calling
名前の呼び方なんて重要なものではないと、香は思う。
「槇村さん」だろうが「香」だろうが、声をかけられているのが自分だとわかれば何と呼ばれようが問題ない。
…もちろん、おかしなあだ名は論外だけれど。
ともかく、呼び方がどうであれ、大事なのはそこじゃない。
「気持ちが大事だと思うんだ、あたしは」
カチャン、とカップをソーサーに戻して呟く。
正面に座った男は、あからさまに面倒くさいという表情で応えた。
「名前ひとつに随分真剣でない?香ちゃん」
「ほら!それ!」
「あん?」
「軽薄なちゃん付け、やめてくれない?」
キッパリ告げた言葉に、僚が目を細める。微笑んだのではない。心底、呆れているのだ。
「香ちゃんさぁ」
「だからやめろってば」
「香ちゃん香ちゃん香ちゃん香ちゃん香ちゃん香ちゃん」
「この野郎!」
半眼から一転、笑顔で香の名前を連呼する僚。
こめかみに青筋を浮かべて睨み付けても、笑みは少しも綻びない。嫌がらせが楽しくて楽しくて仕方ないのだろう。
「…ほんとに暗い奴だな!人の嫌がることして生き生きするな!」
吐き捨てて勢いよく立ち上がる。向かうはキッチン。イライラが頂点に達した今、とても同じ空間にいられない。
まったく、なぜ、こんなに苛立つのか。
ドシドシと廊下を歩き、ふと気づく。足音が2人分だ。
「着いてくんなよ」
苛立ちにまかせて拒絶の言葉を投げ付けた。
「香」
戻ってきた声に言葉を失う。
「香」
「な」
「メシなに?」
「…」
「なあ。今日なに?」
「…チキン南蛮」
「っかー!鳥かよ!牛にしろよ牛に!!!」
名前の呼び方なんて、どうでもいいはずなのに。
なんでこいつが相手だと、苛立ったり、嬉しかったりするんだろう。
「仕方ねぇなあ。今日は我慢してやるか」
「…何様だよ」
「ん!?どうした香!?真っ赤だぞ」
ハッと頬を押さえた。確かに熱い。
「言うとおりにしたのにまだ怒ってんのか。しゃあないなぁ」
「いいからもう黙ってろよ!」
え〜、と体をくねらせる僚は、本日一番の笑顔を浮かべている。
今度は「香」と連呼し始めた。
「なぁおい香〜」
「うるさい!黙れ!」
(嫌がらせが生き甲斐か!本当に暗い奴だ!)
この感情の波に、名前はまだない。
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凄くベタな、呼び方についてのお話でした。
少女マンガの読みすぎだ。
「呼び方は問題じゃない」といいつつ呼び方にすごくこだわっているのは、
僚ちゃんの「ちゃん付け」がすごく気持ち悪いから。
子ども扱いされてるようで嫌!という心理です。
…補足ないとわからんな、これ(^^;)
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