黒崎夫婦とその子供
『太陽の様で在れ』
出会う全ての人に勇気と活力を。
陽だまりの優しさを。
「ただいまー…」
「おかえり。今日は夕飯に間に合ったな」
夕飯の仕度をしながら戸口を見ると、ややお疲れの表情の一護が眉間に皺を寄せて「そりゃ一週間続けて超残業だったからなぁ」とぼやきながら入ってくる。
実際、このしばらくは、深夜に帰ってきて早朝出勤というような日が続いていた。確かに働き盛りとは言え、過密すぎる。
一護が勤めているのは、有限会社ながら地元の信望厚い『うなぎ屋』という雑務の請負会社だ。
給与は悪くないが人使いが荒い。
いずれ独立、を糧に随分と頑張ってきた。
その目処がようやく最近たったのだ。人材確保、顧客確保、資金繰り。あとひと頑張り、という所まできたおかげでついオーバーワークが過ぎることがある。
「たまには早く帰んねぇと、日乃に忘れられちまうだろ」
そう言うと、今までのお疲れ顔はどこへやら…リビングで宿題に勤しむ我が家のお姫様に突進していく。
「日ー乃っ。ただいま」
それは彼の父親を彷彿とさせる。本人に言うと怒るけど。
「…おかえり、父」
対する日乃は平静そのものだ。この構図は代々黒崎家に受け継がれていくものなのかもしれない。
「今日もちゃんと宿題やってるのかー。日乃は偉いなぁ」
「えらくないよ、ふつうだよ?」
一護ときたら、見ている方が笑ってしまうほど嬉しそうに愛娘の頭を撫でている。
そう、娘。
リビングで1人、健気にも凛々しく本日の学校課題に取り組んでいた珠玉の美少女は御年6歳の我らが一人娘、黒崎日乃(ひの)。
一護の容姿を譲り受けたかのような橙色の髪は肩口で切りそろえられ、ぱつんと揃った前髪の下から覗く大きな瞳は濃い茶色。その少し眠そうな目元といい、顔立ちもどことなく一護に似ているような気がする。
しかしその精神は謙虚で慎み深く、常に冷静で頭も良い。小学1年生にして既に気品と思慮を備えた大和撫子なのだ。
…決して親ばかではない。
「なぁ日乃、今度の日曜休みもらったんだ。こないだ約束した遊園地行こうな」
どうやら宿題が終わったらしい日乃を膝に抱えて頬ずりせんばかりの勢いで一護がデレている。
そんな一護を見ているのがおかしくてにまにまとニヤケながら夕食をダイニングテーブルに並べていると、「だめ」と日乃が珍しく強い口調で遮った。
「…なんでだよ。遊園地いきたくないのか?」
「…ううん…その日は用事があるから、だめ」
「用事!?」
自分より優先される用事が存在したことがショックなのか、「何の用事?」と問い詰める一護はまぁ一般的に見てウザい父親だろう。
しかし頑固なところも一護似の日乃は決して口を割らず、夕食の間もずっとご機嫌を伺うような一護はいささか気の毒ではあった。
しょげた一護が風呂場へ行くのを見計らって、日乃に声をかける。
「日乃は父と遊ぶのがいやになったのか?」
まだ親離れには早いが、聡明知的な日乃のこと。可能性はなくもない。
「…ちがうよ」
「ならば父と遊んでやってくれないか?父は日乃が大好きなんだ」
「うん…日乃も父、だいすき」
大きな瞳が照れたように伏せられて、つやつやした頬が桃色に染まる。
あああ…なんて愛くるしいんだ…!
「母も日乃が大好きだぞぅ!」
ぎゅうっと抱きしめるとビックリしてから「母すきー」と言い、きゃこきゃこと笑い出す。その声も顔も筆舌に尽くしがたい。愛らしすぎて。
「では今度の日曜は皆で遊びに行こう?」
そう提案すると、とたんに日乃の表情が曇る。
「…それは、だめ」
予想外に頑なな態度に少し違和感を感じた。
「…理由を、教えてもらえないか?」
やんわりと尋ねてみても、やはり日乃は首を振るだけで何も語ろうとはしなかった。
…理由がさっぱりわからない。
別段、日乃に変わったところはないし、私や一護を避けている様子もない。
私の悪いところが似たのか、気持ちや感情を露わにする事が苦手な節があるが、心根は誰よりも優しい子だ。
ただの気分でここまで頑なに拒否するなどとは有り得ない。
「…黒崎サン?」
「ん?」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、店長が心配そうに覗き込んでいた。
「どしたんスか。ぼんやりして」
「…あ、すいません」
ここはパート先の浦原商店。時給はやや安めだがシフトに融通が効くし仕事内容もラクなので重宝している。
独立開業にむけて少しでも家計の足しになればと日乃のいない時間帯は私も勤めに出ているのだ。
「いえ、もう上がりの時間ッス」
「え?あ、本当だな…。すいません、それじゃ、お先に」
あわててエプロンを外して鞄を担ぐと、「やっぱり初めてだと緊張するもんなんスかね」と店長がからかうように言う。
「はい?」
意味がわからず思いっきり眉をしかめると、
「今度の日曜の授業参観っすよ。初めてでしょ、参観日。特に1年生の授業見るなんて親御さんの方が緊張するって話…」
「授業参観!?」
私の声に驚いた店長は若干引きながらも、「ええ、近所の奥様方の目下の話題で」と扇子の先で頭を掻く。
「そうか、授業参観か…」
「あの…黒崎サン…?」
「ありがとうございました!お先です!」
言うと同時に自転車を蹴る。
謎は解けた。けれど腑に落ちない。
…どうして隠したりしたんだ。
それは授業参観に来て欲しくないからだ。
…何故だ?
私は何か日乃に嫌われるような事をしたのだろうか。
それとも学友に胸を張って紹介できるような親に成れていないのだろうか。
大急ぎで自宅マンションへ帰ると、荷物も放り投げて日乃の部屋のゴミ箱を引っ掻き回す。
「…あった」
小さく畳んでゴミ箱の一番底。
『授業参観のお知らせ』
ぎゅっと眉間に力を入れて揺れる視界で滲む文字を見つめる。
…日時はわかった。教室も。
…だがどうする?
日乃が黙っている授業参観に押しかけて、日乃を困らせる事になったら…?
「…なぜだ、日乃…」
「…母?」
鈴の音のような声が背後からかかり、あわてて私は目をこする。
「お、おかえり、日乃」
急拵えの愛想笑いは子供に通用しないだろうけど。
「今、掃除していたら見つけたのだが…今度の日曜に授業参観があるそうではないか!」
くしゃくしゃになった紙を広げて翳す。
「こういう大事はちゃんと伝えなくてはいかんぞ!」
空元気の私の声に反して、日乃の表情がみるみる曇っていく。
「丁度、父も休みなのだから二人で日乃の勇姿を見に…」
「だめ」
日乃は私の手からくしゃくしゃの紙を取り上げると、ぎゅっと潰してうしろに隠してしまった。
「きちゃだめ」
見上げる眼差しは強く翳りなく、私達の参観を心から望んでいない事を明らかにしていた。
「…なぜだ…!」
泣きそうになるのを堪えるせいで、つい語調が強くなる。
「なぜ行ってはならぬのだ!」
「だめなの!父も母も、にちよーびはおうちから出ちゃだめ!」
そう言うと私を押し出して戸を閉めてしまった。
…こんな事は、初めてだ。
これが反抗期というものだろうか。
どうしたらいいのかわからない私は肩を落としたまま夕食の準備に取り掛かる。
手を動かしながらも、心はそこにあらず、やはり不器用な自分が子供を育てるなど荷が重かったのだろうかと今さら埒もない事を逡巡する。
「痛…」
性根を入れていなかったせいで、包丁が指先を掠めて血が滲む。ついでに涙も。
一護はこの家を護るために必死に、それはもう身を粉にして働いている。
ならば家の中を護るのは、私の務めだ。なのに、娘の心の動きひとつわかってやれないなんて。
「…どうすればいい、一護…」
「ただいまー」
名前を口にした瞬間、突然現れた一護に驚いて涙が引っ込む。
「やけに…早いのだな、今日は」
まだ日暮れ前だというのに。
「たまたま早く片付いたんだよ。せっかくだから切り上げて帰らせてもらったんだ。…あれ?日乃は?」
ビジネスバッグをドサと置きながらリビングを見渡し、日乃の不在を確認すると、再びこちらを見て「日乃は?」と重ねて言う。
「日乃は…自分の部屋に居る」
血のにじんだ指先を洗いながら答えると、いつのまにか近寄っていた一護が「何かあった?」と私を覗き込む。
日乃より少し薄い茶色に見つめられて、引っ込んだはずの涙がまた飛び出た。
「…いつも言ってるだろ、1人で抱え込むなって。ホントなおんねぇな、そーゆーとこ」
苦笑いしながら私の頭を引き寄せて額を胸に押し付ける。
その胸にしがみ付きながら、嗚咽があがりそうになるのを必死で堪えた。
「けどっ、一護は、外で頑張っているのだから、私は家の中の事を、頑張らないと…っ」
「馬鹿、充分頑張ってんだろ。つーか、もーちょい俺を頼れ。で?何があった?」
言ってみ?と優しく言われて気の緩んだ私は、先ほどの出来事を鼻水を啜りながらも詳細に説明した。
「私は日乃に嫌われたのだろうか…!?」
ぐじゅぐじゅと鼻声で訴えかける私に一護は「それはねぇだろ」と眉間に皺をよせながら「やっぱ教えて貰うしかねぇよな」と身を翻した。
「それは、先ほど私も聞いてみたが、頑なに…」
「2人で聞いたら、教えてくれるかもしんねぇぞ」
大丈夫だ、と、父親らしく微笑むと私の手をひいて日乃の部屋の戸を叩く。
「日ー乃。ただいま」
部屋の中から音はしない。
「日乃?あけてもいいか?」
一護の声に、しばらくして部屋の戸が開く。
「…おかえりなさい」
見上げる日乃はいつもと変わりなく愛らしい。少しだけ困ったような顔をしているけれど。
そのまま膝を折って日乃に視線を合わせる一護に倣い、私もしゃがみこむ。
「母に聞いたぞ。日曜、授業参観だってな?」
その言葉に、やはり表情が曇る。
「きちゃだめだよ」
「ああ、それも聞いた。でも、なんで駄目なのかは聞いてないな」
俯く日乃の頭を撫でながら、「父と母が嫌いになっちゃったか?」と尋ねると、ぶんぶんと強く首が横に振られて安心する。
「ならば何故…」
日乃の手をとって覗き込む。大きな瞳は困ったように揺れていた。
その様子に一護が笑う。
「日乃は中身がルキアそっくりだな」
「な、なに!?」
それは、ちょっと嬉しいのだが。
「自分以外のヤツの事ばっかり考えてどん詰まりになるとこ、そっくりだよ。テンパったときの顔も同じだ」
訳知り顔でにやにやとされてちょっとムっとする。
「なんだ、一護には日乃の考えていることがわかったというのか」
「いや、はっきりとはわかんねぇけど。…けど、まぁ、俺らの事気使ってくるなって言ってんだよ、多分」
一護は部屋の入り口に座り込むと、日乃を膝の上に座らせた。
「日乃はどう思ってるのかわかんねぇけど、父と母は学校に行きたいんだぞ?」
「…どうして?」
「学校での日乃が見たいからだよ」
「…でも、お休みの日なのに」
「うん?」
「前に母、言ったよ?日乃は学校にいくのがおしごとだって。父も母もお休みの日なのに、どうしておしごとするの?」
もつれていた糸がストンと一本になる。
いや
それはもつれてなどいなかった。
最初から、単純明快な事だったのだ。
「父も母もいつもおしごとしてるから、にちよーびはお休みしなきゃだめなの」
おしごとには日乃がいく、と力強く言う愛娘に、先ほどとは違う種類の涙が吹き出る。
「日乃ぉぉぉぉ!おまえはなんと優しい子なのだぁぁぁぁ!!」
「うぉ、ちょ、ルキア泣きすぎ…日乃がちょっと引いてるぞ?」
「うるさい!これが泣かずに居られるか!貴様もちょっと涙目のくせに!」
「あたりめーだ!こんな健気なこと言われたら涙目にもなるわ!ルキアは泣きすぎなんだよ!」
「けんかだめー!」
鶴の一声で言い合いはぴたりと止まり、私も一護も正座になる。
「…それでだな、日乃。やっぱり父も母も日乃の仕事ぶりを見たいから、日曜日、見に行ってもいいか?」
「うー…」
「なに、見ているだけだ。日乃が立派に勤めを果たすところが見たいのだ」
「ん…」
渋々、といった感じで日乃は頷く。
「…みるだけだよ」
なんとかお姫様のお許しが出てホっと私達は顔を見合わせる。
すっかり遅くなった夕食の準備を3人で一緒に始めながら、例えようのない充実感に顔がほころんだ。
きっとまたいつか、同じように思い悩むときは幾度となく訪れるだろうけど。
きっとその度に掬い上げられる。
一護の愛に。日乃の優しさに。絆に。
それに負けないだけの想いを、この愛しい者達へと届けられますように。
「よし、では今度の日曜は日乃の好きなものを作ろうではないか」
「きゅうりなます」
「…渋いな、日乃…」
「一護は何が食べたい?」
「んー、明太チーズポテト」
「…父、こどもみたい」
「うっ…」
この愛しい瞬間が絶え間なく続きますように。
FIN
リクエストくださいました匿名サンありがとうございまーす!ヤッホーイ♪
娘・日乃はだいぶ前にブログで書いた事がありますが、みのんが夢で読んだ(笑)ジャンプ(笑)に載ってた(笑)一護とルキアの娘です(笑)!まさか使える日が来るとはww
夢ではカタカナで「ヒノ」でしたが、それではあんまりなので尤もらしい字をあててみました。
ネタは桜蘭ホストの親子から流用。「父」「母」呼びは「ぽっかぽか」流用(笑)結構いい具合にハマったかな?
こんな黒崎ファミリーどうでしょうどうですか!w
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