AM11:00
sideAH
―目を覚ましてよ
響く声に包まれる。
そこここにある雫や水溜まりが、太陽の光を乱反射する。
夜の間窓を叩いた音は消え、日も昇りきった今、眠りを脅かすのは外で動きまわる生き物の気配と殺人的にさわやかな日差し。
雨上がりの朝は美しい。
雨に洗われた空気は清々しく、働き者の労働意欲に火を付ける。迷惑な話だ。
「僚ー!気持ちいい天気よ」
さっそく自分をワーカホリックの餌食にしようとする勤勉な日本人女性が1人。
うるさいなぁもう、天気がどうだろうと僚ちゃん眠いの。
「依頼がないからっていつまで寝てんの!!」
依頼がないからこそ寝てんだよ、と口の中でもごもご言ってみても階下のおせっかいには聞こえやしない。
階が違っても扉越しでも関係なく相棒の声は耳に入ってくるというのに、僚の声は届かない。
「もう!あんたいい加減にしなさいよ!?お昼近いんだからさっさと起きて!!」
なんだよ香、勝手に入ってくるなよ。
「なぁにごちゃごちゃ言ってんの」
だぁッ!!さーわーるーな!襲うぞ!
「だから何言ってるかわかんないってば。せっかくの天気なんだから…。僚、目を覚ましてよ?」
もうコイツは…!
なんだかしおらしく頼むものだから、たまらなくなって思わず手を伸ばした。
ベッドに引きずり込んだ細い体をかき抱き、くせっ毛だが柔らかい髪に口付ける。温かい。そっと目を開こうとして、思いとどまる。
―目を覚ましてよ
お前がそれを言うのか?
いやだ、まだいやだ。現実なんかくそくらえだ。
柔らかい髪の毛から耳を探り、くすぐったそうに身をよじる香にかまわずほとんど耳に触れる位置で、はじめてはっきりと囁いた。
「目を覚ましてくれよ」
なぁ香。そしたら俺も起きてやるから。
窓の外の活気に耳を塞ぎ、明るい日差しから目をそらし、眠る。
シーツの海に、僚は1人。
*****
香さん死後まもなく。
夢と現実が混濁。
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