00≫≫1st SEASON
Green eyed Monster
歌声で目が覚めた。
それは彼の声で奏でられる音。
まだぼんやりとした頭には心地よかったけれど、覚醒して頭がはっきりとするとともに信じられないくらい不快な気持ちにさせてくれた。
彼はよくこの歌を歌う。
無意識に彼の口から零れるその歌は、幼い頃から歌い続けてきたものだと言う。
機嫌が良くても悪くても、気持ちが浮いていても沈んでいても、遠くを見ながらその歌を口遊む。
その歌を歌う彼の心を占めるのは過去の暖かな記憶だけ。
人よりも良く見える目は、側に居るはずの私を見ない。
ベッドから手を伸ばし、サイドテーブルに置いてあるグラスを叩き落とす。
床に落ちる大きな音に、歌声は止まった。
横に寝ていたロックオンが体を起こし、私の体越しに床に落ちたグラスを見る。
強化ガラスで出来たグラスは割れはしないものの、グラスの半分くらいを満たしていた水が床を派手に濡らしていた。
それが私の仕業だと解ると、機嫌を取るように彼は起こした体を私に覆い被せた。
「ご機嫌ナナメだな、ティエリア」
「うるさい。俺と二人の時は俺だけを見ろ」
「…何だ。昔の歌にヤキモチか」
可愛いな、と茶化すように頭を撫でようとした手を振り払った。
「………」
睨んだ途端、いかにも『機嫌を悪くしました』と言わんばかりの表情で私を見下ろす。
「お前だって、俺を見てないだろ。いつだってヴェーダが一番のくせに」
ひゅ、と喉が鳴る。
鼻の奥がツンとして泣きそうだと自分でも解った。
それを耐える顔―――きっと滑稽に違いない―――を見てロックオンは勝ち誇ったように、とても満足そうに鼻で笑う。
「お互い様…ってな」
ベッドから降りたロックオンは、脱ぎ捨てたジーンズを身に着けるとグラスだけをサイドテーブルに戻し、足が濡れるのも構わず床に撒き散らした水の上を歩いて部屋を出て行った。
わざと大きな音で閉めた扉は、グラスを叩き落とした仕返しかもしれない。
貴方に言われなくても解っているんだ、そんな事は。
私には貴方の過去には触れられないし、貴方には私とヴェーダの関係を切り離す事は出来ない。
私は貴方の全てになりたいのに、私は貴方を全てには出来ない。
酷く身勝手な想いに、一人残されたベッドの上で途方に暮れた。
床の水が乾いた頃、何事も無かったようにロックオンが現れた。
「さあ、朝食だ。ティエリア」
いつものようにただ優しく、甘い声で私の名前を呼ぶ。
「…いらない」
「機嫌直せって」
「朝食より、貴方が欲しい」
「困った子だな」
呆れたように笑う彼の唇を塞ぐ。
そこから茹だるような熱のなかに身を投げれば何も考えられなくなる。
「ロックオン…」
呼べば優しく微笑んで応える。
「…ティエリア、愛してるよ」
私に愛を囁くその声色を、抱き寄せる腕の力強さを、その熱を。
貴方が過去に置いてきた他の誰も、ヴェーダも知らない。
誰も知らないロックオン・ストラトスを私だけが知っている。
この瞬間、貴方の碧の瞳に映るのは、私だけだ。
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