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それが答えだ!









美樹さんに付き合って、ランジェリーショップに入ったのが間違いだった。
色とりどり、形も様々な下着を見ていたら、嫌でも思い出してしまうのはだいぶくたびれてきた自宅のタンスの中身。変態パートナーのせいで減り方も尋常じゃない。
つい熱を入れて物色するうち、お店のお姉さんと美樹さんに両脇をかためられてあれよあれよとフィッティングルームへ。なんで昼間っから鏡の前で乳を丸出しにしてるのかしらあたし。
まぁせっかくだから、試着してみる。…ん?

「あの、サイズ合わないみたい、で…」
「どのような具合ですか?」
「谷間の部分が浮くっていうか」

あらお客様、ではカップサイズを大きくしましょうね…ってマジで?
ワンサイズ上げてみたら確かにピッタリ。これってアルファベット何番目だっけ。

「香さん、可愛がってもらってるのねぇ」

なぜか嬉しそうな顔の美樹さん。口元を手で隠してにじり寄ってくる。

「可愛…?」
「心当たり、あるんでしょ」

心当たり…と、おっしゃいますと。
あ!
顔が瞬時に熱くなる。嫌だわかっちゃうのかしら。
まともに頭が働かないまま、そのまま上下セットで購入してしまった。




「はい、どーぞ」
「ありがとう冴羽さん」
「美樹ちゅわ〜ん、どうせならお礼はもっこりで」

―カァン!

飛んできたお盆を辛うじてかわす。必然的に美樹との距離も広がった。

「…海ちゃんったら、キャッツの備品を持参してやんの」
「ふん!正解だったろう」

銃でも使って床に穴でも開けたら香に申し訳ないからな…って、大人じゃん。毎度キャッツを破壊してるこっちとしてはちょっと肩身が狭かったりして。
3人がいるのは冴羽アパート。お裾分けにと食材をキャッツの2人が持ってきてくれたが香はあいにく不在。もてなす人物はただ1人だが、お茶ひとつまともに出すはずなく先ほどの騒ぎだ。

「いいのよ〜ファルコン。ただの冗談よね、冴羽さん?」

含み笑いしながら美樹が海坊主をソファーに座らせた。

「誤解だ美樹ちゃん!ボキはいつも本気だよ!!」

言いながら抱きつこうとしたら、海坊主が阻止する前に美樹に軽くあしらわれる。

「いいのよ隠さなくて」

何のこと?…それにしても楽しそうだな美樹ちゃん。
少し身を屈めて、内緒話の体勢で囁く。

「とうとう一線越えたんでしょ?香さんと」

…は?
断言出来る。目が点だ。
こら、はしたない!とたしなめる恋人を気にせず美樹は話を続ける。

「香さん、バスト大きくなってたわよ。さすが冴羽さん、テクニシャンなのね!ふふ、こういう話するにはまだ時間が早いかしら?」

いや、そういう問題じゃなくてね美樹ちゃん?

「ご、ゴホッ!ま、確かに最近香は綺麗になったな」

頭から煙噴き出しながら、何言ってんの海ちゃんも?

「見直したわ冴羽さん」
「しっかり自覚を持った行動をしろ」

玄関で代わる代わる握手し、2人は帰宅。何だったんだ一体?
玄関から奥に移動しながら首をかしげる。一線を越えた?全然身に覚えありましぇん。

―カチャ…

主は不在とわかっていても慎重にドアを開き、そっと中に忍び込む。目指すはただひとつ。

「この前見たときはサイズなんか変わってなかったよな…」

迷わずお目当ての引き出しを開け、中身を物色。無意識にいくつかポケットに入れるのも忘れない。

「あ」

ベージュのノンワイヤーブラ。これは初めて見る。
手に取ってしばらく睨み合う。
何を迷うことがある?別に香のサイズが変わっていようが僕ちゃんには関係ないし。むしろ、あのオトコオンナにしてはやるじゃないか。よし、本当に大きくなっていたら誉めてやろう。
考え考え、ようやくタグをひっくり返した。




―ガチャアアン!!

けたたましい音を立ててドアが開いた。ドアベルより扉自体が軋んで立てた音がはるかに大きい。
何やってんだこの野郎、の「な」の形に開いた口がそのまま固まる。

「…冴羽さん、よね?」

美樹の言葉も無理はない。入ってきた男は完全に人相が違っていた。

「美樹ちゃん…!」

目の色を変えた僚がカウンターに身を乗り出して美樹に詰め寄る。

「何で一線を越えたって思った?」

主語が抜けている上に突然の質問だったが、何を聞かれたのかはすぐにわかった。
そもそも、僚がペースを乱すのは香が絡んだ時だけである。

「サイズが」
「それだけか?」

間髪を入れず問いかける男に、疑問がわく。

「香さん、心当たりあるって…」
「…そう、か」
「冴羽さん、じゃ、ないの…?」

そんな馬鹿な!!!
カウンターから2人が揃って叫べば、目を伏せたまま僚が笑った。

「いつまでも、ガキじゃないんだな。あいつも」

サンキュ、美樹ちゃん。
背を向けて立ち去ろうとする僚の腕を掴んで必死で引き止める。

「ちょっと、冴羽さん!どうするつもり!?」
「香を表の世界に返す」
「待ってよきっと何かの間違いよ!」
「…お前がさっさとはっきりせんからいかんのだ」
「ああ、そうだな」
「ファルコン!駄目押ししないで!!」

―カラン

「こんにちはー!なぁに?賑やかね?」

騒ぎの当事者がやって来た。
一瞬で水を打ったように静まる店内。何も知らない香は目を丸くするばかりだ。

「え、えっと?」
「…香さん!」
「はい!!?」

たまらず問いただそうとした美樹を海坊主が止める。

「ファルコン!?」
「俺たちが出る幕じゃない」

視線を一度僚に向け、美樹に戻した。

「まかせよう」
「そう…ね」

美樹の肩を優しく叩いてから、海坊主はまだわけのわからないといった表情の香と黙りこくった僚を店の入り口に追いやる。

「あのあたしまだコーヒーも飲んでないんだけど」

香の主張は黙殺だ。

「僚、まず話を聞け。結論を出すのはそれからでいいだろう」
「結論なんか決まってるだろ」

初めて目にするやけっぱちな態度の僚に、香が不安げに眉を寄せる。
僚、と海坊主がしかめっ面になれば

「…わぁったよ」

ほら香、帰るぞと、アパートに足を運び始めた。
2人の姿が見えなくなるまで見送って、ようやくキャッツの扉は閉まった。




「ねぇ僚」

キャッツから冴羽アパートに帰ってくるまでに何度名を呼んだだろう。そして何度無視されたことか。今日の僚は、おかしい。

「…あたし何かした?」
「何かした、って?」

ようやく答えを返した僚を見れば。

「何て顔してんの」

あたしに見せていいの、そんな顔。そんな、弱々しい顔で笑わないで。
たまらなくなって駆け寄った。両腕を掴んで必死で話しかける。

「僚、ごめん、あたし何した!?」
「…いや、俺が何もしなかったんだろ」

香の手を振り払いこそしないが受けとめもせず淡々と言葉を紡ぐ姿が目に痛い。

「何よ、何なのよ。話してよ…パートナーじゃないの…」
「香、」

呼ばれ、目を見つめる。瞳が潤んできたのはわかったが気にしてられない。

「俺はお前のことを最高のパートナーだと思ってる。」

香の目尻から一粒、涙がこぼれた。

「だから正直に答えてくれ」

僚の腕が香の手から抜け出し、きしゃな肩に触れる。

「好きなヤツ、いるんだろ」

瞬きしたら、涙がぱたぱた頬をながれた。

「…なに?」
「今まで俺の曖昧な態度で散々苦労かけた。…だから、お前が他に幸せを求めたって、いいんだ」
「何言ってんの」

瞬きを繰り返している間にすっかり涙は渇いた。
眉をしかめて問いかければ、僚は僚で業を煮やしたらしい。

「…だから!ブラのサイズが変わるくらい、愛し合ってるヤツがいるんだろ!?俺のことはいいから、そいつの所へ行け!!!」
「…は」

驚きで見開かれた香の大きな瞳を見つめながら、こんな表情も、笑った顔も、怒った顔も、泣き顔も、香のことなら誰より知っているのは自分だと思っていた馬鹿さ加減に、僚の口元が歪んだ笑みを浮かべる。
俺はおまーのこと何も知らなかったと同じようなもんなのにな。

「僚」

さあお別れの時間だ。優しい女が気に病まないよう、出来るだけさっぱりと。

「僚」

早く言えよ。言ってくれ。みっともないとこなんか見せたくないんだ。

「僚ってば…」

香は途方にくれていた。
ブラのサイズ、ね。なるほどそれでわかったわキャッツのあの騒ぎも僚の態度も。
ああもう。
美樹さんに付き合ってランジェリーショップに入ったのが間違いだった。
サイズアップした原因を勘違いした彼女が話を広めたのだろう。まったく、勝手に人のバストを話題にしないで欲しいわ。
それにしても、サイズが変わった理由にああいう行為しか思い浮かばないなんて。どうなの?それとも、そこまで考えが働かなかったあたしがお子様なの?
…とにかく、今の問題は。



サイズアップに関する香の心当たりが、僚に秘密で行ったイタリア料理のバイキングが原因の体重の増加だったと。
関係者一同に信じてもらえるまで3日かかったという。














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なんでサイズ変わってんの!?ってあらぬ想像してヤキモキする僚ちゃんが書きたかっただけ、なのになぁ。

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あきゅろす。
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