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22222hitキリリク/文
(濃姫)


22222キリリク/民燿様




























蝶よ華よと育てられ、彼女は織田信長に嫁ぐ。
…のだが。
これは、その時よりも十年も前のお話…。











斎藤道三の秘蔵の愛娘帰蝶姫は、それはもうおしとやかで穏やかで愛らしい姫君だった。

「ちちうえさま。きちょうはおてだまがじょうずにできるようになりました」

と、帰蝶が言葉通り上手にお手玉をすると、道三は禿げ上がった頭を掻きながら、それはもう表情を崩して微笑むのだった。
帰蝶はそうやって笑ってくれる父が大好きだったが、戦から帰って来たばっかりの目が血走った父は好きではなかった。
ある日、言ってしまった。

「ちちうえさま、きらいです」

本当は“ちのにおいがするちちうえさま、きらいです”と言いたかったのだが、何せ言葉足らずなので、道三はすっかり誤解してしまった。
幼心に、帰蝶は自分が言ってはいけないことを言ってしまったのだと思った。
何せ、それまではほんの僅かでも暇があれば奥の部屋まで会いに来てくれていた父が、“ちちうえさま、きらいです”事件以来ぱったりと顔を見せなくなったからだ。

「父上様は尾張との戦でお忙しいのですよ。姫」
「ちちうえさまはきちょうがきらいになってしまったのですっ…ふぇぇっ…」
「あぁ、姫君。お泣きにならないで下さいませ…」

帰蝶が寂しくてさめざめと泣いていると、その噂を聞きつけたらしい、七歳年の離れた兄が会いに来てくれた。
この兄もまた、帰蝶にベタ惚れで甘々なのだが…。

「あにうえさま…」
「帰蝶。泣いてはだめだよ。せっかくのかわいい顔がめちゃくちゃじゃないか」

帰蝶にとって七歳年上の十一の兄はとても大人に見える。
背もうんと高くて、大人と同じくらいだと帰蝶は思っていた。
帰蝶はこっくり頷いたが、それでもまだ涙はぽろぽろ落ちた。

「いいじゃないか、はげに嫌われても。兄上もめいっぱい嫌われているよ。おんなじじゃないか」
「よくないです」
「あんなはげのどこがいいの」
「ちちうえさまのあたまはぴかぴかしていてきれいですよ」
「……お前の祝言の相手が、はげでないことを心からねがうよ…」
「?」

兄の豊太丸は毒々しげな表情を浮かべてから、“なんでもないよ、なんでも”と、帰蝶の両頬を手で包みこんでうりうりっとしながら微笑んだ。
帰蝶は少しだけ元気が出た。

「あにうえさま、おねがいごとがございます」
「なんだい?」
「ちちうえさまとなかなおりしたいです。どうすればよろしいのですか?」
「さぁ…それはどうだろうね…。私は過去いちども、あのはげと和解したいと思ったことがないからな…」
「おねがいしますっ、あにうえさまっ。おしえてくださいっ」

兄豊太丸は片方の眉をくいっと上げて、帰蝶をしげしげと覗き込んできた。
帰蝶はそんな豊太丸の説得力のある深緑色の瞳を、ひしっと見つめ返した。
帰蝶の瞳は淡い水色なので、きっと豊太丸には自分が水の中にでもいるように映っているに違いない。
豊太丸はまるで恋煩いをする青年のように、ほうっと溜息を吐いた。

「いつもはあのはげが帰蝶に会いに来ていたんだろう?」
「はい」
「だったらこんどは帰蝶が会いに行ってやればいいじゃあないか」
「きちょうがちちうえのところにいくのですか?」
「そうだよ。私は行かせたくないが、帰蝶があのはげとの和解を望むなら、しかたがない」

帰蝶は今まであまり城の所謂“表”に行ったことがなかった。
お前は珠のように愛らしい姫なのだから表などに出てきて他の男に姿を見せてはいけないのだぞ、と、常に父に言い聞かされていたからだ。
が、帰蝶は兄の助言を受け、表まで父に会いに行くことに決めた。
侍女にその旨を伝えると、大反対された。
物凄く反対されたので、“反抗”という言葉を知らない帰蝶はあっさり諦めた。
次の日また会いに来てくれた兄にそのことを伝えると、豊太丸は大満足と言わんばかりに大げさに頷いた。

「行かない方がいいんだよ、帰蝶」

帰蝶は“あにうえさまはきっと、きちょうがいけないことをしっていらっしゃったんだわ”と思ったが、それを声には出さなかった。
豊太丸が用事があると言って去った後、帰蝶は諦めきれずに、他に方法は無いかと兄に尋ねようと後を追った。
兄の背中は直ぐに見付けたが、兄は目付の者と話しているようだったので、帰蝶は直ぐには声を掛けなかった。

「尾張の?…あぁ…吉法師とかいう、うつけな若のはなしか?」
「また何やらやらかしているようですよ」
「なになに…」

兄は手元に報告書の様な書状を持っていた。
帰蝶は“尾張”というのが父が戦っている相手だと知っていたが、“吉法師”という人は知らなかった。

「脱走…勝手に水練…市場荒らし…乱暴狼藉…。…一体どこの山賊のはなしだか…」

帰蝶はびっくりした。
“きちほうし”という人は“尾張の若”なのだから、身分は自分とは変わらない…というより、男の子なので女の子である自分よりは身分が高い筈だ。
だというのに、城を勝手に脱走したり危険なことをしたり、大暴れしたりするなんて。

「とってもやばんなおひとなんだわ…!」

濃は脳みそをがーんと揺すぶられるくらいのショックを受けると同時、その若のことを本当にすごいと思った。
きっと、吉法師とかいう少年は、誰に何を言われても自分のやりたいことをやってしまうような人なんだ…。

「…きちょう、ちちうえさまにおあいしたい」

帰蝶は今夜部屋を抜け出そうと、決心した。
屋敷の奥から表に行くだけの話なのだが、帰蝶はまるで一人で異国に出発するような、そんな不安とドキドキ感を抱えているのだった。





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帰蝶は隣の部屋で就寝している侍女を決して起こさないようにこっそりと廊下に出た。
部屋の前をゆっくりゆっくり通過しても、侍女が起きる気配は無かった。
普段から物静かで物分かりのいい帰蝶がまさか真夜中に寝具を抜け出すなんて、侍女はおろか親兄弟も考えていない。
帰蝶はパタパタと軽い足音だけ立てて、真っ暗な廊下を突っ切った。
前も後ろも黒ばっかりなので、帰蝶は“からすにかこまれたみたい…”と思って少しビクビクしていた。
だが一旦立ち止ってしまうと胸に五つも抱えているお手玉を落としてしまいそうだったので、頑張って走った。
帰蝶は渡り廊下を渡った。
この向こう側が父や兄の言う“表”というやつで、帰蝶は普段から“一人では絶対行ってはいけない”と言い聞かせられている場所だ。
帰蝶は高鳴る胸をお手玉を抱きしめることでぎゅうっと抑え込み、一歩一歩を踏み締めた。
そして遂に、表に足を踏み入れた。

「…ちちうえさまのおへやはどこかしら…」

帰蝶はきょろきょろと廊下を見渡した。
庭に面した廊下は今まで帰蝶が走っていた廊下よりも月明かりで僅かに明るかったので、なんとか夜目が利いている。
暫く歩くと、突然、前方の左手にある障子が開いた。

「あ」

月光の中、のっそりと部屋から現れたのは、探していた父だった。
父道三は部屋の中にいる誰かに声を掛けたのだが、返って来た声は帰蝶の知らない女の人の声だった。

「また、来る」
「本当にですの?明日の夜また、来てくださいます?」
「お前が望むならな」
「まぁ、御屋形様ったら…」

帰蝶はゆっくり父に近付いた。
道三はまだ、気付かない。

「ではな」

道三が襖をぴしゃりと閉めた。
帰蝶はぷぅっと頬を膨らませた。
誰かわからない女の人の所には明日も行くかもしれないのに、自分の所には遊びに来てくれないというのが、帰蝶に不満を抱かせたのだ。
帰蝶は“尾張の若”の話を思い出した。
まだ見ぬその少年のことを思うと、今からやってやろうと思っていることをやってもバチは当たらない気がした。
帰蝶は五つのお手玉を一旦廊下に置いてから二つを両手で持って、帰蝶に背中を向けて廊下の向こうへ姿を消そうとしている道三を追いかけた。
今までとは比べ物にならない程不用心に音を立てたので、道三は気配に気付いて振り返った。

「何奴……ぶっ!」

帰蝶はありったけの力を込めて、道三の顔面に道三からプレゼントされたお手玉を投げつけた。
それは実に見事にクリーンヒット。
道三が怯んでいる間に、もう一つを右手に持ち替えて今度は腹に投げた。
そして走って戻ると、残り三つは道三に向かって一気に放り投げた。

「きききき…帰蝶ッ!?」

ここにいる筈の無い娘を前に、道三は素っ頓狂な声を上げた。
一体何事かと女が再び障子を開いた…が、道三が“馬鹿者!娘に顔を見せるな!”とカラカラの声で叫んだので、女はバシッとまた障子を閉めた。

「い…如何した帰蝶っ。何故ここに…。表に来てはならぬといつも…」

道三はしどろもどろだ。
帰蝶はその澄んだ水色の瞳に並々と本物の水を溜めて、肩を揺らし始めた。
道三は声も無く口を大きく開いて悲鳴を上げた。

「帰蝶や帰蝶っ。父は怒っておらぬぞ。帰蝶帰蝶…」

道三が自分を抱きしめようと手を伸ばしてきたことに気付いたが簡単に抱きしめられてあげる気になれず、帰蝶は父の手から逃げるように後退りした。
道三の手は行き場を失い帰蝶が今まで立っていた場所でうろうろした挙句、結局冷たい廊下に下りた。

「きちょうはちちうえさまがきてくださらないから、きたのよっ!」

帰蝶はぽろぽろ涙を落としながら、訴えた。

「なのに、ちちうえさまはきちょうのところにはきてくださらないのに、しらないおんなのひとのところにはいくのですっ。きちょうがッ…きちょうがちちうえさまにひどいことをいってしまったのはほんとうにごめんなさいとおもっているのに…。ちちうえさまがきちょうのことをきらいなら、きちょうもちちうえさまのこと、きらいになるもんっ!」

帰蝶は足にこつんと当たったばら撒いたお手玉のうちのひとつを取り上げて、またブンッと投げた。
しかし今度は見事にキャッチされてしまった。
帰蝶は俯き、めそめそと泣いた。


………
……



「ほうら帰蝶」

道三の呼びかけが聞こえた。
だが、帰蝶は直ぐには顔を上げなかった。

「帰蝶や。ほうら」

何度も何度も呼んでくるので、帰蝶は真っ赤にした目を上げた。
すると、道三が焦ってオロオロしながら、三つも四つもお手玉をしているのが見えた。

「見事なものだろう?な?帰蝶や。泣かんでくれ、帰蝶」

帰蝶は目でお手玉を追った。
帰蝶はお手玉が好きだったので父にプレゼントされたこのお手玉でいつも遊んでいたが、父にはいつも見せるだけだった。
一緒にやろうと言っても、あまり得意ではないからとやんわり断られていたのだ。
くるくる回るお手玉に、帰蝶は思わず口元を緩ませた。

「ちちうえさま、おじょうずっ」

道三の表情が、急激に和らいだ。

「きちょうもしたいです」

道三はお手玉の手を止めると、お手玉を懐に戻した。

「もう遅いのでな、今夜はならぬぞ」
「でも…」
「明日の昼に、父上が帰蝶の所へ遊びに行っても良いかな?」

帰蝶は道三をじいっと見つめた。
そして、にっこり笑った。

「はいっ!ちちうえさま、あそびにきてくださいっ」

道三もこれ以上は無理だと言わんばかりに表情を崩した。
帰蝶はぱたぱたと走り、先程父の顔面にぶつけた五つ目のお手玉を拾い、父の元へ戻って来た。
そして、両手を父に伸ばした。
道三は家臣の前では決して見せないような笑顔を浮かべ、帰蝶を抱き上げた。

「帰蝶や。明日の夜は父上と一緒に眠ろうぞ」
「おんなのひとのところにいかないのですか?」
「良いのだ、女なぞは。父には帰蝶がおればよいのじゃ」
「ほんとう?」
「本当だよ、帰蝶」
「じゃあ、いっしょにねんねしましょうね」

帰蝶は父の大きな節くれ立った手が背中をトントンしてくれるのを、本当に心地良く思った。
そうして幸せだとも思った。
父と仲直りできたのは助言をしてくれた兄と見たことの無い尾張の若のお陰だと、帰蝶は心から思った。





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「それがおれのお陰だって?」

濃は自分の膝に頭を乗せてうつらうつらしている夫に、過去の父との想い出話をしていた。
夫の信長…つまり例の“尾張の若”は、鼻で笑った。

「お前が勝手に表に出たんだろうが。なぁにがおれのお陰だか」

“それよりさっさと耳掃除しろよ”と唇を尖らせる夫の耳が少しばかり赤かったので、濃は小さく笑った。














end










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濃の話と言うか、ただの濃愛され話と言うか(笑
豊太丸は勿論斎藤義龍さん。
兄と父から熱烈に愛されている濃(帰蝶)!
あー、是非時間があるときに、尾張のうつけに嫁ぐことが決まったときの斎藤家中の様子について描きたいですね…!

民燿様、いつもありがとうございます♪
これからもお互いサイト運営頑張っていきましょう!
リクエスト、本当にありがとうございました^^

















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