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眠れる、獅子




「付き合っていた女性の方が僕に愛想を尽かしたみたいで。
いきなり怒鳴り散らしてきたあと、お腹を包丁で一突きされました。」

(嘘だ、本当はそう俺が促した)

「それで、暗転して死んだと思ったら、あの場所でいつのまにか武装をして立っていた、というわけなのです。
理由はお分かりいただけましたか?」

いつのまに畳を見ていたのか、すぐに顔を上げて再び笑顔を象(カタド)った。

真田君は口をあんぐりと開けて唖然としていて、お兄さんは無言で俺を見据えている。

あと言うことは何もない…、だろうか…

何か言い忘れていないか考えていると、数秒の沈黙の後、やっと口を閉じた真田君が唾を飲み込んだ。

「こ…っ殺されたのでござるかっ!?
付き合っていた女子に!!?」

「はい、そうですよ。」

淡々と答える俺に、真田君はぐっと顎を引くと膝の上の拳を固めた。

「名字、殿…
…辛くはないのでござるか?」

微かに震えているその声に、思わず眉をひそめた。

「…何故です?」

首を傾げて苦笑する。
真田君の顔は、うつ向いていてよく見えなかった。
…だが雰囲気で、涙ぐんでいるような気がしてならない。

何故泣くのか?
その意味を含めて問う。

「愛しい者に…殺されたのだぞ!!?
お主は辛くはないのか!!?」

愛しい者…ヘドが出るくらいだ、あんな女。

「ちょっと旦那。
まだそれが真実かは…」

「五月蝿い!佐助は黙れ!
…某は腹が立っているのだっ!」

「──…」

珍しいことなのだろうか。
自分の主の荒々しい様子にすっかりお兄さんは閉口してしまった。

わなわなと肩を震わせ黙ってしまった真田君のただよらぬオーラに、話掛けようか迷いつつ、俺はとりあえず口を開いた。

「真田さん、申し訳ありませんが僕には貴方が怒っている理由がわかりません。」

そういうとピタッと真田君の武者震いが止まる。

シーン…と、そんな文字が浮き出てきそうな俺と真田君の間。
お兄さんは既に我関せずと決めたようだ。

「…お主の笑顔は能面だ。
いつも笑っている能面…
本当の感情を表に出さず、奥にしまい込んでいる…。」

「………。」

何…?

「辛いならば辛いと申して下され…
隠す理由が某にはわからない…。」

「…真田さん。」

違う。
違う。
俺はそんなんじゃない。

あいつに愛情なんて雀の涙も湧いていない。

「まるで誰かそっくりだ…。
お主のような者ばかりなのか?
その"異世界"には。」

「っ………。」

「…それともお主も、何かがあって、心を閉ざしてしまったのか?」

「なっ……。」

心を閉ざす…?
何を言って…

物を言わせない迫力に、俺の小心はさらに縮み上がり、微かながら表情が強ばったかもしれない。

その時、ふっと真田君の肩の力が抜けた。

「…すまぬ、変な事を申しましたな。
頭に血が昇ってしまったようでござる…」

自重気味の笑顔を浮かべ、顔を上げた真田君。
俺は何も言うことができなかった。

それから立ち上がる真田君をただ目で追っていることしかできなかった。

「…名字殿、昨日から何も口にしていないのでござろう。
それにきっと疲れもある。
今日は夕食を食べて、ゆっくり休まれるが良いでしょう。
…某はこれで失礼致す。」

立ち去ろうとする真田君の後を、慌ててお兄さんが追いかける。
真田君は襖近くに来ると、立ち止まり、

「…佐助。」

「っは。」

「…名字殿を部屋へ案内しろ。
そのあと某の部屋には来なくてよい。
今日は、もう来るな。」

そういうと真田君は静かに襖を閉めて、廊下を歩いていく足音を立てながら、その気配を薄くしていった。

「…了ー解っ、と…」

「…………。」

「…………、」

「…………。」

「…こりゃ参ったねぇ…。」

「………はい。」




(獅子を起こしてしまったようだ)

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あきゅろす。
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