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夢見がちな子どもたち

(幼なじみパラレル)






携帯電話をぱたりと閉じ、誰にともなく呟いた。

「結婚ねぇ…」
「は?どーしたリョウ」

耳ざとく聞きつけ、ミックが呆れた顔で僚を見つめる。

「…残念だけどな、結婚は1人じゃできないんだぞ」

訂正。呆れたというより哀れみだ、その顔は。
失敬な!!

「わかってんだよ、んな事は!余計なお世話だ!!」
「うっそだ〜」
「しつけえなぁ」
「じゃ、いくつから結婚できるかは知ってるか?」
「このヤロ!」

さすがにカチンときたので感情のままつかみかかる…はずが、横から伸びた手にやんわり腕を掴まれ踏みとどまった。
突然の横やりに、ヒートアップしていた2人は揃って我にかえる。

「まあまあ。で、何で結婚なんだ?」

そういえばここ槇ちゃんちだっけ。
ミックとふたり視線を交わせば、お互い秀幸の存在を忘れていたことは明白で。気まずさからなんとなく黙り込んでしまう。

「…いや、だからさ。結婚がどうこうって言っただろ?なんで黙っちゃうんだお前たちは」

たずねながら、漂う妙な空気に苦笑いだ。
秀幸に何度も促されながらずっと貝でいるわけにもいかない。何となく決まり悪く、「や、そんな改まって話すほどのネタじゃないんだけどな?」と前置きして、本題に入った。


「同じ中学だった岡田、槇ちゃん覚えてるだろ」
「ああ」
「知らないぞ」
「ミックはまだこっち来てない頃だからな。まぁ、タメの岡田っつー奴がいてさ」

ここで苦笑い。

「ガキ出来たから結婚するってさ」
「「は!」」
「ちょ、本当か!?学校とかどうすんだ!?」
「いやー、日本も乱れてきたねぇ」
「おい僚、相手はいくつなんだよ!?」
「おんなじだよ。タメタメ」
「なにぃ!!!」

学生結婚にしたって、早すぎじゃあないか…。
真面目な秀幸には刺激が強すぎたのか、虚ろに視線をさまよわせる。逆に、ミックは話に夢中だ。

「若いねえ。愛さえあればってやつかぁ。…ところでリョーウ?お前は大丈夫なんだろうな」
「ふん!だぁーほッ。このボクチンがそんなミス犯すわけないだろ」
「どうだかね。あちこちで種蒔いてたから1つ2つ発芽しててもおかしくねんじゃないの」
「残念でしたー。ここんとこ自粛してるっての!」
「それだって本命に気付いてからだろ?めちゃくちゃ最近じゃないか。…ほんっっっと馬鹿だねえ。あーんなに可愛いカオリに気が付かなかったなんて」
「!!!」

不意討ちとはまさにこれ。
自覚して日が浅い事実を他人の口から聞くのは耐え難く、僚は声すら出せずにただただ顔を赤く染めた。
が、それが良かった。

「なあに?あたしがどうかした?」

タイミング良く、いや悪く、噂の張本人ご登場。

(あっぶね!話広げてたら一貫の終わりだったぞ!)

密かに胸を撫で下ろしている間に、呆けていた秀幸の目が妹を捕えた。

「…かおりッ!」
「ただいま兄貴」

にこりと可愛らしく笑う香に対峙しながら、兄は今にも泣き出しそうだ。
さすがに不審に思ったのか、くるりと表情を変え怪訝な顔で見やる。

「どしたの?」

秀幸はわなわなと震えながら、自らのそれよりも茶色い瞳をしっかり見つめて言った。

「香。お兄ちゃんは、お兄ちゃんは…不純異性交遊なんて反対だからな!」
「…はあ?」

白い額の下で、眉がゆるやかなアーチから八の字に変わった。
香からすれば秀幸の訴えは唐突過ぎて、意味不明以外の何物でもない。いくら大好きな兄の言葉でもすとんと落としこむのは無理というものだ。
むしろ、この発言に過剰反応したのは

「不純異性交遊反対反対!」
「どーかんだ!!!」

こんな時だけ意気投合する僚とミック。
当たり前だろ!冗談じゃねえ、それだと何にも出来ねぇじゃねえか!

「ヒデユキ、君はカオリが嫁き遅れてしまってもいいのか!?」
「いきおくれ…」

秀幸の肩がびくりと動いた。ついでに香のこめかみもぴくついたが、それには誰も気が付かない。

「浮いた話の1つもないまま年だけくってくんだぞ!焦って見合いしてとんでもない中年オヤジとくっついたらどうすんだ!?」
「適度に経験つんどかないと、ある日突然ホストみたいなタチ悪い男にひっかかってボロ雑巾のように捨てられてだな」

ぱこん!

「…不純異性交遊からどうしてそんな話になるのよ」

小さな手が、けっこうな勢いでお調子者2人の頭を叩いた。
話の流れはわからなくとも、何やらネタにされていることだけはわかるから、いい加減傍聴できなくなったらしい。
腕を組み、ソファーの空いたスペースにどすんと腰を据えて男たちを睨み付けた。

「一体何の話してんのよさっきから」
「何のって…」
「結婚について、かな」

鋭い眼光につい口籠もってしまった僚の横から、ミックが口をはさんだ。

「結婚?何で?」

意外な話題に、不機嫌だったことも忘れ香の目が丸くなる。これ幸いと距離をつめ、ミックはますます饒舌に語りかけた。

「最近カオリはなんだか大人っぽくなってきたからさ。どんどんキレイになっていくし、もしかしたら彼氏でも…ってヒデユキが気にしててね」
「え、もうミックったら…子どもだからってからかわないでよもう!」

兄貴もばっかねぇ!そんなわけないでしょー。
口ではそんな事を言いながら、ほんのり染まった頬を隠す香は明らかに嬉しそうだ。

(けッ!男なんかいやしねえのわかってるくせに!)
今はああ言ってへらへら笑っているが、もしも悪い虫が付きそうになれば何がなんでも駆除すんだ、アイツは。
おそらく自分もそうするだろうということは棚に上げて、僚は思い切りしかめっ面をつくった。誰も気にとめなかったが。

「…でも、それでも早いわよ結婚なんて。まだ出来る年じゃないし」
「そーんなのすぐさ!カオリはお嫁さんになりたくないのかい!?」
「こら!まだはや…!ッ!〜ッ!」

焦って口を挟もうとした秀幸は、だが、声にならない悲鳴を上げて足を抱え込んだ。香の死角を狙ってのミックの犯行である。思い切りつねられた皮膚は色が変わるほどだ。
今、青い瞳には少女しか映っていない。

「気が早いわねぇミックったら。ダメよ、相手がいないもの」
「僕がカオリを奥さんにするさ!」
「おまーなあ!ちょっと待てよ!!」

あまりの聞き捨てならない発言に、今度は僚が無理やり話に入り込む。
もちろん、秀幸の二の舞を避けるためミックとは少し距離を置いている。肉体の痛みさえともなわなければ冷たい視線など屁でもないのだ!

「何か文句でも?お前に口出す権利、ないよな〜?」

その通り。だが、引き下がれるか!

「いや!俺は兄代わりとしてだな」
「あんたみたいな女ったらしな兄貴は嫌よ」
「は」

精一杯の勇気、あえなく撃沈。
香からの思わぬ攻撃で、僚は一瞬で真っ白な灰に。ミックは大ウケ、秀幸は賢明にも沈黙を保ってはいるが見るからに満足気な表情だ。

(なんかもう馬鹿馬鹿しい…)

もう何もかも放り出したい気分だったが、話題が話題だけに、それでも引き下がれなかった。

「…おまーな。俺の忠告聞かないで後から後悔しても知らねえからな」
「どうゆう意味よ?」

目をくりくりさせて問う香をしっかり見据え、意識してことさらゆっくり言い聞かせる。

「ミックと結婚なんかしてみろ。おまぁの名前、香・エンジェルだぞ!?」

かおり、えんじぇる…。
ああ無情。日本人名に合わない外国の名字よ!

「…さすがに違和感あるわね」

困ったように笑う香を見て、僚は顔には出さずほくそ笑んだ。これでこの案は消えただろ!
ミックがこの程度で引き下がるはずもないが、こうなったら戦いだ。

「アハハ、安心してくれカオリ!だったら僕がマキムラミックになるよ!」
「それなら普通ね?」
「漫才師みてえ」
「ああ!言われてみれば」
「〜ッ、うるさいんだよさっきから!なんだ、リョウ、お前もカオリと結婚したいのか!?」
「んなわけねーだろ!こんな男女」
「…(失礼ね)」
「じゃあ黙ってろよ」
「ただ、俺が言いたいのはだな、あえて、だぞ。あえて言えば冴羽香の方が自然だろってことで」
「さえばかおり…」
「かお…!おま!声に出すなよッ」
「あんたが言いだしたんじゃないの何怒ってんの、顔赤くして」
「〜!!!(顔が赤いのは怒ってるからじゃなくて!)」
「ダメだなそんな名前!カオリの可愛らしさをちっとも表せてない。ここは原点に戻ってカオリ・エンジェルだ!!!」
「ッだから!んな名前おかしーっつってんだろ!?」
「カオリ以上に天使と呼べる女性がいるか!?」
「いやそれは」
「いい加減にしろ!」

怒涛の勢いで進んでいた会話が、ぴたりと止まる。まるで一時停止ボタンを押したように、きっちり。
怒鳴ったせいか、肩は大きく上下している。この、少し長髪の男は確かに秀幸のはずだが、迫力がおかしい。背後の景色がカゲロウのようにゆらめいているように見えるのは陽気のせいか、錯覚か。
僚とミックのこめかみに冷たい汗が流れる。

「お前らな…黙って聞いてりゃ人の大事な妹のことを好き勝手いいやがって…!お前らなんかに香をやれるか!!!」
「いや、貰えないならむしろ貰ってくれって」

ぎろり。

「俺が悪かったです」

止せばいいのにおろかにも軽口を叩き、ミックは蛇に睨まれたカエルだ。僚はとばっちりをうけないよう、渇いた笑みでお口にチャック。
なんだこの威圧感。こんなん槇ちゃんじゃねえ!

「香」

ふいにゆらり、と秀幸の意識が妹に向かい、プレッシャーから解放され2人は息をつく。情けなくも汗だくだ。

「こんな奴らの相手なんかもうするな」

告げ口の内容にはこの際目をつむる。どうせ機嫌が直れば元の木阿弥…

「大丈夫よ。旦那は稼ぎで選ぶから」

はい?
先ほどより、はるかに強力に時間が止まる。にこりと音が出るくらい満点の笑みを浮かべた香の言葉に、男たちは完全に凍り付いてしまった。
数十秒かかって、ようやく秀幸が声を絞り出す。

「かおり…?」
「正直、名前はね、好きな人の名字ならなんでもいいのよ。ただ、やっぱり稼ぐものはきちんと稼いでもらわないと!贅沢したいわけじゃないけど人並みの生活は送りたいもの。安定が大切よね…となると、なんだかんだ言って公務員が一番かしら?どう思う?」

どう思うっつったって…。

「…どうなんでしょう?」

引きつった顔で発した言葉は、相づちにもなっていなかった。




結婚の資格だけは持つ2人が、その条件だとどう頑張っても自分は対象外だと軽い絶望感を味わっただとか。
唯一結婚できない男が、公務員を目指してしまっただとか。
これらはまた別の話である。








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12000hit 藍さま
「リョウ・ミック・秀幸の香をめぐる攻防戦と、何を争っているのか理解できない 天然・鈍感な香」


お待たせしたあげく、この微糖っぷり…。

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あきゅろす。
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