Present 26000hitキリリク/文 今宵FullMoonの下で 「駄目なんだよな、もう」 信長はボヤいた。 本日は晴天なり。 今夜は十五夜らしく、良き月が煌々と目の前の庭を黄色く照らし、なかなか幻想的な雰囲気になるに違いない。 だが、信長はそれを駄目だと言い切った。 それには恒興が驚愕した。 「なんでぇぇぇぇぇぇえ!!??お屋形様、なんでぇぇぇぇぇぇえ!!??」 「なんでって。決まってンだろ?団子が調達できてねぇからだよ」 信長のその理由は、恒興の隣で黙って座っていた成政に長く息を吐かせた。 信長が“大事なことじゃねぇかそれはっ!”と黄土の瞳をギラギラさせて睨みつけると、成政は肩を竦めて何も言わなかった。 恒興はというと…。 「団子がない!?そりゃ大変だっ!」 成政がまたまた長く長くなが〜く息を吐き出した。 「こいつぁ調達しないと駄目ですね、お屋形様!ヘイ、たっきー!!」 恒興がパンパーンと信長があの光の忍を呼び出すときと全く同じ拍数で手を叩くと、あろうことか天井板をガタッと外してあの忍が華麗に床へと降りたったのである。 これには成政だけではなく、信長も驚いた。 「お呼びですね、池田殿」 しかもいけしゃあしゃあと! いやお前主以外の呼び出しにもそんなに素早く応えるのかよッ…と信長は心でツッこんだが、滝川一益は決して恒興の為だけに登場したのではなかった。 もちろん信長の為だ。 「団子を調達すればいいのですね?」 「ウン。大量にネ。お屋形様、山積みにしたいみたいだからネ」 「信長様の御命令とあらば」 「や、別におれ、命令はしてねぇけどもよ」 「信長様の御命令とあらば」 「あ、うん…じゃあ命令ってことで…」 一益は慇懃に頷いた後口の端を僅かに上げて微笑むような仕草をし、ピカッと光って消えた。 団子を一益に任せ、恒興は俄然やる気になったようだ。 “みんなに声掛けなきゃ!”と跳んで立ち上がった。 「ぢゃ、愛する恋人お屋形様vVまた月の美しい今宵、お目にかかりましょうv」 「恋人じゃぁねぇが、りょうかーい」 そんなこんなで信長はすっかり諦めていたお月見が、今夜、行われることになった。 --------- 恒興の友人網がなかなかのものだというのを信長は知っていたが、まさかこれ程までとは。 利家や成政、それに良之や兵衛丸、ノリの良い可成や長秀が参加することはわかっていたが、よもや堅物の勝家や通勝を誘いだすとは。 その二人が来ると言えば、信盛など他の連中も相当重要な用事が無い限り欠席することはできない。 それもあって、庭は立食パーティーさながらにぎゅうぎゅう詰めで、月見どころではなかった。 だが信長はそれに不満を抱かなかった。 そもそも恒興に一任した時点で、優雅なお月見にはならないことなどわかっていた。 「父、団子がない」 庭でワイワイガヤガヤと騒いでいる家来達を縁側で足をぶらつかせながら見ていた信長は、右隣で不満げにぽつっと呟いた嫡子奇妙丸を見遣った。 奇妙丸に寄りそうように頭一つ小さい三男三七も、兄に追従してウンウン頷いている。 信長は奇妙丸のデコをピンッと弾き、次に腕をぐんっと伸ばして三七のデコも弾いた。 「団子くらいでやいのやいの言うんじゃねぇ」 最初やいのやいの言っていたのは他でもない信長である。 庭先で成政がこちらを見ている様な気がしたので、信長は成政を見ないようにシュパッと首を左に振って、廊下の向こうから白湯を乗せた盆を持って歩いて来る濃を見た。 濃が歩きづらそうにしているので足元を見ると、濃の左足をキュッと両手で握っている小さな影があるのを確認した。 次男茶筅丸だ。 幼い頃の自分にそっくりな次男坊に対して、信長は奇妙丸や三七には抱かない不可思議な感覚を持つことが多々あった。 息子の中で特別好きだとか、嫌いだとか、そういうのではない。 「この子もご一緒によろしいですか?」 「おういいぞ」 「ずっと柱の影から見ていたようです」 「そんなことしてねぇでさっさと出てこい、馬鹿」 茶筅丸はオズオズと…決して信長の目を見ないように頷いた。 茶筅丸の信長と同色のその黄土の瞳が、尊敬すべき長男奇妙丸と世界で一番大嫌いな三七が並んで座っているのを映し込んだのだが、その瞬間、大人しく気弱そうに見えた茶筅丸が豹変した。 濃の足をパッと離し、ツカツカツカと信長の後ろを早歩きで通り過ぎ、三七の肩をドンッと押して退け、まんまと奇妙丸の隣に座った。 そして横ざまに倒れた三七に傲慢な態度で指を差し、幼い頃の信長そっくりの声色で吐き捨てた。 「兄上のとなりにすわるでない、三男ごときめが!くうきがけがれる!!!」 三七は廊下に電気でも流れたのではないかと信長が思ってしまう程発射されたミサイルの如く素早く起き上がり、次男茶筅丸の胸元を引っ掴んだ。 茶筅丸の顎が上がった。 「えらそうな口たたくんじゃねぇよ!てめぇこそくうき汚してんじゃねぇか!さっさと消えやがれ!」 三七の声色は茶筅丸ほど吉法師に似てはいなかったが、言葉遣いが平手政秀が治させようと苦心した末諦めた、あの酷く汚い言葉遣いとほぼ同じだ。 一触即発の気配に濃だけがオロオロした。 争いの原因の奇妙丸は弟二人を蔑むように目を細めて不快げに睨んでいたし、庭の家来の中で利家や成政など数人は主の息子の小競り合いに気付いているようだったが完全に無視している。 信長も同じだ。 この二人の“大好きな兄上奇妙丸”を獲り合った喧嘩は今に始まったことではないし、当事者の奇妙丸はというと弟二人に対して地面を這う毛虫以上の興味を持っていない。 それより信長は団子の到着を心待ちにしていた。 …と。 「失礼」 黄色い月明かりよりもウンと明るい作られたような白い光が目を潰す閃光のように一瞬庭に満ち、直ぐ消えた。 信長が目をぱちくりさせると、勝家の隣に待ちに待った団子…否、滝川一益がいた。 「遅かったじゃねぇか」 「申し訳ございません」 一益は腕に大きな麻袋を抱えていた。 可成と談笑していた恒興がビューンと飛び出し麻袋を引っ手繰るように一益から奪ったのだが、あまりの重さによろよろとよろめいた。 グラグラしながら信長の元に寄ってきた恒興は、信長の左隣に麻袋を置き、口を縛っていた紐を解いて中身を暴いた。 信長が覗き込むと、それはもう山の様な月見団子。 信長の…というよりは恒興の言った“山の様な団子”を、一益は確かに調達してきたのだった。 「わぁい!!団子団子っ!!」 「これは凄いですね」 濃だ。 「高杯に盛って、余った分はお皿に少しずつとって皆さまに配って回りましょう」 「ガッテン!!おれっちも手伝うよぅ、奥方様!」 濃と恒興が協力してそれを行っている間に、一益は月光の下から退こうとしていた。 信長が声を掛けたので本当に退きはしなかったが、そうでなかったら一益は本当に帰る気だったのだろう。 一益の付き合いが悪いわけではない。 主の私生活に不躾に干渉しない…一益はそういう男なのだ。 「ありがとな、一益」 「勿体無きお言葉。恐れ入ります」 「お前もここに残って、みんなと月見してけよ」 「それが信長様のご命令とあらば」 「……ったく。楽に生きろよ。苦しいだろ?」 「苦しんでいる自覚はございません」 「ま、いいや」 人種が違うのだから、これ以上何か言うこともできない。 自己中王信長がこれ以上自分の意見を押し付けようとしなかったのは、とりあえず一益がこの場にいてみんなとワイワイすることを嫌がっているわけではないのだと、感じ取ることができたからだ…多分だが。 何せ一益の感情は余程の手練れでなければ読めない。 「お前、この団子どうやって集めてきたんだ?」 「女を引っ掛けました」 「そうか女を……は?」 「十五夜当日の昼から月見団子など探し回りましても手には入りません。ですので、そういう季節物を買い集めていそうな大店の女を引っ掛け、貢がせました」 「…お前、末恐ろしいな」 「お褒めの言葉として頂戴しておきます」 恒興に一番に手渡された団子のたっぷり盛られた皿を受け取りながら。信長は呆れ顔で小さく息を吐いた。 「…あのさ、一益」 一益は団子を手渡そうとしてくれる恒興に“私は最後で構いません”と断りを入れてから、信長に向き直った。 恒興は奇妙丸に団子を渡してそのツンツン頭を撫でて手を叩き落とされ、しゅんと落ち込みながら茶筅丸、三七の順番に皿を渡していた。 三七は不満げで、恒興に対して“ブッころすぞ”と脅し文句を吐き捨てていた。 「あんまり安売りすんなよ」 「?」 「体も心も」 「安売りとは?」 「いや、だから…」 「信長様の御為に致すことを安売りなどと思ったことは一度もございません」 「馬鹿。団子程度で」 「信長様にお喜び頂けたなら、一益はそれだけで満足にございます」 一益が月光の柔らかい光よりもずっと柔らかい笑みを浮かべたので、信長は驚いた。 昔の一益は仏頂面ではないが殆ど無表情でとっつきにくい男だったのだが、ここ最近はそうでもない。 その理由は、多分…。 「たっきー、ほら!食え食え!!」 利家が一益の首にラリアットよろしく腕を絡ませてきた。 “信長様、団子ほんとに美味しいですよ!”と騒ぎながら、利家は既にいつもの無表情に戻っている一益をずるずる引っ張って、仲間達の輪の中に戻って行った。 一益は抵抗せず、利家が差し出した団子を食べた。 その光景を見ていると、不思議と胸の奥がぽかっと温かくなった。 信長は、淡い光の源を、見上げた。 天高い場所で丸く黄色く発光するそれは、太陽よりも弱い。 だが太陽は目で見ることができない。 月の方が、太陽より優しい。 「信長様」 ふふっと笑みを漏らし、濃が信長の左隣にちょこんと正座した。 団子を配り終わったらしい、恒興は既に利家の背中にひっつき虫のように抱きついて、利家をやきもきさせていた。 「濃が、信長様のお考えになられていることを言い当ててみましょうか?」 「へぇ、そりゃ一興だな」 奇妙丸が信長の右隣から庭に降り、団子の口一杯に頬張りながら信盛と通勝とで何やら和気藹々と話し込んでいる勝家の方に駆けて行った。 きっとすぐ横で“どちらの団子の方が量が多いか”で取っ組み合いの大喧嘩を始めている弟二人に辟易としたのだろう。 信長は奇妙丸を好きにさせておいた。 「おれが何を考えてるって?」 「おれぁ幸せ者だなぁ…と、お考えでしょう」 信長は満月のように丸い団子を一つ、口にぽいっと放り込んだ。 そして右手を後ろについて軒下から満月を見上げ、左手で濃の肩を抱いた。 「お前もいるしな」 濃は真っ赤になって、小さく頷いた。 今宵、FullMoonの下で。 僕は幸せを噛み締める。 end ********* 織田家十五夜お月見パーティーです^^* たっきーは信長の為なら体くらい売るわよ(ぇ 神夜様、キリリクありがとうございました♪ これからもよろしくお願いします!! *back**next* |