00≫≫1st SEASON
飴玉をあげる
「トリック・オア・トリート」
突然部屋を尋ねてきたティエリアは、何の抑揚も無い声でそう言った。
特に仮装をしている訳でもない子供の表情は至って真面目で、言葉と釣り合わない。
そんなティエリアを少しの間見詰めて、ロックオンはジーンズのポケットに手を突っ込み『ほらよ』と手の中の物をティエリアに差し出した。
それはジャック・オ・ランタンの賑やかな柄の包み紙のキャンディで、それを見たティエリアはようやく表情を動かしたのだ。
とても不快に悔しそうに。
その表情を見たロックオンは勝ち誇ったように頬を緩ませた。
「俺に悪戯しようなんて、お前さんにはまだ早い」
ロックオンがくれたキャンディを眺めながら、ティエリアは『どうしてだろう?なんでだろう?』と何度も首を捻って考える。
ハロウィンの本場の国出身のロックオンがハロウィンを知っているのは当たり前。
ただ、トレミーでハロウィンをする風習は無いし、まさかティエリアがやって来るなんて普通では考えられない筈だ―――と、ここまではティエリアの計算。
しかしここ最近ティエリアがやたら熱心にハロウィンについて調べている事は割と筒抜けで、そんなティエリアを見ていれば小さなキャンディの一つや二つ用意しておこうかくらい思うのがロックオンだ。
どうやらティエリアはイベントを楽しむつもりはなく、いつも自分の一枚も二枚も上手をいくロックオンを驚かせて、更に悪戯までする機会を伺っていただけのようで、ますますロックオンは自分のポケットにキャンディを忍ばせておいて正解だったと思わずにはいられない。
どうせティエリアの悪戯なんてロクでもない。
ロックオンの考えなど露知らず、ティエリアは悔しそうにハロウィンを意識したのであろうオレンジの―――まるでロックオンの相棒のような―――キャンディを口に放り込んだ。
もごもごと大粒のキャンディがティエリアの口の中で動くのを見ながら、ロックオンはベッドに座ってキャンディを舐めるティエリアに体を寄せる。
「トリック・オア・トリート」
「は…?」
「だから、トリック・オア・トリート」
ティエリアの手に、普段は革のグローブで包まれているロックオンの男らしい、けれど繊細な手が重なってようやくティエリアはロックオンの真意を知る。
「…っ、そんな…!」
「無いのか?お菓子。じゃあ…悪戯だな」
お菓子を持って歩く習慣なんてティエリアには無い。
ロックオンに貰ったキャンディは口の中。
ロックオンはティエリアが口の中にキャンディを放り込むのを待っていたのだ。
そしてティエリアがお菓子を持っていない状態になった所で言う。
―――お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞ。
じりじりとベッドの上…壁際にティエリアを追い詰めていく。
ティエリアとロックオンは、多分恋人同士だ。
多分、というのは子供過ぎるティエリアのせいで、そういう色っぽい関係に未だ発展していないからだ。
ティエリアに無理強いをする気もないが、いい加減キスが精一杯な関係に焦れたロックオンはこの機に乗じてもう一歩を踏み出そうとしている。
それくらいはティエリアにだって解っているらしい。
いつかはそうなるであろう事もきっと解っているのだが、いかんせん精神が子供だ。
羞恥心が先行して素直になれない。
追い詰められる分だけティエリアは逃げていくが、背中にぴったりとくっつく壁に阻まれてとうとう逃げ場は無くなった。
不安そうなティエリアに微笑んでやりながら、ロックオンは細い顎に長い指を絡めた。
唇が合わさって、いよいよ観念するかと思ったその時。
「ん…―――んん?」
丸くて、甘い物体がぐっとロックオンの口に押し込まれた。
口の中に突然入ってきたそれに驚いて僅かに唇を離した隙に、ティエリアはロックオンの腕の中から逃げ出す。
「お菓子、あげましたからね!」
そう耳まで真っ赤にした顔で言うと、脱兎のごとく部屋を飛び出していってしまった。
どうやら、ティエリアが舐めていたキャンディを口移しで貰ってしまったらしい。
唖然とティエリアが出て行った扉を見詰め、そしてボスン、とベッドに体を沈めた。
「まいった…」
完敗だ、とロックオンは笑う。
口の中でコロコロと転がるキャンディは、ただ甘いだけじゃなくて酷く幸せに胸を擽った。
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