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るきたん2011


「サービス?」

「はいー。お得意様への誕生日プレゼントってやつですよ」


本日は晴天。

学校帰りに足りなくなったアレコレを補充すべく、私は浦原商店へと立ち寄った。

必要な物を買い込んだところで、浦原は怪しげな菓子をこっちに押し付ける。

特に飾り気のない板チョコのようだ。ちょっと小さいが。

「まぁ誕生日は明日ですが。プレバースデーって事で。日ごろのご愛顧に感謝して当店からのプレゼントです」

胡散臭いことこの上ない。

「…貴様何故私の誕生日など知っておるのだ…」

「顧客データの掌握は商人なら当然っス」

…与えていない情報を勝手に掌握するのは犯罪ではないのか。

「ま、ま、細かい事はお気になさらず。この一見ただのチョコ、なかなかスンバラシィ効能があるんですよ!」

得意気に扇子を開く浦原に疑念は高まる。

「貴様が推進する物はロクでもないからな…」

「こりゃ手厳しい!」

ぺちんと扇子で額を叩く浦原にチョコを返すと出口へ向かう。

「ではな」

「いやいやいや待ってくださいよぅ!」

「ええぃ要らぬと言っておる!勝手に鞄に入れるな!」

「そうおっしゃらずにぃ。コレ、人の理性を取り払う薬なんスよ」

後半、声を潜めて言う浦原につい釣られて拒否の手が緩む。

「人間、誰しも本音と建て前ってのがあるでしょ?コレはその建て前を溶かす薬なんス」

ひそひそと言われて思わず唾を飲む。

「本音が…」

揺れる私の心を見透かしたように浦原は低い声で続ける。

「一護さんて…意地っ張りっスよねぇ」

「…ああ」

「素直に愛情表現できるタイプじゃぁないっスよねぇ…」

同情するように言われ、思わず声に熱が入った。

「そうなのだ!どうも情熱や欲望のようなものが欠けておる!」

「わかりますわかります。悪気はないにしても、淡白な態度は女性にしてみれば不安材料でしょう」

「まったくだ!大体あやつ、やる事だけはやるくせに毎度言葉が足りんのだ!」

「そうでしょうそうでしょう。そんな時こそコレ!」

浦原は私に押し付けていた板チョコもどきを手にとって掲げる。

「で〜る〜で〜る〜ホ〜ン〜ネ〜」

聞き覚えのあるようなダミ声でタイトルコールすると、再び私の手に乗せる。

「日ごろ口に出来ないような心の深層を表面化させる、いわば自白剤!本音に歯止めがかからなくなるからある意味催淫剤としても使えるスグレモノ!」

「さ、催淫剤!?」

すっかり浦原の口車にのせられた私は興味津々で聞き返す。

「はいー!男なら誰しも持ち合わせる性的欲求もまたある種のホンネ!沸き起こったが最後、歯止めが効かなくなる事請け合い!」

そこで一旦言葉を切り、扇子で口元を隠しながら、ひっそりと私に耳打ち。

「そりゃぁ情熱的なひとときとなるでしょうねぇ…」

そちもワルよのう。




「あっ、おかえりルキアちゃん!遅かったね?」

まんまと浦原に乗せられた私は結局、板チョコもどきを手に黒崎家へと帰宅。

穢れなき遊子の笑顔にちょっぴり気恥ずかしくなる。

「あ、ああ…ちょっとな…一護はどうした?」

「お兄ちゃん?部屋に居るよ。さっきなんか騒いでたけど」

おたま片手に首を傾げながら2階へ視線をやる。

「そうか…」

「あ、もうすぐ晩御飯だから!お兄ちゃんにも言っといてね!」

「ああ、わかった」

笑顔に笑顔で応え、ダイニングを後にする。

階段をのぼってすぐの一護の部屋の前に立ち、深呼吸すると、鞄から件のチョコを取り出した。


…さて、どうやって渡そうか。


浦原いわく、これは食べてから一晩で効果が出始めるらしい。

明日は私の誕生日ということで、一護と一緒に出かける事になっている。まぁ、出かけると言っても街をぶらつく程度なのだが。

どうせなら、生まれを祝う日に、建前や格好を取り払った一護の本心の姿が見たい。

それに、その、情熱的な、あれとか。

そのためには本日中に食べて頂かない事にはお話にならない。

渡しただけでは食べるのが後日になってしまう可能性もある。

どうしようか部屋の前であれこれと考えいると、考えがまとまらないうちに戸が開いた。

「…何やってんだ、おまえ」

呆れた声が上から降ってくる。

ああ、まだ作戦ができていないのに。

うろたえながら「ええと」と見上げると、一護は「あ」と言いながら私の手の中にあったチョコを取り上げた。

「お、おい…」
「なんだ、ちゃんと買ってきたのか」

え?

意味がわからずきょとんとすると、一護は機嫌よさげに躊躇いなくそのチョコもどきの包みを破る。

「あっ」

あっさりと口に入れた一護に思わず声を上げると、今度は一護がきょとんとした顔でこちらを見る。

「なんだよ」

「え、いや…」

口ごもる私を気に留める様子もなく、そのままパリパリと全部食べてしまった。

「ふー。やっぱ食いたい時に食うのが一番美味いな。引き出しの中のヤツなくなってた時には真剣にムカついたけど」

そこでやっと合点がいった。

そういえば一護が机の引き出しに取り置きしてあるチョコを先日勝手に食べてしまっていたのだ。

それに今気づいた一護は、私が食べたぶんを買って帰ってきたと認識したのに違いない。

手間が省けたとほくそえんだ私は「夕食が近いと遊子が言っていたぞ」と尤もらしく言い残して部屋の戸を閉める。


策は隆々…後は仕上げをご露じろ。




そして翌朝。

窓から外を見ると見事な晴天。

気分良く部屋を出ると、丁度寝起きの一護とばったり出くわした。

「おはよう!一護!」

期待を隠し切れない高揚感で声をかけると、まだぼんやりとしている一護が首を掻きながら「おー」と気の無い返事をする。

…なんだ…いつもと変わりないではないか…。

少しがっかりしながら、それでも気を取り直して「しゃきっとせんか!」と一護の背中を叩く。

「出かけるのは10時だぞ!ちゃんと間に合うように仕度を…」

しろ。と言いかけて私は言葉を失う。

一護が突然ぎゅううと抱きついてきたからだ。

「やだ…ねみぃ…」

それは耳を疑うほど甘えた声だった。

狼狽しながらもどうにかこうにかやんわりと突っ込んでみる。

「…一護?寝ぼけておるのか?」

一護は私を抱き込んだままぐりぐりと首を横に振る。

「とりあえず、離せ」

また首を横に振る。

「やだ」



…これが薬の効果、か…



私は遠い目になる。

一護の本性は野獣ではなくとんでもない甘えん坊という事だ。

なかなか私を放さない一護をなだめすかして引き剥がし「とにかく朝食を食べよう」と1階へと連れて行く。その間も一護は私の手を離さない。

いつもと様子の違う兄に2人の妹は開いた口がふさがっていなかった。

それはそうだろう。

ぴったりと私の横に張り付き、自分の食事もそこそこにずっと私を見ているのだから。

その眉間に皺はなく、なんならちょっと微笑んでいる。



…恥ずかしい…。



決してイヤではないが、非情にいたたまれない。やりづらい。

喉の通りも悪く食事を終え、そそくさとダイニングをあとにする私に金魚のフンよろしくくっついてくる。

「…一護…仕度をする間くらい離れてほしいのだが」

するととたんに寂しそうな表情になる。

く…くそ…ちょっと可愛いではないか…。

普段なら決して見ることのできない種類の表情につい気を許しそうになる。

・・・いやいや、私がしっかりしなくてどうする。

気を入れなおすと、「貴様の準備ができたら来い」と結局甘い事を言いながら部屋から追い出した。



それから約10分後。

部屋の戸を叩く音がする。

…もう来たか…。

予想通りの速さにため息をつきつつ部屋の戸を開く。

開いた途端に長身がまた抱きついてきた。

「こらこら…もう出かけるのであろう?くっついていたら出かけられんではないか」

背中をタップすると「へーい」と言いながらやっと体を離す。

離れた瞬間、じっと私を見た一護は、「かわいい」と言って私の頬を撫でながら優しく微笑む。


…ありえない。


目の前で繰り広げられる睦事はもうこの世のものとは思えない。

一護はどうやら、甘えん坊なだけではなく、極度のフェミニストのようだ。

こんな恥ずかしい生き物と一日一緒に居て大丈夫だろうか。そんな不安が胸を過ぎった。






その不安は概ね的を射ていた。

日常会話に支障はない。

一見、いつもと同じ一護に見える。

しかしその手は繋がれっぱなし。普段なら恥ずかしがって絶対しないのに。

そしていつもなら小競り合いから口げんかへと発展するような会話も全て吸収されてしまう。


例えばこうだ。

「なぁ一護、ちょっとあの棚の本を取って貰えないか」

「ああ…ってかおまえホントちっせーなー」

「なに!?」

いつもならここで言い合いが始まる。

が。

「まぁ、そこが可愛いんだけどな」

にこ。



…或いはこうだ。

「喉が渇いたな。何か飲み物でも買うか」

「あぁそうだな…買ってくるから待ってろ。…いややっぱり一緒に行こうぜ」

「いや、私が行って来るから一護はここに居ろ」

「だーめだ。おまえ1人になるとすぐナンパされるじゃん」

「難破?」

「…ちげぇよ。男が寄ってくるって事。ガード甘いんじゃねぇの?」

「なに!?私のせいだというのか!」

…いつもならここで言い合いが始まる。

…が。

「そうだなぁ…おまえがかわいすぎるせいだな」

にこ。



……更に言えばこうだ。

「おお!一護!ウサギグッズがたくさんあるぞ!見ていこう!」

「げ…俺にこのウサギまみれのラブリーな店に入れと…?」

「同行するぐらい良いだろう!」

「いや…俺はちょっと…」

「なに!?ウサギを馬鹿にする気か!」

……いつもなら(以下略)


とにかく。

家を出てから今までにもう何百回「かわいい」を聞いたか知れない。

もちろん悪い気はしない。

しかし正直心臓に悪い。


家路につくころにはもう私は疲労困憊だった。精神的に。

「疲れたか?ルキア」

一護が心配そうに私を覗き込む。

大丈夫だ、と答える声にも張りが無い。

感じ取った一護が「ごめんな」と頭を撫でた。

「俺あんま気の効いた事できねぇからさ…誕生日なのに、大した事できなくて悪かったな」

あまりにも素直すぎる謝罪に、思わず目頭が熱くなった。

「…いいや…果報者だ。私は」

この素直すぎる一護は、いつもの一護とはあまりにも違うけど、でもそれも一護の一部で、一護のホンネで。

それだけで充分だ。余りある。

「なんか、今日は言葉がスラスラ出るんだよな。よくわかんねぇんだけど」

歩きながら首を傾げる一護にギクリとする。

「いつもなら飲み込んだり、憎まれ口言っちまうようなところで、ちゃんと言えるんだ。思ってる事。不思議だよな」

おまえの誕生日だからかな?と笑う一護に少し良心の呵責を感じる。

「だから、さ」

立ち止まった一護につられて私も足を止めた。

「フツー絶対言えねぇけど」

真剣な声に息を呑み眼差しを返す。

私は、期待している。






「愛してる」



一度目は手探り。



「愛してる」



二度目は噛み締めるように。



「愛してる」



三度目は触れるほど近くで。




一生分の『愛してる』を貰った気がした。


















次の日。


「……ありえねぇ…ッ!!!」


薬の効果の切れた一護は寝起き一番に記憶置換の使用を訴え、もちろんそれは却下した。

「いやいやいや…落ち着け俺…なんであんな…」

寝台に伏して悔恨の念に囚われる一護は既にまったくいつも通り。

「まぁそう落ち込むな。私は嬉しかったぞ?」

肩を叩いたが、却って落ち込みは酷くなった様子。面倒臭い男だ。

「過ぎた事にいつまで悔やんでおるか!男だろう!」

「うるせぇな!おめぇ大雑把すぎなんだよ!」

「なに!ヘタレのくせに!」

「ヘタレ言うな無神経!」

「甘えん坊!」

「暴力女!」


稚拙な罵りあいはいつものごとく延々と続き、それに疲れた頃どちらからともなくあっさりと引く。


「…腹へったな…」

「そうだな。そろそろ昼だ。下に降りるか」

「おう。…あ、そうだルキア」

「ん?」

部屋を出ようとしたところで、突然思い出したように声をあげた一護を振り返ると、「ほれ」という声とともに目の前に何かが飛んできて、反射的にそれを受け止める。

「お、さすが死神、動体視力いいな」

からかうように言うと、一護は私の横をすり抜けて先に階下へと降りていった。

私の掌には小さな輪っかがひとつ。

それは右手の薬指に不思議なほどぴったりのサイズだった。

「莫迦者が…」

溢れるほどの愛情と、独占欲。

想いが形になったかのようなそれを身につけ、何食わぬ顔でダイニングへと向かう。

一護は興味なさげに装いながら視線が私の手を確認していた。

言葉の足りない私達。

けれど、

足りない言葉以上にそこかしこに散りばめられた想い。



それが私達の日常。





FIN



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