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さよなら切り札








「意外だわ〜」


かすみのぼやきには、まったく同感だった。



勝手知ったる我が城、キャッツ・アイ。目は見えずとも店内の隅々の気配を把握することなど海坊主には造作もない。
今、最も神経に障る気配がするのは一番奥の窓際のテーブル。席についているのは僚と香とその依頼人だ。


(…まったく、殺気を垂れ流すたぁ、本当にはた迷惑な奴だ)


僚たちのテーブルから溢れる嫌な空気が、海坊主の神経を刺激する。
だが、それも仕方ない。
かすみが、好奇心に満ちた口調で美樹に囁く。


「今回の依頼人、香さんの同級生とは聞いてたけど、あんなに格好良い人とは思わなかったわ」
「ダメよかすみちゃん。じろじろ見ちゃさすがに失礼よ」
「だって美樹さん!香さんって男の人に免疫ないって聞いてたのに、全然そんなことないじゃない!むしろ仲良しってゆうか…気にならないとは言わせませんよ!!!」


一度はかすみを嗜めたものの、美樹も同感らしい。いつも以上に手際よく注文の品を用意すると、素早くかすみに手渡した。


(偵察してこいってことか…。はしたない!)


思うだけで口には出さない。結局のところ、海坊主も動向を気にする1人だった。
お盆を抱えて戻ってきたかすみにさっそく問い掛ける。


「で、どんな男だった?」
「凄くいい人!かつ爽やか。この店は美人ばっかりだねって言われちゃった」
「そうか…」
「やーだぁ!!!美樹さんを狙ってるって風じゃなかったから安心してくださいよぅ!」
「そ、そんなことは気にしとらん!」
「うふふ、ファルコンたら…。…それにしても、冴羽さん」


カウンターから、そっと奥のテーブルへ視線を向ける。相変わらず、流れてくる空気は抜群に冷たい。
ええ、とかすみが頷いた。


「物凄く不機嫌でしたよ」


なぜ不穏な空気に気が付かないのか、香と依頼人の男性は楽しげに笑い合っている。
その姿は、学生時代の無邪気な彼女を連想させた。隣に座るひどい表情のパートナーさえ目に入らなければ、つられて微笑んでしまうほど楽しげな笑顔。
もしかしたら、僚といるときよりも自然な笑顔かもしれない。
幼なじみの2人のやりとりは、見る者にそう思わせる力があった。


「意外だわ〜」


まったく、かすみのぼやきは大いに同感だ。


「冴羽さんって、追い詰められると何もしないのね」

女たちはため息をつき、海坊主はフン!と鼻で笑う。
考えてみるとおかしなことばかりだ。
男の依頼は受けないと常々主張する男が、律儀に顔合わせに同席する不思議。
美樹にもかすみにも口説き文句ひとつ言わない不自然さ。
気分屋のくせにわざわざ不機嫌になる状況に甘んじる理由。

これだけ材料があるのに、まだその感情を認めないつもりか、あのもっこり馬鹿は!


「意外と意気地なしなんだ」


かすみの呟きを、美樹が拾う。


「幻滅しちゃうかしら?」
「ううん。ちょっと、イラっとするけど」


本命にだけ奥手なんて失礼な話よね、とついたため息には一抹の寂しさが含まれていた。


(…本当に、罪作りな野郎だ)


いっそ依頼人を罵倒して香を攫うくらいのアクションを起こせばいいのだが、肝心なところで度胸がない男には無理な話だろう。
結局、香たちの積もる話が一段落するまで殺気を撒き散らすだけだった。


「ごめんなさい海坊主さん、美樹さん。かすみちゃんも。長居しちゃって」


チェックを済ませる香の言葉に、苦笑いで答えた。それはいいからパートナーを気にしてやって欲しい。 残念ながら願い届かず、相変わらず注意は依頼人へ。帰宅しようとする彼を呼び止め何やら説得している。


「1人じゃ危ないわ。うちに行きましょ」
「槇村んち!?」
「…おい、どこで寝かせるつもりだよ。俺はヤローと同じ部屋なんてごめんだぞ」
「うっさいわね僚!あんたやっと口きいたと思ったらそれ?仕事なめてんの!?」


(ああ!香さん!冴羽さんを攻めないであげて…!)


今や、キャッツの看板娘は2人とも僚の味方だった。そして海坊主も。


(なんて不憫なんだ…!)


と、僚と香のやり取りを見て依頼人が首をかしげた。


「2人は一緒に住んでんすか?」


固まる空気。


「槇村、もしかして結婚してた?!」


僚の口角が上がるのをキャッツの3人は確かに目撃した。(見てないが、感じた!)


「そ…」
「こんな奴と結婚なんかしてないわよっ!いい迷惑だわまったくもう!!!」


一瞬で真っ赤になった香が、バッサリと否定した。
あまりの勢いに依頼人の目が丸くなる。僚は、…僚は。
海坊主も、美樹も、かすみも、無言で視線を外した。
まくし立てた勢いのまま店の外へ香が飛び出しても、リアクションすらとれずに、僚は固まったままだった。
呆然と立ち尽くしていると、同じく呆気にとられていた依頼人がそっと囁いた。


「あいつ、ああは言ってるけどたぶん冴羽さんのこと好きだと思うんですよね。良い奴だから、よろしくお願いします」


(うわぁ…)


声にならない悲鳴が3人からもれる。
敵視していた相手にフォローまで入れられて、もう見ている方がいたたまれない。



僚の弱みを常々探していた海坊主だが、今日の出来事は記憶に残さないでおこうと決めた。







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顔の続きっぽいもの。
オリキャラ出すのは抵抗あるんですが(違和感なく出す自信がない!)、話の都合上出さざるを得なかった…。
ヘタレすぎですね。ごめんなさい。笑

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