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僚+香(中学生と小学生)








香は僚が嫌いだった。
大好きなアニキといつも一緒にいるのは自分ではなく僚だということが、嫌でたまらない。
香と秀幸は5つ違い。秀幸が中学校に進学以来、大好きなアニキと過ごす時間が極端に減ってしまったことが香は大いに不満だった。ただでさえ寂しい思いをしているのに、学校が休みのときすら僚が秀幸を外に連れ出してしまうため、兄妹一緒にいる時間はさらに減ってしまう。
だから、香は僚が嫌いだった。
なのに今のこの状況は一体?自分の前を歩く、秀幸より大きな背中を睨みつける。

「…今日はアニキと帰る約束だったのに」

背中ごしに聞こえた、本日何度目かの文句。カチンときた僚は、頭の隅で大人げないとは思いつつ声を荒げた。

「っせぇな!急に用事ができたんだから仕方ねーだろ。小学生と違って忙しいんだよ中学生様は!!」
「アニキが約束破るもんか!どうせあんたがなんかしたんだろ!?」

とんでもない言いがかりに、思いきり顔をしかめる。僚は振り向いて、自分の胸より下にある顔を睨めつけた。

「はぁ!?何言ってんだ」

中学生の平均よりかなり体格の良い僚の迫力に少し鼻白むが、負けじと背筋を伸ばす。

「…アニキはどこだよ」
「だーかーら、槇村学級委員長様は委員会があるから居残りなんだよ!どうしてもっ迎えに行ってくれって頼まれたからわざわざ来てやったってのに、なんだその態度は」
「頼んでないもん」
「ガキ!」
「くそオヤジ!!」
「なんだとコラ!?」
「オヤジオヤジオヤジ!お前なんか知るかっ。おれは1人で帰る!」

もうこれ以上こいつと一緒にいたくない!アニキの馬鹿野郎!!何でこんなのと友達なんだ!?
心がささくれ立つやりとりにもう辛抱ならず、香は駆け出した。
ランドセルの中身がガチャガチャと盛大な音を立てて耳障りだし、何より肩にずしりと重たい。だが僚の傍にいるよりマシだ。一生懸命に足を前後に動かす。

「こ…!ガキ!待て!!」

突然の出来事に呆気にとられていた僚が追いかけてくる。捕まってたまるか!
その時、点滅する青信号が目に入る。交差点まで10メートルほど。
渡れば、引き離せるか?
走るスピードを弛めない香の意図を読みとったのか、僚が一際大きな声で叫んでいるが、そんなもの知ったこっちゃない。
横断歩道にたどり着いた。信号の点滅はまもなく終わるだろう。一瞬、秀幸の顔が頭をかすめる。

(黄色と点滅は止まれだぞ)

でももう止まらない。止まれない。何に必死になっているのか正直なところ香にもよくわからなくなっていたのだが、僚に負けるのだけは嫌だった。夢中で周りが見えない。だって子どもなんだもん。
白黒のラインが視界を埋めつくしている。逃げきれる?と思った瞬間、

「ばっかやろう!何考えてんだ!!」
「っ!!!」

物凄い力で後ろに引っ張られた。息ができない。前に進むことに全力を傾けていたため、バランスを崩し、香は派手に尻餅をついてしまう。

「ったぁ!」
「こんの大馬鹿野郎が!」

驚いて見上げると、引き離したはずの憎たらしい顔があった。しかめっ面はいつものことだが、目が真剣だ。

「死にてぇのかお前は!?車来てるのがわかってて飛び出したってんなら今からでも俺が突飛ばしてやるよ!」
「…車、なんか来て」
「たんだよ!!」
「…だって、だって追いかけてくるから」
「お前が逃げたんだろうが!?」
「…」

僚の剣幕に負け、何も言い返せず口をつぐむ。と、背負った荷物に違和感を覚えた。
ランドセルをおもいきり後ろに引っ張って助けてくれたのだろう。ランドセルの形が崩れている。
だが文句が言えるはずもない。頭が冷えてくれば、自分が馬鹿な行動をしたことが嫌でもわかる。何を意地になっていたんだか。

「てめえに何かあったら槇ちゃんが悲しむんだぞ」

ああ!ああ!おれのせいで大好きなアニキを悲しませるなんて!!
僚に怒られたことよりも、もしかしたら事故にあっていたかもしれないということよりも、秀幸を悲しませることになっていたかもしれないことが香に衝撃を与える。

「アニキが泣くなんて、嫌だ」
「…だからってお前が泣いてどうすんだよ」

気がついたら頬を涙が滑り落ちていた。こんな奴の前で泣くなんて!

「……う…くっ……くつじょくだ…」
「…ガキが難しい言葉使ってんじゃねーよ」

呆れ顔で頭をかきながら僚はひとつため息をつき、香の腕を掴んで引っ張り上げる。

「おら、とっとと帰んぞ」
「!」

普段とまったく違う高さから見る景色に、目をみはる。大きな雫が一粒こぼれた。
秀幸のそれよりも大きな僚の背中にゆられ、香は驚いて暴れることすらできない。

「…」
「…」
「…急に黙るなよガキんちょ」
「…おりる」
「…やっぱ喋らなくていいわ」

僚におんぶされている気恥ずかしさと悔しさから黙りこくった香に、どうやら居心地の悪さを感じるらしい。僚の口調は歯切れが悪い。

「…」
「…」
「…俺に叱られるのがそんっなに嫌ならな、家で槇ちゃんにきっちり説教してもらえ。」
「ぇ」
「あと、足首冷やしてもらえよ。」
「?」

足首がどうしたって?頭をかしげどういうことが尋ねようとしたとき僚が立ち止まり、広い背中に鼻をぶつける。

「着いたぞ」




結局、その後は大した会話もなく玄関先で別れ、じくじくと痛みだした右足首に僚の言葉の意味をようやく理解した。帰宅した秀幸が大騒ぎしたことは言うまでもない。あれほど立腹した兄を見るのはいつぶりだろうか。見兼ねた父が仲介に入ったほどである。
すっかりへこんだ香だが、最後に秀幸がこぼした言葉に目を見張った。

「僚がな、悪かったって」
「え?どのことに対して?」

香の反応に肩をすくめて苦笑いする。悪友の評価はとことん低いようだ。

「こら。今日一番反省しないといけないのは誰だ」

一応香の態度をたしなめてから話を続ける。

「今日はさすがに大人気なかったってさ。仮にも女の子にケガさせたんだからな、遊び人として最大の失態だって落ち込んでたぞ」

これはあいつからの貢ぎ物だと、湿布を貼ってもらったところでお説教タイムは終わった。
落ち込むなんて概念があの男にもあったのかと、少し驚く。どうやら僚の評価を上向きに直さねばなるまい。だが、それにしても

「…自分だけ謝るなよ」

だから僚は嫌なのだ。
明日、早起きしてアニキと一緒に家を出よう。そしたら間違いなくあいつに出会うから言ってやろう。

あたしも悪かったよ、僚!






『子どもの王国』


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