00≫≫1st SEASON
ムラサキ
もうすぐ夜が明ける、とロックオンは僕の手を引いて窓を大きく開けた。
無理に連れていかれた窓辺で、僕は吹き込む寒さに身を凍らせてロックオンを睨む。
けれどロックオンはまるで意に介さないとばかりに、楽しそうに僕の後ろから空を指差した。
いつもなら、容赦なく振りほどいていた。
ただその時は触れた体の暖かさが思いの外心地好くて、僕は珍しく彼のお遊びに付き合う気になった。
「空が紫色に染まってる」
綺麗だ、とロックオンは言う。
同じ方向を見て、同じムラサキを見ている僕にはただの空でしかなかったけれど。
黙っているともう一度『綺麗だ』と呟くので、同意を求められているのかと思った僕は適当に相槌を打とうと口を開いた。
「ただの空にしか見えません」
考えに反して、口は勝手に思ったままを吐き出した。
体の機能が上手くリンクしていない。
そういえばさっきから少し心拍数が速いかもしれない。
体に生じた不具合が気持ち悪くなった僕は、ここから立ち去りたくて身をよじるけれど、ロックオンの腕はそれを許してはくれなかった。
「…俺もお前さんと同じだったよ」
僕を囲うように後ろから窓枠に置かれていた手が、僕の体に回された。
「でも今は、また綺麗だと思えるようになった」
ぎゅう、と僕の体に回された腕に力が篭って、これが抱きしめられるという事なのだと、不具合の生じた頭で漠然と考えた。
彼はそうしたまま、やはり『綺麗だ』と呟くので、僕はもう一度空を見てみたけれどやはり僕にはただの空でしかなかった。
―――いつの間にか雨は上がっていた。
傘を閉じ、フェルトが用意してくれた黒の礼服の肩に落ちた雨粒を払うと、光が射した空を見上げる。
アイルランドの空はどこまでも高くて、どこまでも広かった。
灰色がかった青の空を雲が悠然と泳ぐその様子を見た僕は、確かにそう感じた。
「綺麗だ」
ふわりと吹く風が僕の髪を揺らす。
貴方とまた、あの日のムラサキを見たかった。
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