00≫≫2nd SEASON
猫の視線
(ライル+ティエリア)
―――ああ、まただ。
ティエリアを見てそう心の中で呟く。
ティエリアのその行動を知ったのはつい最近。
何て事の無い行動の一つかもしれないそれは、昔飼っていた猫と同じ仕種だと思った瞬間、気になるものに変わった。
そういえば、その猫の行動を会社の同僚に話した時に少し脅かされたっけ。
『動物が何も無い空間をじっと見てるのは、そこにはお前に見えない何かがいるからだよ』
まさか!
…そう強がりながらも、ちょっとマンションに帰るのが怖くなったのは秘密だ。
そんな猫と同じように、ティエリアは時折何も無い空間をぼんやりと見ている。
考え事をしているんだろうとは思うが、悪戯心から俺は食堂の片隅に座るティエリアの背後からそっと近付いて耳打ちするように声を掛けた。
「兄さんでも見える?」
急に声を掛けても驚くそぶりすら見せないティエリアに俺は些かがっかりし、次の瞬間、ティエリアの口から出た言葉に逆に驚かされる事になる。
「ああ」
「え…マジ?」
冗談のはずのそれがあっさりと肯定され、俺は思わず生唾を飲みながらチラリとティエリアの視線の先を同じように見る。
あそこに、居るのか?
どんなに目を懲らしても俺には見えない………いや、見えたら見えたでちょっと怖いけど。
しばらく二人で見ていると、ティエリアはふと視線を食事のトレイに戻し、盛られたポテトサラダにフォークを突き刺した。
「…僕が頭で作り出した幻覚だろう…最初は幻覚を作り出すほど自分が病んでいるのかと必死で幻覚を無視しようとしていたが、諦めた」
「は?」
「諦めて、眺める事にしている」
溜め息と共にティエリアはフォークに乗った僅かな量のポテトサラダを口に運んで、あとは残す気なのかトレイにフォークを置いてしまった。
「あんたなぁ…」
仮にも好きになった男の姿がそこに現れてるってのに、それを己の幻覚だと決め付けてあっさりと眺めるなんてどこまで現実主義なんだ!
これじゃあ兄さんも浮かばれない。
そりゃ、何度も出てくるさ。
そう兄さんに同情した時、ティエリアはぽつりと呟く。
「有り得ない」
「…?」
「幻覚ではない彼が僕の前に現れるなんて有り得ない。彼が現れるとしたら…君の所だろう」
俺は眉根を寄せる。
―――その姿があまりに痛々しくて。
別にティエリアは霊の存在を否定している訳ではなく、ニールが己の目の前に現れる筈がないと思っているんだ。
自分より家族の敵討ちを選んだ事が、兄さんのティエリアへの答えなのだと思い込んでいる。
「…今度見たら、声を掛けてみろよ」
それがあんたの幻覚じゃなければ、きっと笑ってくれる。
「………」
ティエリアは何も言わず、カタン、と軽い音を立ててトレイを手に席を立った。
食堂から出ていく後ろ姿を見送って、俺は煙草に火を点け煙を燻らせた。
…おい、馬鹿ニール。
これがお前のした事のツケだ。
後悔しろよ。
それで、ティエリアに声を掛けられたら…ちゃんと笑ってやれ。
吐き出した煙の向こう―――ティエリアが見ていたその場所で、兄さんが…ニールが困ったように笑った気配がした。
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