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始まり




カツーンカツーン、

調度準備をしていると聞こえてきた、床に押し付けられる数人の人の足音。
毎日手入れされた革靴の底が重なって音を発した。
いや…一つだけハイヒールだ。

「A0012型は?」

1人の男の声がする。
きっとそのうちの1人だろう。

「こちらです。」

今度は女の声。
狡猾そうな鋭いハイヒールの音にぴったりな、刺々しい声だ。

「そうか。」

男がそう、どこか哀しげに答えると、無機質ばかり続く廊下を立ち止まった。

その2人の他にさらに2人いるようだが、その2人が言葉を発することがない。
警護か何か、といったところか。
この足音は2p厚底のブーツの音。

ウィーン、

自動ドアが素早く開き、彼らを迎い入れる。
やはり4人のうち2人は厳重に装備した警備員だった。

「あぁ、いらっしゃいましたか。」

私は彼らに笑顔を向けると、規則正しい礼を行った。
男がそれを左手で制したので、すぐに顔をあげた。

「時間より遅れてしまって申し訳ない。」

「数分のことです。
私は構いません。」

貴方が待ち合わせ時間にルーズなのは今に始まったことではない。
ずっと前からそうだった。

女が男をちらりと見て、催促するように肩でこずいた。
私は構わなくても、女は構えないとでもいいたげだ。

確かに時間が推している。

「あぁ、そうだな。」

男は八つ当たり気味に答え、私に一歩歩み寄った。

「不具合は?」

「ないですね、準備はもう10分と54秒前に終了しています。」

「そうか…。」

男───この研究所のオーナー、クルルギは私の後方にある数体の人型ロボットを見つめる。
その目はどこか愛しげで、哀れみを含んだ…
私にはよくわからないが、我が子に向ける親の愛情があるような気がした。

「姿は似ていても、これほどまでに違うとは。」

「そうですね、私も残念です。」

だって特別だったのでしょう?

そう困ったように微笑む私に、オーナークルルギは微苦笑をもらす。

「だが上からの命令だ。
…処分をすることに関して私はもう反対だ。」

「みなまで言わずとも、わかってますよ。」

どこか必死なオーナーに今度は普通の微笑み。
オーナーはそんな私の顔を見て、くしゃりと顔が潰れた。。
今にも泣き出しそうな顔。

「オーナー、泣かないで下さい。」

「っ…ならお前も泣くな。」

「は…」

ポタ、

今まで存在を認識できなかった一滴の水滴が地面に落ちた。
ただその音は耳が普通より格段によい私の耳に届くには、充分すぎる音量だった。

頬に手をやるとそれは確かに私の眼から流れ出た涙のようだ。

私は濡れた指先を信じられないと暫く唖然と見つめ、その手を強く握る。

あぁ、感情のない私が涙を流すとは。

「早々に処分を。」

「…あぁ。」

遅くなるほど、オーナーを悲しませるだけだ。
後方のロボットを見つめ、オーナーはその側にあったロボット用の注射を手に取る。

「注入してください。」

私はそれを見守り、ゆっくりと歩み寄った。

「…………。」













ロボットは死を怖がってはならないのに、

そのロボットの手は震えていた。
オーナーは落ち着かせるように撫でる、

「…貴方は優しい。」

そう呟くと、オーナーはまたあの目で

「当たり前だろう。
…私の最高傑作だからな…。」

…特別、だからな。

「…はい。」

オーナーはゆっくりと、ロボットの脳に当たる中枢部を破壊する、ナノロボットの入った注射器を宛がう。

「痛いんでしょうか?」

私は思わず聞いた。
オーナーはこちらを振り替えると、

「痛くないよ。
ロボットは…痛みを感じないものだ。」

プシュ、

「ア…ァ、ア…」

ロボットらしい、機械音が混じる声。
ナノロボットがもう中枢部に到達したのだ。

私は目を閉じる。













そこには暗闇があった。

オーナーもいない。
1人の世界。

人は昇天するというが、ロボットはどこへ向かうのだろう?
それはロボットにしかわからない。












いつの間にかロボットの呻き声は掻き消え、別の音がし出した。
それは金属が当たり、火花を散らす音。
人の声。

どんどんと騒がしくなっていく。

「……………オーナー?」

パッと目を開けて周囲を見回す。

…どこだここは。

研究所が跡形も無くなっていた。

大地は横に広がり続け、全て土。
もう幾年か前に、自然保護のために回収されたはずの土がこんなに沢山あることに驚く。
さらに危惧せねばならないのは、

人が、戦っているということだ。

刀を持ち、互いに斬り付け合う。
赤と青、わかりやすい判別だ。
随分とアナログな戦い方。

今が何年だと思っているんだ?
それとも、これはバーチャルの世界なのか?

『うぉおおぉおおお!』

「!」

ガッ

後ろから襲いかかって来た男の刀を真剣白羽取りする。

『なっ…!』

…バーチャル、ではない。
本物だ。

「すみません、ここはどこで、今何が起こっているんですか?」

私がそう安心させるように聞くと、男はよくわからないと言ったように苦悶の表情をした。

『なに喋ってんだ?あんた。』

言語が違う。
これは、

「日本語、ですね。
もう一度言います。
ここはどこで、今何が…ってあ!
逃げないで下さい!」

日本語で話しかけたというのに、男は刀を置いて逃げていってしまった。

私にどうしろというんだ…。
残念ながら何千ページとある研究所のマニュアルにこういうシチュエーションの時にどうすればいいかなど書いていなかった。

路頭に迷う、確か日本にそんなことわざがあった気がする。

まさにこのことだ、と1人その場に立っていると、
また別の男が襲いかかってくる。

私は刀を構える。

とにかく、非生産的である"戦争"は終了させなければならない。
ここがいつで、どこでも、介入させてもらおう。













…この戦争の両方の指揮者を、殺す。












「ぐああっ!」

男を切ると、さらにその向こうで取っ組み合っていた赤と青の防具を着込んだ2人を一気にたたっきる。
返り血と生臭い臓器がべとりと体に付くが、それを気にすることもなく私はただただ進んでいく。




(殺しなんて息をするのと同意だ)

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