00≫≫1st SEASON
そして恋に落ちた。
波の音を聞きながら、祈る様に組んだ手に頭を乗せた。
初めてティエリアの胸倉を掴んだ。
その綺麗な顔を殴りたいと思ってしまった。
ティエリアに対する怒りと、自己嫌悪が混ざったその行き場のない重々しい感情を逃がす様に深く呼吸する。
こうしていれば、明日には何も無かった様に振る舞える筈だ………そう考えていた時、砂を踏み締める音がした。
視線だけを動かしてそちらを見ると、そこに居たのは今一番見たくない顔。
通り過ぎるのかと思い、無視を決めていると、ティエリアはピタリと足を止めた。
その気配に注意を向けていれば、ティエリアは俺にまだ文句があるのか俺に視線を寄越している様だ。
これ以上、ティエリアを相手にしたくない。
せめてこの気持ちが落ち着くまでは。
俺はティエリアから何か言われる前に自分から声を掛けた。
「…心配しなくてもちゃんとミッションは熟すさ」
だから一人にしておけよ、とティエリアの顔を見ない様にしながら、努めて平静を装って言った。
「………」
だがティエリアは人の話しを聞いてるのかいないのか、黙ってそこに居る。
「まだ何かあるのかよ?」
ティエリアのその態度に苛立った俺は、言葉を荒げた。
「………」
それでもティエリアは顔色一つ変えずにそこにいる。
―――何だってこいつはこんなにも人を苛々させるんだ…。
俺は舌打ちと共に立ち上がり、数歩の距離を詰めてティエリアの腕を乱暴に引いた。
「…っ」
ティエリアが僅かにたじろいだのを無視し、体を引き寄せて形の良い耳に囁いた。
「それとも…慰めてくれんの?」
ティエリアの腕を掴みながら、俺の左手が卑猥にティエリアの体のラインを滑る。
脅かすつもりだった。
潔癖なティエリアの事だ。
こうでもすれば怒ってこの場から去っていくだろうと思った。
だが、この時の俺はティエリアを全く理解していなかったらしい。
だから俺の思惑は見事に外れ、ティエリアは驚く行動を見せた。
ティエリアは、怖ず怖ずと俺の頭に手を伸ばし、癖のある髪を梳く様に何度も手を往復させる。
頭を…撫でられてる…?
そう気付くのに暫く掛かる程それが予想外で、俺は面食らった。
本当に、慰める気でここに来たのか?
慰める手段が解らなくて、黙ってそこにいたってのか?
どこで覚えたのか、酷く幼稚なやり方で俺を慰めようとするその手はとても優しくて、幼い俺の頭を撫でる母さんの手を思い出し、俺は不覚にも泣きそうになった。
「…っ…あははは…!」
ごまかす為に大声で笑う。
驚いたティエリアが俺の頭から手を離してしまったのが、少し寂しかった。
「まさか、頭撫でられるなんてな」
目尻に溜まった涙は笑い過ぎて溢れたそれにすり替えた。
「…慰め方、間違えてましたか?」
不安げにティエリアの赤い瞳が揺れている。
あんなに苛立った気持ちが、今はその声も瞳も愛おしく感じる程に穏やかだ。
「いや…ありがとな、ティエリア」
俺はティエリアの頬に軽いキスを送る。
「………」
相変わらずティエリアは表情一つ崩さない。
それでも、このキスがいつかティエリアの中で大きな意味を持つ様に願いを込めて。
「…戻るか」
「はい」
ティエリアに笑い掛けると、いつもの様に淡々と返事をして俺の少し後ろを着いて来る。
今日は一日、ティエリアに振り回された。
刹那に銃を向けた時は焦った。
それから怒り、苛立ち、驚き…。
そして―――恋に落ちた。
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