オリ⇒イチルキ その時、空を見上げた黒崎くんは、ありがとう、と言った。 それは全ての終わりを意味していると思った。 私には、そのときの黒崎くんの表情を見ることはできなかったけど。 「え?これを、私が?」 「うむ。おまえから渡すのが一番良いだろうと思ってな」 夕日を受けた黒崎くんの部屋で向かい合うのは、私と朽木さん。 すぐ横で、黒崎くんは穏やかに眠ってる。 黒崎くんが闘いの後で突然昏倒してから、もう一ヶ月が近い。 時々こうして黒崎くんの家にお見舞いに来るのが、実は少し楽しみ。黒崎くんが無事で、生きてるって、確認できるから。 人ではない、何かになってしまうことは、もう、ないんだ、って。 朽木さんはあの後すぐ尸魂界に戻っててずっと見なかったんだけど、黒崎くんの目覚めが近づいてるらしくて黒崎家で待機する事になったんだとか。 黒崎家に訪れた私を待ち構えていたように「丁度いいところに来た」と朽木さんはザラザラした荒い布に包まれた何かを差し出した。 「…何?これ」 「それは…斬月の欠片だ」 体を強張らせる私に朽木さんは苦笑いする。 「私にもよくわからんのだが…そんなに恐ろしいものではないぞ」 私の手の掌の中の包みをのせ、ゆっくりと広げる。 そこには闇色に輝く小さな小さな欠片。こんなに小さいのに、呑み込まれそうな。 「浦原があの後、瓦礫の中から力を放つそいつを見つけたらしくてな」 朽木さんは戸惑いもせずにそのチカラの塊を摘みあげる。 私は見てるだけでもどきどきして指先が震えてしまうのに。 「消えたはずの一護のチカラの欠片がなぜ形として残っているのか…そもそも霊子でできているはずの斬月がどうして物質となっているのか…浦原にもわからぬそうだが」 少し翳してから、朽木さんは欠片を再び私の掌の中におさめ、ごわごわとした布でくるんだ。 「これは、霊力のない者にも見える『物質』だ。…霊力を失った後の一護にも存在を確認する事ができるだろう」 現世で伝説にあるミステリーストーンなどというものは、こうやって出来るのかも知れぬな、と世間話のような事を言う。 けど、ちょっと待って、今、なんて?。 「霊力…なくなっちゃうの?」 「ああ…そのようだ。近く目覚めたその瞬間から、残る力の全てが蒸発していくらしい」 目を伏せた朽木さんの表情は…夕日に翳ってよく見えない。 「じゃぁ…もう…」 言葉を躊躇った私の代わりに朽木さんは言った。 「一護が死神として闘う事はない」 ガンッ、と胸に衝撃が走る。 「そんな……そんなっ…!」 あんなに頑張って、修行して、戦って、…この世界を護ったのに。 手にした力が無くなるなんて…。 …何も、遺らないなんて…! 「…泣くな、井上。…悲しむべき事ばかりではないぞ」 いつかのように朽木さんは優しく私の肩に手を置く。 「一生分に値するほどのものを、一護は護りきったのだ。…これから、安息に暮らしても、バチは当たらんだろう?それに何も遺らぬという事はない」 今、ここに在る世界が一護の力の遺産だと言われて、私は頷くしかない。 朽木さんも頷いて、黒い欠片と一緒に私の手を包み込む。 「これはおまえに預けていく。おまえから、一護へと渡してくれ」 「…どうして…朽木さんが渡したほうが…」 「いや、ヤツが目覚めてから霊力が消えるまでそれほどの猶予はないだろう。悠長に土産を渡すヒマはないはずだ」 …そっか…霊力がなくなるって事は、 朽木さんを見ることも…出来なくなるんだ。 黒い欠片を握る手に力が入る。 「それに、これは繊細なものだ。斬月が在ったという証でもあるが、失ってしまったという寂寥を煽ることにもなる。…私が渡したのでは却って一護の心に泥をつける事になるやも知れん」 だから時を見ておまえから渡してくれ、と朽木さんは私の握る手に力を込めた。 「きっと、お前なら巧く渡せる」 私を見つめて微笑んだ朽木さんは、悲しいほど綺麗だった。 「だめだよ…私じゃ…」 もうわかってる。 黒崎くんはきっと力をなくしたことに落ち込むけど、それは私じゃどうにもできない。 この欠片をうまく渡す事だって、きっとできない。 黒崎くんの、心に触れる事が、私にはできない。 「…朽木さんが渡してよ…!私にはできないよ!」 「大丈夫だ」 愚図る私を、朽木さんは抱きしめた。 「出来る」 「…どうしてっ…!」 「お前は人の心を思いやることに長けている。人の心を想像する事に長けている。私には出来ないことだ。 一護が何を思い、何に喜び、何に傷つくのか…私にはわからない。推察する術を私は持たない」 「でもっ…!」 きっと、黒崎くんは朽木さんから渡されたいのに。 そう、私は人の心を想像する事に長けている。だからこそ、私は朽木さんに… …嫉妬しているのに。 「…それに私は…」 言いよどんだ朽木さんは、私を抱きしめたまま肩口に顔を埋めた。 「駄目だ…。駄目なのは、私のほうなのだ…」 掠れた声が震える。 その声に私は悟った。 ああ、朽木さんは …朽木さんも。 「きっと、私は平静ではいられない」 ざらりと心が濁る。 「だから、これはお前に預けていく」 触れそうな程近く、朽木さんの声が囁く。 「…一護を、頼む」 黒崎くんが目を覚ましたのは、その次の日だった。 それからの黒崎くんは、見てられなかった。 一見、いつもと変わらない。今までと変わらないように見えるけど。 …私にはわかるよ。 黒崎くんがピリピリしてること。 放課後の喧騒の中、教室を出る黒崎くんの背中を見送りながら、スカートのポケットの中の欠片をそっと握り締める。 がさがさとした荒い布の感触が手のひらを刺す。 結局、これは渡せないまま。 もう、あれから半年近く経つのに。 私達は2年生になって、浅野くんの髪もスキンヘッドから大分伸びた。 けど、私は… ううん、私だけじゃない。 黒崎くんも。 「どうした?織姫」 「…たつきちゃん…」 ねぇ、たつきちゃん、どうしたらいい? 私も、黒崎くんも。 あの日から一歩も動けないの。 黙る私を見たたつきちゃんはそっとため息をつくと、鞄の中をがさがさと探る。 「…あのさぁ、織姫」 にゅ、と目の前に鉄拳と書かれたゲームソフトが突き出された。 「アタシこれ一護に貸すって言ってたのに渡すの忘れてたんだァ」 「…へ?」 「だからさ、悪いんだけど、ちょっとひとっ走り一護に渡して来てくれる?まだその辺にいるだろうし」 「え?で、でも、それなら…」 「いいから。渡して来い」 「……ハイ…」 「わかったらサッサと行く!」 バチンと背中を叩かれて、慌てて私は走り出した。 「ありがとう!たつきちゃん!」 「どういたしまして」 背中を押された私はぐんぐんと加速して走る。 追いついたって何を言ったらいいのかわからないけど。 けど、前に進みたい。 進んで欲しい。 どうか、私の言葉が黒崎くんの心に届きますように。 「黒崎くん!」 全速力の私が黒崎くんに追いついたのは、校門を出たところ。 「…井上?」 突然大声で呼ばれた黒崎くんは驚いた顔で振り返る。 肩越しのその顔も超イケメ…じゃなくて。 「あの、ちょっと、いいかなっ…!」 肩で息をしながら『鉄拳』を差し出す私に黒崎くんが笑った。 「なんだ、たつきのパシリにされたのか?悪ぃな、明日でも良かったのに」 わ、笑った顔も超イケメ…じゃなくて。 「いやいやどういたしましてですよ!……つ、ついでだから、途中まで一緒に帰ってもいい、かな…?」 「ん?ああ、かまわねぇよ」 鞄にゲームをしまいながら気軽に了承してくれる。 黒崎くん、優しい…! ほわっと夢の世界へ旅立ちそうな私に「でもお前大丈夫か?」と黒崎くんは眉間の皺を増やす。 「へ?何が?」 「何って、変な噂たてられるんじゃねぇ?このガッコつまんねぇ噂するヤツ多いからさ」 それほど気にしてはないような調子で黒崎くんは言う。 …私は、噂されても、嬉しいけど。 …でも、中身のない噂なんて…空しいだけ。 「大丈夫、大丈夫!一緒に帰るぐらい平気っすよ!」 「ふーん…。でも久しぶりな気ぃすんな、井上と2人で会話すんの」 「はは…そうだね…」 私は意図して避けてたから。 黒崎くんは多分…無意識に避けてたから。 朽木さんの話をしそうな人たちを。 「…少しは慣れた?…その…霊力の無い生活」 私の言葉に黒崎くんは一瞬押し黙る。 気まずい沈黙の後、「別に…平気」と短い強がりが返された。 それからしばらく無言の時間が続いて、そぉっと黒崎くんを見上げると、いつもより少しだけ険しい表情で、何かに耐えてるのがわかった。 ああ、またこうやって、1人で飲み込んでしまうんだ。つらさも苦しさも寂しさも。 ねぇ朽木さん どうしたら 黒崎くんの心に触れられるの? 「…ねぇ、黒崎くん」 「ん?」 「…ちょっと、寄り道とか、しちゃわない?」 「え?いや、悪いけど…」 「ちょっとだけちょっとだけ!おごっちゃうから!」 「は?いや別に金ねぇわけじゃねぇし」 気乗りしない様子の黒崎くんを強引に公園へと連行する。今を逃したら、次はない。そんな気がして。 「ハイ!ビトーイサオ!なんちゃって!」 「はいはい、微糖な…てかいちいち突っ込まなくてもいいか?」 公園で缶コーヒーを受け取りながらも黒崎くんのテンションは低い。 近くのベンチに腰掛けながら、私もプルタブを引っ張った。 「…まだ朽木さんが来たばっかりの頃、黒崎くんここに朽木さんとよく居たよね」 黒崎くんが軽く咳き込む。 「あれって、何してたの?」 にこにこと問いかける私を嫌そうに睨みながら「…特訓」と小さい声で呟いた。 「そっかー、特訓かぁ!なんか格好いいねぇ」 「いやダセェだろ」 「えっそう?憧れちゃうなぁ!公園で修行!あ、私も、アッチで朽木さんと特訓したことはあるんだけどね?」 容赦なく朽木さんとそれにまつわる思い出話を切り出す私に黒崎くんはしかめっ面のへの字口だったけど、相槌を繰り返すうちに次第に言葉がほぐれてく。 そこから堰が切れたように思い出話に花が咲いた。 朽木さんを助けにいく前にも、こんなことがあったな、なんて思い出しながら。 「…朽木さん、元気かなぁ」 話が途切れた隙間を縫うように私が言うと、黒崎くんは再び黙ってしまった。 私はポケットの中の欠片を握りながら言葉を捜す。 気がつけばあたりは夕日に染まり、小さな公園にはもう人の気配がない。 寂しい風景に私の気持ちは焦る。 どうしよう、渡さなきゃいけないのに。 黒崎くんが、この世界を護った証を。朽木さんの思いの詰まった欠片を。 ざらざらと手のひらを刺す固い布の感触は、私の心みたいだ。 馬鹿みたいな妬みが、あの頃をあのひとを忘れて欲しいと手を止める。 黒崎くんはおもむろに立ち上がり、2・3歩踏み出ると、大きく振りかぶって空き缶をくず入れに向かって放り投げた。 カコンと小気味良い音と共にナイスシュート。 拍手を送る私を振り返らずに「心配しなくても、元気だろアイツは」とやけに明るい声で言った。 そのまま動きもせず、喋りもしないで私に背中をむけたまま黒崎くんは立ち尽くす。 「…黒崎くん?」 私が立ち上がると、「来んな」と険しい声で制された。 「悪ぃ。今の顔見られたくねぇ」 その声に熱が篭ってる事がわかって胸が苦しくなる。 中途半端にくすぶっていた火種が一息に燃え上がって灰になる。 だって私にはわかるから。 黒崎くんの想いが。 「…なんで井上が泣くんだよ」 こっちを見ないまま黒崎くんは俯く。 「だって、黒崎くんが我慢するからっ…!」 「我慢なんかしてねぇよ」 「してるよ」 「してねぇって」 「してるじゃない!」 「してねぇよ!」 「朽木さんが好きなくせに!」 こころの全部を引き裂くように叫んで黒崎くんの背中にしがみついた。 「なんで、誤魔化すの…」 私の気持ちも、知らないで。 しゃくりあげる私に、黒崎くんは困ったように頭を掻きながら「仕方ねぇだろ」と搾り出した。 「…それに気づいた瞬間に、あいつ消えたんだから…」 目の前で、空気に溶けるみたいに。 「…誤魔化す以外にどうしたらいいのかわかんねぇよ」 それは初めての感覚で。 「まだこんなに好きなのに」 それは私の胸を刺すには充分すぎる愛情。 空に向かって「ありがとう」と言ったとき、全ては終わったんだと思ってたけど。 黒崎くんにとっては終わりじゃなくて、始まりだったんだね。 ひとつわかったことがあるよ。 私は人生が5回あっても、同じ人を好きになるって言ったけど、 きっと何百回の人生が繰り返されたとしても、私はきっと同じ人を好きになって、 同じ数だけ苦しんで、泣いて、自己嫌悪して、 そしていつか大切なひとと結ばれるのを見届ける。 私は目を擦って少し涙で濡れた黒崎くんの背中を力いっぱい突き飛ばした。 「もういっちょ来ーい!」 よろけて前のめりになった黒崎くんがビックリした顔で振り返る。 我慢した目が少し赤い。 「…何言ってんだ、おまえ」 「まだまだ諦めませんよって事!」 「はぁ?」 「こっちの事情っすよ!じゃーね黒崎くん、また明日ー!」 「え?あ?明日は日曜だぞ!」 黒崎くんの声を聞きながら「そうでしたー」と笑って駆け出す。 ポケットの中の欠片からは手を離した。 やっぱりこれは、私が渡すものじゃない。 ねぇ、朽木さん。 いつかこれを朽木さんに返すから。 あの『ありがとう』が始まりなら、まだ物語は続いてる。 きっとまた、とんでもないところで突然現れるんでしょう? だから思い出の中の朽木さんじゃなくて、本物の朽木さんに留めを刺して欲しい。 ああやっぱり叶わないと、身悶え胸を裂く私の想いの息の根をとめて。 それまでは諦めないよ。 たとえ背中しか見ることができなくても。 まっすぐにみつめる視線のその先に、貴女が居るなら。 FIN すみしょんサンのリクエストより『オリ→イチルキ』でした!! リクエストありがとうございます!! ちょっと詰めが甘いですけども(笑)永遠の片思い宣言てことでちょっと織姫さんかっこよす! つか最後はこっそりオリルキです。ルキアさんが相手なら諦めるという意味合いです。織姫さん、一護さんよりルキアさんを愛しちゃったらいいじゃない! 長らくお待ち頂いてありがとうございました!今後ともよろしくどうぞ! |