00≫≫2nd SEASON
TWICE
(ライル+ティエリア)
片手で煙草をくわえ、火を点ける。
「煙たい」
不満げにそう言いながら助手席の窓を開けるティエリアは、少し切ない表情を見せた。
「兄さんは吸わなかったもんな?」
俺の言葉は開けた窓から吹き込む風に気を取られて聞こえない振りをしていた。
突然送られてきた兄さんの車。
もう兄さんが乗っていたよりも、俺が乗っている期間の方が長いんじゃないだろうか。
兄さんとの思い出の残るこの車も、ソレスタルビーイングのあの場所と同じように双子の弟である俺が浸蝕し兄さんの面影を消していく。
その日々の中で、ティエリアは兄さんの顔を思い出すのが難しくなったと零した。
それが俺をこんな行動に駆り立てたのかもしれない。
半分を残した辺りで煙草の火を消すと、ティエリアの表情が微かに変わった。
「…潮の匂いがする」
風に紫紺の髪を踊らせながら、外の空気をスンスンと匂う。
「ドライブデートの定番は海だろ」
「…下らない」
そう言いながら、海に着く頃には窓いっぱいに広がる海の景色に夢中になっていた。
こんなティエリアの反応が楽しくて、兄さんはこの車で色々な場所に連れていったんだろう。
ティエリアはまだ忘れていないだろうか。
夕日を受けてキラキラと反射する海を見るティエリアの横顔を盗み見ながら、俺は一つ小さな深呼吸をする。
少し躊躇いながら、ティエリアの前のグローブボックスに手を掛けると、『何だ?』と問うティエリアに曖昧に返事をしてグローブボックスに入れられたままの小さな箱を取り出した。
これをティエリアに渡す事が正しいのかなんて、最後まで解らなかった。
「これな…この車が俺の所に来た時からそん中に入ってたんだ」
指先で弄りながら小さな埃を取り、ティエリアに手渡した。
「兄さんが、ティエリアへ贈りたかった物だ」
戸惑うティエリアに『どうするかはあんたの自由にすれば良い』と、煙草を手に俺は車の外へ出た。
最初は何が何だか解らなかった。
どうして兄さんの車に仕舞われたそれに刻まれたイニシャルが、俺の知る兄さんのものでは無かったのか。
ベタなビロードのケースに納められた、シンプルなプラチナの指輪。
内側に彫られた『L to T』の文字。
まさか俺の名前かとも思ったが、そんな筈もないだろうと謎のままにしていた。
それに気付いたのは、同じ名前で呼ばれるようになってから。
「"ロックオン"から"ティエリア"へ…か」
愛する人が呼ぶ名前で未来を生きたいと思っていた兄さん。
その兄さんがティエリアに渡したくても渡せなかった指輪を、俺が渡しても良かったのだろうか。
渡して、ティエリアは傷付いたりしないだろうか。
背を預ける車の中から、か細い泣き声が聞こえる。
徐々に海に溶け込む夕日を見ながら、俺はたっぷりと時間を掛けて煙草を吸う。
それでも俺は、ティエリアに兄さんが確かにティエリアを愛していた事をもう一度思い出して欲しかったんだ。
俺は知っているから。
どんなに大切な記憶も、幸せな思い出も、いつか薄れてしまう事を。
それが、どんなに悲しい事かを。
だからもう一度、愛されていた記憶を―――。
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