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 繁華街での揉め事なんて日常茶飯事で、だから常なら気にも留めないとこなのに。

 この時ばかりは違った。

 キャンキャンと喚くおばさんと、年の若いおまわりさん。そんなふたりに行く手を阻まれ困惑しているのは、あろうことかリルのお目当て『響 京(ひびき きょう)』その人だったのだ。

 こっそり影から見守るなんてできっこない。

 彼が、あの響 京が、引ったくり犯の濡れ衣を着せられようとしているのだから。

 最近この辺りでは引ったくりが何度もあって、背格好が彼によく似ているというのだ。

「3日前に私の鞄もひったくったのよ!」

 この男がやったに違いないと、おばさんは言い張る。

「あんただったわよ。間違いないわッ」

 バイクで、メットをかぶった、黒のライダージャケットの男。

 だからさっさと盗った物を返しなさいと、おばさんは言うのだが。


 そんなはずないでしょう!?


 藤谷(ふじたに)リルは、もういてもたってもいられなくなった。

 だってだって、あの響くんがだよ、引ったくりなんてそもそもするはずないじゃない!
 女の子が川に落とした麦藁帽子、取りに行ってあげちゃうような人なんだよ。

 足下に擦り寄ってきた野良猫なんか、笑顔で抱き上げちゃうような人なんだから。

 それにおばさん、メットかぶったっていう男の顔、ちゃんと見たわけ?

 響くんみたいなハンサムさん、そんじょそこらにちょっといないよ!?

 なのにおばさんの言葉を真に受けて、おまわりさんは響を連れて行こうとしている。

「詳しいことは交番で聞くから」

「でも俺、引ったくりなんてやってねーし、ここにだって来たの久しぶりで……」

「こらこら、抵抗すると君の立場が悪くなるだけだぞ」

「いや、俺、本当に違うから」

 このままじゃおまわりさんに連れて行かれてしまう。


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あきゅろす。
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