仮面じゃない
「…、えと、これは…どういう…。」
「……………。」
起きるタイミング悪かったか?
俺なんで脱がされてんの?
周りを見回すとそこは知らない部屋で、目の前にいるのは才蔵さん。
抱き抱えられて着流しを脱がされ掛けている理由を説明してほしい。
「…………。」
さっと上衣と袴を見せられ、なんだ?と疑問符を俺は浮かべる。
それから数秒の間の後、
「あ、」
死んだことを思い出す。
確か、溺れさせられて。
つと着流しに触れてみると肩の部分がぐっしょりと濡れていて、乾くには時間がかかりそうだ。
ということは、才蔵さんは起きない俺に代わって、着替えさせようとさせてくれていたわけか。
「ごめんなさい、勘違いしました。」
自分の先走った考えに恥を覚えて、苦笑いを溢す。
あーぁ、これもお兄さんのせいだ。
才蔵さんは俺を降ろすとそれらの新しい衣服を手に持たせる。
自分で着替えろ、ね。
「わかりました。」
立ち上がって上衣を手にして着流しを脱ぐ。
「……………。」
「……………。」
ここの人って着替えを見守るのが普通なのか?
ひしひしと下からの視線を感じながら、中に着るらしい白い薄手の物を身に付けると、その上に褐色の上衣を着た。
最後に袴を手にとる。
…取り敢えず履いては見るものの、
着付け方などわかるはずもなく…。
「…………あの、」
「…?」
「着方がわからないんですが…」
「?!」
や、そんな驚いたようにしなくても。
「一回も着物なんて着たことがなくて。」
「…わかった。」
一瞬動揺したようだったが、才蔵さんは畳に残された黒の横線の入った赤い帯を持って、立ち上がる。
俺は袴を持って待機。
才蔵さんの着付けは同様、お兄さんのように素早かった。
俺の前に立った才蔵さんは身を屈めながら俺の腰にしゅるしゅると帯を巻いていく。
丁度俺くらいの背丈まで屈んでいて、顔がよく見える。
(顔の半分は布だけどな。)
「……………。」
鼻筋が通ってるし、目の位置によるけど布を取ったら絶対格好いいのに。
勿体ないな。
「…………離していいぞ。」
「ぁ、はい。」
キュッと最後に帯をきつく結ぶと才蔵さんは離れて言った。
「ありがとうございます。」
「…いや。」
表情が読めないけど、その身振り手振りは俺が死ぬ前と同じ。
「…結局生き返ってしまいましたね。」
自分の手を見つめて、微笑む。
血の通ったほんのり赤く染まる手。
生きている証拠だ。
「………………不死身だからな。」
「嘘つきですよ、才蔵さん。
殺してやるっていって殺してないじゃないですか。」
からかうようにニヤニヤと笑いながら才蔵を見上げた。
才蔵さんはそんな俺に呆れたようにため息を吐く。
「挑発するのはやめろ。
もう俺はお前に手出しはしない。」
なんだ、挑発していたのがわかっていたのか。
「そうですね。
…これで580回目です。」
「……………そうか。」
「…はい。」
才蔵さんが突然歩き出す。
そういえばお兄さんと真田さんを置いてったままだ。
俺はおとなしくその後を付いていった。
「ねぇ、才蔵さん。」
「…………。」
「その顔の布は取らないんですか?」
「…………普段は取っている。」
「…僕はまだ疑われているってことなんですね。」
お兄さんはもう顔出ししてしまっているけどいいのか?
「…………。」
肯定、否定の返事無し。
だがそれは肯定の意を指す。
「才蔵さん、イケメンだと思っていたので見たいなと思ったんですけど、それは残念です。」
「…いけめん?」
聞きなれない言葉なのか聞き返してくる才蔵さん。
「とてもカッコいいってことですよ。」
「……………。」
すると、するすると布をほどいていく。
「えっ、そんな簡単にいいんですか。」
振り返った才蔵さんは案の定カッコいい。
髪はお兄さんや真田君と違って黒。
だが目はそれよりも漆黒で、深い闇色をしている。
「いい、困ることはない。」
…仮面、なのか?
じろじろと彼の顔を見返すが、そんな感じはしない。
だがなんとなく違和感を感じる。
とことん無表情なのだ、彼は。
「カッコいいですね、やっぱり。」
「…どうも。」
少しは喜んでもいい気がするが、彼はやはり無表情のままだった。
(仮面じゃない、ただ無表情)
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