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溺れる五秒前




「……………。」

「……………。」

「才蔵さんて、無口なんですね。」

厠に入らず、壁に寄りかかる俺に何も言わない。

疑問も、肯定も、否定も。
黙ったまま俺の横に立っている。

(黙る、か。
なんだか昔を思い出すようだ。
昔も俺は沈黙する人だった。
人とのコミュニケーションなんて無駄だと思っていたからな。)

「……………。」

「…才蔵さんですか?」

「………?」

何が、と見ることのできない目がこちらを見るのを感じる。

「僕を578回殺したお兄さんの部下ですよ。」

ニコっと微笑んで才蔵さんに顔を向ける。
才蔵さんは、うーんと唸るように何故か首を傾げると、縦に一回降った。

「…なんで死なないんでしょうね。」

と言っても、仕掛けはあるのかと聞いてきた人だから知らないんだろうが。

「…………不死身だから。」

ボソリと小さく言われれば、それが皮肉に感じて表情を曇らせる。

「あぁ、そうですね、」

なら聞き方を変えよう。

「どうやったら死ねるんでしょう?」

そう、これだ。
これがピッタリだ。

真っ直ぐに伸びる廊下を見て、その先を見つめて、
まるでそのまた先が見えたようにスッキリとした気持ちになった。

「……………。」

「お兄さんと貴方…だけなのかは知りませんが、貴方方に
刺されても死なない、毒を飲まされても死なない。
きっと撲殺してもできないんでしょうね。
…今度はお兄さんに燃やされてしまいそうですよね、」

このままじゃ。

ふふっと、笑えないことを言っているのに俺はほくそ笑んだ。

「……そんなことはない。」

「そうですか?
お兄さんはどうやら僕を本気で殺したいみたいですから。
今晩もきっと他の方法で僕は殺されます。」

それは確信に近い予感。

「…………殺されたくないのではないのか?」

怪訝そうに才蔵さんが言う。

「むしろ逆ですよ。
死にたいんです。」

そう言ったら、才蔵さんの口元は動いた。
何か言いたかったんだろうが、何かを言う前に俺は遮って続けた。

「お兄さんは真田さんに、僕が不死身であることを何故か伝えていないみたいですね。
…僕は彼にその事を伝えようとしましたが、」

「………………。」

「…できませんでした。
…ある意味これは危険信号です。」

困ったように笑って、

「平穏に過ごせれば、いい…。
居場所があるならそこにいればいい…。」

最初はそう思っていたけれど、

「平穏どころか毎日騒がしい日になりそうですし、
この今いる場所はお兄さんと真田さんに故意的に作られた虚ろの幻でしかない。

そこに甘えてしまう自分が嫌なんです。」

そういう甘ったれた自分が、死にたくないなんて思ってしまう自分が大嫌いなんだ。
だからいち早く終わらせたい。
(死にたくないっていう思いが俺を満たす前に)

「…って、僕は何を貴方に言ってるんでしょうね。」

自重しよう、と自分の目を細めて視界を悪くした。

世界が滲む。

「別に貴方が僕を殺してくれるわけではないのに。」

そう、誰も僕を殺せない。
殺せないんだ…。

才蔵さんの目は今どこに向いているんだろうか。
ふっと才蔵さんに目を向けると、ドクンと心臓が跳ねる。
布越しに目が合った気がしたのだ。

その視線の感覚は、お兄さんのあの目のものとどこか似ていた。

「……なら殺してやる。」

「…はい?」

グイッ

「っ──…な、に!!」

いきなり腕を捕まれて持ち上げられたかと思うとザッと勢いよく風が過ぎ去っていた。
…否。俺と才蔵さんが進んだんだ。

どこに向かっているのかは知らないが、
殺してやるというからには、少なくともいい場所には向かっていないのだろう。

「才、蔵さっ!」

ぐっと体を引っ張られ、頭をぐわしと捕まれる。
わけのわからないうちに後頭部を前に押された。

バシャァアアッ

「!!?」

瞬間、あたりを水が包み込む。

何っ…!?

あまりの事の変化にごぼごぼと空気を吐いて足をばたつかせた。
頭から肩に掛けて突っ込まれた水は、ぬるくて、
突っ込まれた先の水が溜まった縁に手をかけるとそれはよく水の染み込んだ木の手触り。

これは────風呂場だ。

唐突に理解した自分の状況。
なるほど、溺死か。

それもあり得る。

さっき上げた他の殺害の方法で才蔵さんは俺を殺しにかかったらしい。

「(まったくこうも簡単に、)」

別に挑発するつもりはなかったのだが…
この世の人は、人殺しに慣れているから挑発じゃないちょっとした挑発に乗ってくれるみたいだ。

ばたつかせる足を誰かの手によって押さえつけられる。
(誰か、は明白だが)
そしてさらに水中に俺は押さえつけられた。
最後の呼気が気泡と化して頬を伝って昇ってゆく。

同情、
才蔵さんの手からそんな気持ちがひしひしと感じられる。

悲観的にしか物事を考えられない人間に与える慈悲の心。

「(優しいのか、酷いのか、)」

俺は甘んじてそれを受け取ろう。




(押された拍子に吸い込む水)

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