何考えてんだ?幾ら何でもこれって恥ずかしくねえか?

「ルッルキアッてめっ!」

俺がしどもどしてる間に、ルキアはあっさりと事もなげに言ってのける。

「これならおぬしが持つより傘が邪魔にならぬし、何よりふたりとも濡れ辛いだろう?」

こいつ…素でやってるな…。恥ずかしい、とかそういうの、ねえのかよ?手繋いだだけで赤くなるくせに、何でこっちは平気なんだ!俺の頭の中は、こっ恥ずかしさや、訳分からなさが混ざってぐちゃぐちゃになってるてえのに。


「でもなあ…。」


俺の混乱を他所に、ルキアは独り言みたいに喋りだした。


「私が濡れないように色々と考えてくれたのは……嬉しかったぞ……。」


そう言いながら、見る見る間に耳まで赤くなっていった。



ああ……そうか。ルキアは、俺とルキアにとって良いことだと思えば、他人からどう見られても気にならないんだな。

俺との間に起きたことが、ルキアにとって恥ずかしいことだと反応するけど。

「ちっちぇーなあ、俺。」

ルキアの、『俺らにとってのベスト』に迷いがないとこ、いいよなあ…。ルキアらしくて潔い。

俺も、少しは見習った方がいいかな。

「何か言ったか、一護?」

「何でもねえよ。」

俺の独り言、聞こえてないみたいで何だかほっとした。

ルキアが傘を持ってくれてるから、俺の右手は空いてる。手持ち無沙汰な上に、遣り場がない。

再びどうしたもんかと考えを巡らせてから、少し雨に濡れてる細い肩を包むように抱き締めることにした。

「いっ一護っ!」

ほら、赤くなった。やっぱいいな、ルキア。


「この方が濡れにくいだろ?」

「でもっ一護の手がっ!」


俺がヨユー見せたのが少し気に障ったみたいだな。いいだろ、たまには。何だかんだ言っても俺はお前には勝てねえんだし。俺からのささやかな逆襲って奴だ。




……ただ、自分でやっといて予想外のしっぺ返しをくらってるのも、どうしようもない事実だったりする。これじゃ、逆襲でも何でもねえよ。

ここまでやって今更引き下がるのも癪だ。傘に落ちる雨音で強制的に気を紛らせながら、家までの距離を推し量ってるしかないって、腹を括った。

この何時にない状況のせいで、残り僅かな帰り道が普段の何十倍もの距離に感じた。


今日ほど俺自身の若さを呪いたくなったことはないぜ。あーあ、まだ夜まで長いのになあ……。


*Fin*
got it on6/21
thanks forくーみん

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