こいのうた
注)AH設定
部屋の中にこもっているより外に飛び出して心地よい風を感じたい、そんな季節。
春というには暑過ぎて梅雨というにはまだ早く、みずみずしい緑と澄んだ青空のコントラストに心まで浮き立たせられる。そういう季節。
なのに。
こーんなに爽やかな日だってのに!
(どうしてそんな不景気な顔してんのよ、バカ)
香の視線の先には、うららかな午後に似つかわしくないしかめっ面の、いわゆる苦虫を噛み潰したような表情の僚。
(ねえ笑ってよ)
気づかれないのをいいことに、香は遠慮なくパートナーの顔を見つめる。
(いい天気じゃない。気持ちいい風でしょ。笑いなさいよほら!)
結局は自分も眉間に皺を寄せて、想いよ届けと一生懸命に念じた。
(ねえ)
(僚)
(りょー)
(僚!!!)
ぱんぱんに膨らんだ感情のまま、視線にこれでもかと熱を注いだその時。
黒い瞳が、微かに笑みを浮かべた。
(りょ…)
―キキィーッ!!!
瞬間、耳をつんざくブレーキ音が穏やかな空気を切り裂いた。通りすがりの女性たちから短い悲鳴が上がる。
車高の高い四輪駆動車の、一般的なそれよりも大きなタイヤに、ギリギリ巻き込まれずにすんだのは。
「僚!あなた何やってるの!?」
「…あ?冴子?」
「信号赤だったじゃないの!しっかりなさい!!!」
「あー…、そうか。いや…香が」
いた気がして、と口の中で呟く姿に、冴子は整った眉をひそめた。
(あたしが、あんたを呼んでしまったの?)
(誰よりも生きていて欲しいのに)
少し高い位置から、相棒とバンパーの限りなくゼロに近い隙間を見下ろし、香は手のひらで顔をおおった。
ああ。今はもう、想うことすら、許されないのか。
僚と冴子、懐かしい2人の会話は、喧騒の中にあってもなぜかはっきりと耳に届く。
「僚」
「なんだよ」
「香さんは、もういないのよ」
この気持ちが彼を危機に陥れているのなら、一体どうすればいいんだろう。
みずみずしい緑と澄んだ青空のコントラスト。心まで浮き立たせられる、そんな季節。
だがそれは、恋人たちにはなんの慰めにもならない。
(僚)
(僚)
(ごめん。それでも愛してる)
********
香さん死後、香宝登場前。
時系列や季節を調べずに衝動のまま書いたので違和感バリバリかと…。
亡くなった香さんが僚ちゃんを見守っていて、というお話です。
いつもながらわかりにくい文章ですみません…。
2010年5月6日 微修正
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