[携帯モード] [URL送信]
幼馴染パラレル


「毎朝出てくんのおっせぇんだよルキアは」

「煩いな。別に迎えに来いなどと頼んだ事は一度もないぞ」

「はー!かっわいくねぇな!毎日通学電車で潰れねぇようにガードしてやってんのに!それにまだクラスになじんでないだろ、お前」

そんなんだからほっとけねぇんだよ、と、口を尖らせながら猛抗議しているのはオレンジ色の髪の幼馴染。

ここは買取マンション、ソウルソサエティ空座。

幼少の頃からこの大げさなマンション名は好きじゃない。

各室は玄関ホールも広く、まるで一戸建てが集合しているような造りが当時の人気で色んなセレブが購入したとか。今も住人は変わった人が多い。

そんなマンションで偶然にも同じ年に生を受け、隣同士に住居を構えたこの幼馴染、黒崎一護と、私、朽木ルキアは家族のように育ってきた。彼の双子の妹も交えて。

しかし、気が好く人から好かれやすい一護と違って私は不器用で人と関わる事が得意でない。

小学校も途中まではずいぶん仲良くしていたが、中学が近づくころには、私と一護の間には、見えない壁のようなものが出来ていた。

いや、正確には壁を作ったのは私だ。

言葉を選べず何を言うにも語調がキツくなり、また人の間でうまく立ち回る術を知らない私は今時の女子からはかなり浮いた存在だった。

これみよがしなイジメらしきものを受けたこともある。学校に行くのが億劫になったことも。

一護はそんな私を捨て置くことなく飽くことなく毎日私を迎えに来た。当然のような顔をして。「おせーよ」と言って。

無意味に学校を休むことなく中学校で就学できたのは、一護のおかげと言っても過言ではない。

しかしこんな私に関わって、一護まで陰口を叩かれるのでは、と私はいつも気が気でないのだ。

私は良い。

友達がいなくても、一護がいなくなっても、…私には目標があるから。

「…おーい、なんかリアクションしろよー」

受け流そうとした私の大人の気遣いを無視して一護は尚もつっかかってくる。

いつもそうだ。私が突き放そうとしても、まったくおかまいなしでどんどんこちら側へ踏み込んでくるのだ。

毎朝呼びに来るし、帰りは教室まで迎えにくる。高校生にもなって。

「頼んだ覚えはない、と言っている」

歩みは止めずに私は冷たく言い返した。

「貴様ももう年頃なのだから、私にばかりかまけておらずに自分の道を行けばよいではないか」

「なんか最近毎日こんな会話してねぇ?」

「それは、せっかく高校になって離れると思っていた貴様がうまうまと同じ高校だった挙句、よせと言うのに毎朝家の前で待っているからだ」

「人の親切は大事にしろよー、お前」

「余計な世話だと言っておる」

「そんなんだから友達できねぇんだぞ。もう6月なのに」

「う、うるさい!別に友達を作りに学校に行っておるわけではないわ!」

「あっ、あの!お、おはよっ!」

「…むっ?」

いつも通りに言い合いをしながらマンションのエントランスを出たところで、突然降りかかった甲高い声に私は眉を寄せて振り返る。

視線の先には栗毛のナイスバディ美少女。顔には見覚えがある。クラスの男子も騒いでいた。確か、一護と同じ学科の井上織姫。

入学早々学校中の男子の視線を集めたダイナマイトバディと、アンバランスに幼く愛らしい表情が人気とか。通称バディ姫。

「あっれ、井上。お前の家反対方向じゃなかったっけ?」

「え?あ、うん、…いや反対ってほどじゃないんだけど…。黒崎くんにちょっと相談したいことがあって」

頬を染めつつ意気込むその瞳はキラキラと綺羅星のように輝いている。

…つまり、一護に、アレなのだろうな…やはり。

中学も途中ぐらいから、そういう色めいた話は少なくなかった。残念ながら一護はモテる。更に残念なことに本人は相当鈍い。

しかし高校入学と同時に学校のマドンナを射止めるほどに成長していたとは。

確かに人は好いがこんな小生意気なヘタレのどこがそんなに良いのかわからん。

「…おっと。急用を思い出した。一護はその彼女と先に行け」

わざとらしくポンと手を打つと私は踵を返す。

「は?別に彼女じゃ…」

「えええ!彼女ぉぉ!?いやいやいやそんな滅相もないっす!」

恥じらいながら真っ赤になるバディ姫に少し胸が焦げる。

…ああ、そんなふうにできたら、…私も。

「じゃ!そういうことで」

「おい、どこ行くんだよ!」

「野暮用だ!かまうな!」

閊える胸を押さえつけ、ビシっと手を立てると背後で何か言っている一護を無視して私はその場から走り出す。

寂しいと、哀しいなどと思うことはない。そんなことを私が思うのはおかしい。一護は私のものじゃない。

こんなことは何度もあった。

中学のときだって、一護は女子に人気があったし、同じ空手道場の馴染みの女子だとか、空手部のマネージャーだとかと付き合っていた事だって知っている。

私は1人で平気だ。

私には夢がある。

母様の病気を治す薬を開発するという夢が。

そのために医学設備の整った難関の進学校を選んだ。きっと一護と離れられると思った。

なのに、一護は何故か同じ学校を選んでいて、気づけば一緒に受験勉強をしていて、卒業式には私と下校し、入学式にはいつもと同じように迎えに来た。

どうして一護は私にかまうんだろう。

幼馴染だからといって、仲良くしつづける必要なんてない。

優しくしてほしくなんてないのに。

いつかは離れるのに。いつまでも同じ道を歩くことなんてできないのに。一緒に居る時間が長くなればなるほど、離れる時はきっとつらくて哀しくなる。

こんなのは、まるで恋みたいで、イヤだ。

一護たちとは違うルートで駅に向かう事にした私はロクに前も見ずに駆け足で道を横切った。

その時。

「あぶねえ!」

「ひゃぁぁ!?」

キキキィ、と派手なブレーキ音が鳴り、スライディングしたスクーターのわき腹が僅かに身体に当たり、私は短く悲鳴をあげて転んだ。

「…痛…っ」

「あ…ぶねぇな…!てめ、前見て歩けよ!死にてぇのかバカヤロウ!!」

地べたに座り込んだ私に、スクーターの男は容赦なく罵声を浴びせた。

転んだ拍子に少し捻った右の足首がズキンと痛む。

確かに、前も見ずに飛び出した私が悪い。今、この右足が痛いのも。左胸が痛いのも。

私が、人として至らぬから、傷むのだ。

「な…何泣いてんだ!俺ぁ悪くねぇぞ!?泣くなよ!」

「うっ…うっ…すまない…」

「謝りなから泣くなよ!完全に俺がなんかやっちゃった感じに見えるだろうがよ!」

派手に舌打ちをし、私の手を引っ張り挙げた大柄な男は、そのまま私をスクーターの後ろに乗せ「掴まってな」と言って返事も聞かずに走り出した。

「う、わぁ…!」

小型のスクーターとは言え、初めてバイクというものに乗った私は、車とは違う流れる景色と風に歓声をあげる。

「気分いいだろ?」

そう言って快活に笑うその男の背には、赤く長い髪が風に煽られて派手に舞っていた。








その赤髪の男がスクーターを止めると、そこは私の通う空座総合学院、だった。

私が通うのはその高等部だが、そのほか初等部、中等部、大学部と学び舎は広い。また、学部の分岐もすさまじいマンモス校だ。

「…貴様、学院の学生だったのか…」

「おうよ。見たら解るだろ?」

胸を張るその男の制服は原型がないほど着崩されていて学院の制服の面影はほぼ無い。そもそもこの学院は制服の着用は強制ではない。

「その…ありがとう…」

「あん?」

「送ってくれて…電車を使いたくなかったから、助かった…」

素直に礼を述べると、その男は照れたように視線を逸らした。

「別に。大したことじゃねぇよ。あのままあそこで泣かれててもこっちだって困ったし」

ごにょごにょと口ごもる様は、なんとなく愛らしく、見た目ほど悪い男ではないのだな、と口元がほころんだ。

「そういえば名も聞いてなかったな」

「おお、そういやそうだな。俺は、」

「恋次!?」

男が名乗りかけたところで、聞き覚えのある声がそれを遮った。

「よう一護。どうした血相変えて」

「どうしたじゃねぇよ、お前なんでルキアと一緒に居るんだ!?」

「なんでって…なんだ、こいつ一護の知り合いか?」

恋次と呼ばれた男が私を指差したところで、一護と私の視線がぶつかる。

理由もないのに気まずくて、私は目を伏せた。

「ああ…幼馴染だよ」

耳に届く一護の声はどこか不服そうだ。

「ふーん」

恋次の声は感慨なく響いた。

「幼馴染か」

どうしよう、また泣いてしまいそうだ。どうして。こんなのはイヤだ。

「じゃぁ、俺と付き合おうぜ、ルキア」

突拍子も無い恋次の言葉に滲んだ涙は吹き飛んだ。

泡を食う私に、恋次は何食わぬ顔をして近寄り、肩を掴む。

「カレシ居んのか?」

「え?いや、別に…」

「じゃぁ、好きな奴とか?」

「い、いない!」

ムキになって答えると、恋次はニヤリと笑って「じゃぁいいだろ」と肩を叩いた。

「良くない!」

私が答える前に、一護が叫んで間に割って入る。

台詞をとられた私は「よ」の口の形のまま固まっている。

「なんでてめぇが出てくんだよ。俺とルキアの話だろ」

「そーだけど!でも駄目だ、お前みたいなチャラいやつにルキア任せられるわけねぇだろ!こいつは男に全く免疫ねぇんだぞ!」

「そんなん関係ねぇだろ。それに俺は見た目ほどチャラくねぇ」

「自分で言うな」

「大体テメーにそんな事言う資格あんのかよ?お前は彼氏でもなんでもねぇんだろ?」

言われて一護はグっと押し黙る。

「心配するのは勝手だけどよ、俺をどうするか決めるのはルキアだろ」

「だから、」

「とにかく!俺とルキアが付き合うかどうかはこっちの問題だ!てめーが首突っ込んでくんじゃねぇよこのムッツリスケベ!」

ガシっと恋次に腕を掴まれ、反射的に「ひっ!?」と悲鳴をあげてしまう。

ムッツリスケベと称された一護は、それに突っ込みを入れることなくみるみる不機嫌の色を濃くした。

「…本気かよ…」

「もちろん」

いつもよりしかめっ面の一護に、恋次は不敵に返す。

「ちっちゃい女は好きだぜ。それに美人だ。気の強いとこもいいな」

つらつらと並べてこちらを見る。

「いきなり、っつっても無理だろうし?とりあえず、お試しでしばらく付き合ってみろよ」

「ええ?」

予想外の提案に私は思わず間抜けな声をあげてしまった。

「今日、足くじいただろ?それがとりあえず治るまで。俺が送り迎えしてやるよ。その期間はお試しカレシってことで、どうだ?…別に無理に手は出さねぇよ?」

恋次の申し出は下心というよりは、悪戯心に溢れているような気がした。一護をからかって楽しんでいるような。

だから、私も軽い気持ちで応えたのだ。

「わかった。…しばらく頼む」

その言葉に、一護が顔を顰めた真意など、わかるはずもなく。




→次頁へ



あきゅろす。
無料HPエムペ!