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00≫≫1st SEASON
嘆きの指



セイロン島での民族紛争への武力介入の後、俺はティエリアと居住を共にした。

地上での生活が不慣れなティエリアの保護者兼、宇宙に戻る時のステーションまでの運転手…そんな役割をミス・スメラギから仰せつかって。

アレルヤと刹那は、それぞれの地上での住居に戻っている筈だ。

一人勝手な行動に走った刹那が心配だったが、今はソファに座ったまま俯いているティエリアが気になる。

しきりに手を気にしている様子で、車でここに向かっている時からその綺麗な手を広げたり閉じたり、時には摩ったりしていた。

「どうかしたか?」

「…何でもありません」

そう言うティエリアの髪に隠れた顔は白さを通り越して蒼白だ。

人に弱みを見せたくないティエリアだから、体調が悪い事すら隠したがっているのか…と、俺は語気を僅かばかり荒げた。

そうでもしないとこの美人は強がるばかりで言うことなんか聞いてくれない。

「気分が悪いなら無理するな。休める時に休め」

ティエリアの隣を選んで座り、その顔をじっと見詰めると、ティエリアは顔を俺に向けた。

青白いと思っていた顔色は、蛍光灯のせいだったのか思ったよりも悪くはなさそうだ。

俺がティエリアの性格を知る程度にはティエリアも俺の性格を知っている。

黙っていれば、俺は無理矢理にでもティエリアをベッドに運び食べ物を口に突っ込むだろう。

それは嫌だと判断したのか、ティエリアは実に不本意だとばかりに溜め息をついた。

「いえ、本当に体調は悪くありません…ただ…」

「ただ?」

「手の感覚が無い」

「手の感覚が?」

「ええ」


まさか―――…


思い当たる節があり、いつからか聞くと躊躇いがちに『ファーストミッションが終わってからだ』と答えた。

「なるほどな…見せてみろ」

ティエリアは不信感を露にしたが、俺がもう一度『ほら』と促すと素直に従った。

差し出された右手を掴むと、ぐいっと引っ張る。

勢いで倒れ込んできた体を抱き留め、握った手の、その白い指先を口に含んだ。

「…っ!?」

咄嗟に引こうとするティエリアの右手をそれ以上の力で抑えながら、中指にゆっくりと歯を立てていく。

「い、痛…っ」

どれくらいの力を込めた頃か、ティエリアの口から漏れた声に俺は唇から指を解放してやった。

白い指先は俺の歯形に沿って薄く血が滲んでいて、それを舌先で舐めてやるとティエリアの右手はビクンと跳ねた。

「何をする!」

「おっと」

そのまま殴り掛かるティエリアの右手を避けた。

「感覚、戻っただろう?」

俺が言うとティエリアは目を丸くし、次に右手を目の前に翳してゆっくりと閉じたり開いたりを繰り返す。

「戻った…」

ティエリアが訳を聞こうとするのに、俺は返事を適当にごまかした。

「………」

ティエリアは不思議そうに首を傾げながらもそれほどの好奇心は掻き立てられないのか、僅かに俺に視線をくれただけで、次に左手を持ち上げて見せた。

「ん?」

「こっちも治して下さい」

「ははっ、了解」

現金なものだ、と俺は笑いながらティエリアの左手に唇を寄せた。




俺にも手の感覚が消えた経験がある。


―――初めて人を撃ち殺した時だった。


それは人を殺した罪悪感からかもしれなかったし、恐怖からかもしれない。

それを今のティエリアに教えるのは気が引けた。

ただ、確かにティエリアの心は人を殺した事に何かを訴えたのだ。


ティエリアも俺と同じ人間なんだ。


その事実がとてつもなく嬉しくて、そして悲しくて、俺はティエリアの指に祈るように口付けた。

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