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日乱について本気出して考えてみた



「あー。やっぱ変だろ」

解せない、と一護が首を振る。

「何だ、まだ言っておるのか」

カリカリと口の中の漬物を噛み砕きながらルキアは呆れたように一護に視線を送る。

「貴様、先ほどから下世話にも程があるぞ。じろじろと人の所作を眺めるなど無礼極まりない」

睨みながら箸を一護につきつけるルキアの目は座っている。

「うるせぇな酔っ払いが…」

「なんだと」

「なんでもありません。…いやいやだからさ、なんでココの人らはみんなあの有様に突っ込み入れねぇんだよ。どう考えてもおかしいだろ。逆セクじゃねぇの?」

「ぎゃぐ…せ…?」

「いやいい。難しい言葉使って悪かった」

よしよしとルキアの頭を撫でると一護は改めて広々とした大宴会場を眺め渡した。

ここは護廷隊本舎内の一室。合宿から儀式まで幅広く護廷隊の行事を執り行うための大広間である。

そしてまさに今宴たけなわな現状は瀞霊廷で毎年行われるという護廷隊の忘年会。死神による死神のためのドンちゃん騒ぎに何故か一護は引きずり込まれていた。

連れに来た一角曰く「テメェはもうなんとなくなし崩しに護廷隊みてぇなもんだろ」という事らしい。

執拗に酒を勧めてくるろくでなしどもを順番に返り討ちに処し、なるべく目立たないよう隅の席でルキアや恋次を話し相手にちびちびと唐寿美をあてにお茶を飲んでいると、騒いでいる酔っ払いの中でもいやに目立つ金髪美女の暴れぶりがやたらと目についた。

特に注目していたわけではないが、どうしたって目に入る金髪の豊満美女…十番隊副隊長松本乱菊は、事在る毎に自隊の隊長に抱きついたり頬ずりしたりその凶器のような殺戮バディに顔を埋めさせたりしている。

あまりにイチャイチャしているので「あの2人はデキているのか」と恋次に聞いてみたが「そんな馬鹿な」と笑い飛ばされ、ルキアも横で「アレは上官と部下のコミュニケーションの一種だ」と真面目くさって腕を組んでいた。

その返答に一旦は納得したものの、度々視界に入ってくるあの2人のコミュニケーションとやらはやはり常軌を逸している。

乱菊はつかず離れずで冬獅郎の傍にいるし、檜佐木に茶々を入れてみたり、射場に色目を使ってみたりした挙句、結局冬獅郎に飛びついたり抱き寄せたりしていた。

それはぬいぐるみを愛でる所作に似ている気もするが、相手は立派な死神男子だ。

いかにその見た目が子供のようでも確か中身は数十年の歴史のある男性だろう。無防備にその巨乳を押し付けるのは首都圏のオフィスあたりでは逆セクハラとして訴えられかねないハラスメント行為だ。

見た目的にあまり気にされていないようだが、上官と部下があんなにベタベタとくっついていて誰も何も思わないとは護廷隊とはなんとも労務管理が杜撰だ。

また一護がより一層信じられないのは冬獅郎の態度だ。あの巨大な果実を目の前に押し付けられて取り乱しもせずに迷惑そうに押し戻すなど健全な男子の仕業とは思えない。一体あの日番谷冬獅郎という男の精神構造はどうなっているのだろう。

そこまで1人逡巡して、ふと思い至った一護は遠くに向けていた視線を手元に戻した。

「あ、もしかしてあれか?冬獅郎は男色…」

いいかけたところで一護は話し相手が視界から消えた事に気づく。

「あれ?」

周囲を見回すと、話し相手…だったはずのルキアは一護の膝元に顔を寄せて寝息をたてていた。

「…飲みすぎだな…弱ぇくせにホイホイ杯受けやがって…」

ため息をつきながらルキアの体を起こしかけ、その紅潮した頬に、一筋乱れた髪に、一護は密かに脈を乱す。

そんな些細な動揺など誰に気づかれるはずもないのに、何かが後ろめたく、ひとつ咳払いをして気恥ずかしさを誤魔化すと、近くに居た隊士に声をかける。

「悪ぃ、こいつ酔いつぶれちまったんだけど、どっか休ませる部屋あるか?」

ルキアを指しながら言うと、隊士は、ああ、と苦笑いしながら戸口を指差した。

「毎年そういう方が大量に出ますから、出てすぐ右手に仮眠用の部屋が大量に用意されていますよ」

「大量に…ね…」

例年の盛況を想像しながら、酒が呑める年になったら絶対来るのはやめよう、と一護は心に誓う。

「じゃ、ちょっとそこにコイツ放り込んでくるわ」

「はい、…あ、たまに意識のある酔っ払いが絡んできたりしますから、気をつけてくださいね」

「お、おう…」

なんだその不吉なフリは、と眉を寄せながらもヒョイとルキアを持ち上げ荷物のように肩口で抱える。

言われた通り、廊下を右へ右へと進むと、幾つもの襖が並ぶ廊下に出た。

「お、ここだなー…」

独り言を呟きながら一番手前の襖を開くと。

「…なんじゃこりゃぁ…」

20畳ほどの広さのその部屋には所狭しと黒装束が転がっており、その概ねはむさくるしい男たちだった。

おそらくは自隊の上官に無理からに飲まされた若手なのだろう。皆、酷い顔色で呻いている。中には何かをぶつぶつ唱えている者も居た。

「…地獄絵図だな…」

一護はぴしゃりとその襖を閉じると次の襖を開く。しかし次へ次へと開いても多少の差はあれどの部屋も同じような有様で、ようやく誰も使っていない小部屋を見つけたときには随分と時間が経っていた。

やれやれとルキアを降ろすと、平和そうな寝顔がごろりと安物くさい布団に転がる。

木賃宿のような情景がやけに艶かしい、と一護は顔を熱くした。

「くそ…こんなところで負けねぇぞ……」

欲求不満か、と自分に突っ込みを入れながら、しかし浅く乱れた胸元の掛け合わせや、敷布に散らばる黒髪は青少年の衝動を刺激して当然だ、と、思う。と、自分に言い訳しながら一護はぎくしゃく視線を外した。

「…ルキア相手に欲情してるようじゃ末期だよな…」

独り言で誤魔化しつつ、ルキアに布団を被せて部屋を出ると、ほど近い位置で聞き覚えのある声が聞こえた。

「やだやだ、もー、なんでそんな冷たいんですかぁ」

「冷たくねぇ。とにかく今日はトバしすぎだ。一回頭冷やせ。てゆうか寝ろ。起きてくるな」

「いーやぁだぁー!置いてかないでくださいよー!」

「うっ…引っ張るな!自力で立てねぇぐらい酔っ払ってるくせにまだ飲む気か!」

一護が眉を寄せてきょろきょろと辺りを見回していると、斜向かいの襖がバシンと開き、転がるように冬獅郎が飛び出てきた。…乱菊に押し倒されるかのように。

「…あ」

3人の視線と声が揃う。

「あら、一護。そんなとこで何してたのよ、飲んでもないくせに」

目を細めた乱菊が「やらしー」と冷やかす。まんざら後ろめたい気持ちがないでもない一護は思わずうろたえた。

「う……別になんでもねぇよ…てゆうかアンタらこそ何してんだよ」

一護が指を突きつける先には冬獅郎の上にのしかかるように抱きつく乱菊の姿。確かに不謹慎極まりない。

「そぉんなの言えないわよー!ね、たーいちょっ」

「フザケんな。テメェは寝てろっつったろ。…それから黒崎、酔っ払い相手にムキになるなよ」

一護に負けないほど眉根を寄せた冬獅郎はため息の後に顔面にのしかかる巨乳を押しのけ、あまつさえ首根っこを掴み布団の中に放り込んで駄々をこねる部下を押さえ込んでいた。

「明日になるまでここから動くなよ。この部屋から出てきたら減俸に処するからな」

「えええー!横暴ー!職権卵黄ー!」

「卵黄じゃなくて乱用だろ」

「それー!」

「ああ煩ぇな…とにかく、今日はここまでだ。いいな」

冬獅郎の強い口調に布団の中から「仕事虫」「冷血漢」とぶつぶつ悪態を呟きながらも乱菊は拗ねたように丸まって動かなくなった。

それを見てひとつ頷くと、冬獅郎は襖を閉める。襖の向こうからはまだ呪詛のように乱菊のぼやきが続いていた。

「…いいのか、ほっといて」

「ほっとくほうがいいんだ。あの手合いは相手にすると付け上がる。で、…てめぇは戻るのか、あの乱稚気騒ぎに」

「ああ、まぁ、一応な。…冬獅郎はもどらねぇのか?」

「…日番谷隊長、だ」

「細けぇこと気にすんなよ」

「細かくねぇ。…まぁ、自隊の隊員の様子見たら帰るさ。長居すると享楽あたりが飲み比べでもしようと吹っかけてきやがって面倒だからな」

「ふーん。やっぱ酒とか呑むのか」

「悪ぃか?」

「いや、別に。…そうだよなぁ、やっぱ中身は大人なんだよなぁー」

「…何の話だ」

「なぁなぁ冬獅郎ってさ、女に興味ねぇの?」

「なんだ、ヤブから棒に」

「やー、だってよ、乱菊さんみたいなアレにあんだけ抱きつかれたりとかして顔色ひとつ変えないって…普通じゃ考えらんねえよ」

貧相なルキアの肢体でも、掛け合わせの隙間が覗くと信じられないぐらいに動揺してしまうのに、と考えたものの、それは声には出せなかった。

「死神になって以来、毎日毎日バンバンぶつけられてるからな…一般的な価値がどれほどのもんかは知らねぇが、俺にとっちゃ特にそういう意味のある感覚じゃなくなってるのは確かだな」

「そう言われると…イイんだか悪ィんだかわかんねぇな…」

「なんだ、黒崎はアレが好みか」

「は?いや、ねぇより在るほうがイイだろ、普通」

「そういう普通、の感覚がよくわからん」

「俺にはお前の感覚がよくわかんねぇよ…でもまぁ、やっぱりそうそう触る機会がないほうがありがたみはあるんだろうなぁ」

特に他意はなく呟いた一護の喉元に鋭い冷気が走る。

「言っておくが」

ひやりと感じた鋭い敵意は、刃ではなく視線だった。冬獅郎の。

「戯れにでも触れようなんて考えるなよ?」

その眼光の威圧に、一護は突っ込みも入れられずに立ち止まる。

たじろぐ一護におかまいなく、冬獅郎は「ああ、それから」と足を止め、視線だけで振り返った。

「…『女』には特に興味ねぇよ」

謎賭けのような言葉をのこして冬獅郎はその場を立ち去っていった。

意味のわからないプレッシャーを掛けられて一護は動けず戸惑う。

「…なんだよ、一体、俺が何したって…」

「あ、黒崎さん!ウチの隊長知りません!?」

突然背後から声をかけられ驚いた一護は背をのけぞらせながら振り返った。

「いきなり大声出すなよ!てかアンタ誰!?」

「え、あ、すいません、十番隊の者なんですけど、」

「…そうだっけ?悪ぃ、顔覚えんの得意じゃねぇんだ」

「いえいえ、そんな。お話したこともないですから。黒崎さんは有名なんで、僕が一方的に存じ上げてただけですよ」

恐縮した様子の隊員は頭を掻きながら、「それで、日番谷隊長、見てませんか?」と困ったような視線を向けてきた。

「ウチの隊、酔っ払うとタチの悪くなるのが多くて…隊長も副隊長もいないし、収拾つかなくて困ってるんです」

「あー…乱菊さんならどっかあっちのほうで酔いつぶれてたぞ」

「…やっぱり…」

肩を落とす隊員に一護は慌てて言葉を繋げる。

「あ、けどよ!冬獅郎はマトモだったぞ!隊員に声かけて帰る、つってたから、今頃宴会場に居るんじゃねえか?」

「ほんとですか!」

心底嬉しそうに顔を上げる隊員に「おう」と引き気味に一護は頷いた。

「良かった…これで解放される…」

「なんか、大変そうだな…新人か?」

「ええ、まぁ…下手に酒に強いと貧乏くじも多いんですよね…」

飲んでも飲んでも酔わない体質の彼は宴席のたびに後始末にてんてこまいらしい。何か自分に通じるものを感じて一護は同情気味に肩に手を置いた。

「おまえみたいのがいると、冬獅郎も助かるだろうな。副隊長があんなんだし」

つい今しがた見た絵に描いたような絡み酒に一護は目を伏せた。普通は副隊長が隊長をサポートするものだろうに、こと十番隊に限っては完全に逆を行っている気がしてならない。

そう言うと隊員は「いえいえ」と大げさに手を振った。

「隊長のナーバスさをカバーできるのは副隊長だけですよ。何事もバランスですから」

そう言って笑う隊員を見て、さすが苦労人は視点が大人だな、と一護は感心する。

「けどまぁ、乱菊さんのあの色香に惑わないでやっていけるのは冬獅郎ぐらいのもんだろうなぁ」

他の男なら、あの抱きつきには多少なりとも動揺するだろう。鬱陶しいもののように押し返せるのは冬獅郎以外に思いつかない。ああ、戦闘狂の十一番隊上官たちも興味はなさそうだ。

「ほんとに女に興味ねぇんだな」

立ち去り際の冬獅郎の言葉を思い出して一護は納得したようにひとつ頷く。

「そうですねぇ」

隊長健在と聞いた隊員は宴会場へ足を戻しながら、相槌のように一護に合わせて頷いた。

「副隊長以外に興味ないですからね、隊長は」

「ああ………は?」

ちょっとそれってどういうこと?と尋ねる間もなく隊員は「ありがとうございました」と立ち去ってしまった。

取り残された一護はぽかんとその背中を見送りながら「はぁ」と気の抜けた声を吐いた。

『女には特に興味ねぇよ』

『副隊長以外に興味ないですからね』

冬獅郎の言葉と、今ほどの隊員の言葉が頭の中で被さる。

女全般に興味はないという持って回った言い方は、興味があるのはひとりだけだという暗喩だったか。

「…めんどくせ」

どうやら護廷隊のよからぬ内情を知ってしまった気がする。

あの十番隊の隊長と副隊長の間柄が実際にどの程度のものかは知らないが、少なくとも隊長のほうは近寄る男を牽制する程度には独占欲を孕んだ想いを抱えているようだ。

恐らく本人はその気持ちに気づいていないか、気づいていたとして隠しているつもりなのだろう、という事はなんとなく一護にはわかってしまった。

それは自分にとてもよく似ている。

しかしながら隊員たちにはバレバレのようだ。あんな末端の隊員までが当然のように「隊長は副隊長しか見ていない」と断言するぐらなのだから、きっと隊内では公然の秘密なのだろう。いや公認と言うべきだろうか。

一般企業において上司と部下の関係は禁止される事が多いが、護廷隊においては問題ないのだろうか。

そんな他愛ない事を考えながら、一護は今歩いて来た廊下を振り返る。廊下は静かで自分の鼓動はやけにうるさかった。

「…まさか」

ぽつりと独り言をこぼし、浮かび上がった可能性を一護は否定する。

「そんなわけ、ねぇよ」

もしかしたら自分の中ですらあやふやなこのルキアへの想いが、周りにはあんなふうに見えているのではないだろうか、と。






FIN




雪見大福サン、リクエストありがとうございました!
日乱とゆーか、…構成がイチルキ?(笑)
日乱にハマり中です。いきすぎないように頑張りました。その結果です。←
本気だして考えたわりには色んな事が中途半端とかイワナイデ(ハァト


あきゅろす。
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