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愛妻家の食卓








ざり。ざり。
米を磨ぐ。こんなにしては美味しくなくなってしまうと思うほど力強く。

昼だろうと夜だろうと容赦なく体を火照らされるこの季節、水仕事は不快ではない。むしろ爽快ですらある。
食器を洗うにせよ、野菜の水切りをするにせよ、いつもなら鼻歌混じりだというのに。

「…あの馬鹿」

ざり。
呟き、無意識に動きを止めた。かき回す手が止まっても、ザルの中の波立つ水面はすぐには収まらない。おかげで一粒こぼれた滴にも気がつかないふりができる。

今夜は帰らない、と言われた。

受話器越しに届いたその声は電波に乗ってアルコールが臭ってきそうなほどご機嫌で、浴びせられる言葉も正気を疑うものばかり。

(今日も美人だねぇ〜)
顔見えないでしょう。

(すっごく会いたいんだけどさぁ)
はいはい。

(ボキ今日帰れないんだあ)
本題はそれ。

(愛してるよ〜)
…。

ざり!
思い切り握りしめた手のひらの中で無数の粒が痛い。

「…んの馬鹿」

何年パートナーやってると思ってんのよ。本当に夜遊びなのか仕事なのかくらいわかるわよ!

昔に比べればごくたまに、だけど相変わらず、僚はあたしに隠れて仕事をするときがある。
戦力外通告なのか、あたしの身を案じてなのか。答えはきっと両方。そしておそらく後者が強いんだろう。喜ぶとでも?ありがとう悔しさでいっぱいだわ。
こんな日は、帰ってきた僚のために料理を作る。
これは祈り。
あいつは帰ってくる。いや、帰ってこないといけない。
だからあたしは料理する。死人には不要なものを用意して待つ。

ざり。ざり。ざり。
いくつもの滴が落ち、いくらか塩辛くなったかもしれない水の中、米をとぐ。


炊飯ボタンを押す頃には、昼間ならばおやつが食べ頃である時刻になっていた。







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ひどく皮肉なタイトルだこと。

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