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サボ
嘘つきは泥棒のはじまりだと言うけれど。実際、彼らが嘘をついて盗みきれたものなんて、たかが知れている気がする。

そんな気がするのは、おれだけなのだろうか。

嘘にも様々な種類がある。誰かを貶ようとする嘘、誰かをまもるためにつく嘘、なんら深い意味なんてない嘘。嘘も色々、十人十色。とにかく理由はそれぞれとして、そうして泥棒と化した彼らが盗んだものはなんだったのか。

「おはよサボ」

通り過ぎ様に声をかけられる。その声に手をあげて応えると、どこかはにかみながらも立ち止まらずに、通り過ぎて行ってしまった。しかし、これで良い。

後ろから友達と颯爽と歩いていく彼女は、今日も可愛いと思う。その可愛さは嘘じゃあない。それが例え、嘘から始まったものだったとしても。

もしも完璧に嘘を操る人物がいるとすれば、それは彼女のことだったのかもしれない。

彼女はいつも嘘をつく。平素と変わらぬ表情のときもあれば、それは笑顔であったり、不機嫌顔であったり、ぼーっとしているときも、はつらつとしているときも関係ない。バリエーションはまさに様々で、そのどれもが完璧なまでに自然に行われている。ゆえに、おれの定義から言ってしまえば、彼女は正真正銘の泥棒だった。

いつも彼女は嘘をついていた。それは主に彼女の友達や、そのまわりをうろつく男子たちに向けられていたもので、彼女は、そんな彼等の信頼と愛情を盗んではしっかと握り離さなかった。そんな中、おれもその一人として、いつも彼女の嘘に騙され続けている、ふりをしている。

「サボ!数学っ数学見せて数学!もう無理私わかんない!」
「…ちょっと待って、どこ?」

離れた席からとんできた彼女は、ノートをにぎりしめながら必死の形相でおれの前の席に飛び込んだ。あ、そこエースの。言おうとして、やめた。言わなくても、いいや。

そうしてぽんと数学のノートと教科書を引っ張りだしてやれば、あとはありがとうと言ってがっつくようにノートを写し始める。いっつもおれのノート写してばっかで、たまには自分でやればと。呆れながらもそう、言おうとして、やめた。言わないほうが、いいか。

懸命にノートを写す彼女。それはきっと、彼女にとっては呼吸とも変わらぬ嘘なのだ。どこからが嘘だなんて、上から下まで真嘘だよ。おれが気付いていないとでも?

「こら!そこ!おれん席だ!」
「ごめんちょっと、ちょっと待ってエース!」
「待ったねぇえ!」
「ひぎゃあ!」

肘をついて必死にノートを写している彼女をぼうっと眺めていると、遊びに行っていた席の主が帰ってきたようで、おれ達の上に仁王立ちの影が落ちた。

エースはきっと、気付いていない。

書き終わるまで待ってやるなんてサービスはエースにはかなったようで、どんと思いっきり彼女を椅子から落とすように尻から押し込む。ノートを落とさないようにして押さえ込んだ彼女の手の隙間から、数学の計算式やらなんやらが目に入る。

きっと、おれ以外がこれを見ても、違和感なんて感じないんだろうなあ。

おりゃあ!なんて、小学生みたいなやりとりに思わず笑って眺めると、負けじと彼女はエースの背中を殴っていた。


おれも彼女もバイト組で、エースや彼女の友達は部活組だ。エースもバイトをやっているのだが、あいつは週末だけであって、普段は何をしているのか、色々な部活を点々としている。多分助っ人、なのだろうけど。バイト兼部活組とカテゴリを増やしてみれば、そういえば彼女も週末バイト組で、平日は暇な学生組だった。だからなのだろう、こうしてバイト休みの暇な放課後は、気付けば一緒にいることが多かった。いや、多くなったのか。

「さっちん、エース好きみたいなんだけど、エースって彼女いるの?」

おれはおれの席、彼女はエースの席に座ってだらだらだらだらと他愛のない話を続けている。おれはまた肘をついて、言葉続けながらも、一心不乱に弄ばれている彼女の携帯ストラップの熊をただぼうっと眺めていた。

「いないかな。エース、そういうの鈍いし」
「…だよねー、だと思った。だからさー、いなかったとしてもエースは難しいよーってさっちんに言ったんだけどねー」

けど、でも、だけど。ストラップの熊を一心不乱に見つめながら怠惰に言葉を重ねていく。ほとんど話しているのは彼女の方で、おれはタイミングを見て相槌を打つだけ。おそらくスポンジで出来ているだろう熊は、にぎにぎと潰されればもちもちと形を戻した。それを、彼女の指先とともに、ただぼうっと眺める。ふりをしている。

「良いねー恋する乙女、色気づいちゃってまー」
「そうだな」
「…え、サボそういうのわかんの?うわっ、意外…」
「なんかおれに失敬だぞ、それ」

エースと似たり寄ったりかと思ってた。そう言いながら、そんなにも意外だったのか、いや、おれからしてみればわざとらしく手をとめれば、ばっとこちらへ顔を向け心外そうに口をぽかんと開けている彼女。顔をあげたせいで、思わずばっちり目が合ってしまったのが気まずくなったのか、すぐに顔を背ければまた熊をもちもちと握り潰した。ああ、演技だ。

彼女は本当に逃げるのがうまいなと、思う。会話の一つ一つ、仕種や動作の一つ一つに巧妙な嘘が練り込まれていて、それはまるで迷路のよう。エースの話の流れから、全く無関心に続けているようにもみえるが、その実全てでちらりちらりとこちらの反応を疑っている。盗めるものなら盗んでやろう、あわよくばそのまま逃げてやろう。こんな感じだろうか。

「まあ、見てるからね」
「…え?」
「いろいろと」

ならばおれは逃がさないと。再びなんのことだか判らないとでも言いたげに顔をあげた彼女に、そう気持ちを込めてにんまりと笑んでやれば、彼女は何を察したか、はっとして罰が悪そうに俯いた。俯いた故に表情は見えなくなったが、赤くなった耳が全てを物語っている。ああ、ここだけは素直だ。さて、そろそろ彼女に教えてやらなくちゃ。嘘つきに嘘は通じないって。

しんと静まり返った教室の中、もちもちと熊をいじる彼女をゆるゆると見遣る。完全に視線は熊に釘付けで、顔をあげるそぶりすら窺えない。それでもじわじわと彼女の焦りを感じれば、おれは思わず笑わずにはいられなかった。くっくと声をもらしてしまうと、彼女はどこか観念したのか、ぐうっと息を吸い込んで大きく息を吐き出した。

「サボの、そういうところ嫌いだよ」
「おれも、きみのそういうところは嫌いかな」

俯いたまま、頬を膨らませ、唇を尖らせてみせる。この表情も、嘘。今、咄嗟につくったでしょ。だってちらちら向けられる意識がおれを探ってる。嘘をついて盗み、そうして隙をみて逃げる。彼女の十八番だ。

ああ、嘘に嘘を掛ければ、それは真実になりえるのだろうか。いつだったか考えた。マイナスとマイナスを掛けるように、彼女が口にする嘘と、おれが口にする嘘を掛ける。するとどうなるだろう。それを考えるとどことなくわくわくしてしまって、結果を待ちきれない気持ちになる。しかし、答えは未だ彼女の口腔に含まれていて、尻尾すら見せてくれそうにない。でも、まあ、いいさ。そのうちに真実を、口を割って取り出してやるから。

あの数学のノートは、言ってしまえばおれのそれより完璧だった。わざわざおれに教えを乞う必要なんて微塵もないだろうに、わざわざ離れた席からとんでくる真意は、なんだったのか。もう、疑いようもないんじゃないか。

「素直になればいいのに」
「ばっかじゃないの」

じわじわと追い詰めていく感覚が楽しくて、おれは思わず笑ってしまう。徐々に余裕のなくなってきた彼女は、半ば投げやりにそう言うと、今度は携帯を開いてそちらへ集中を向けるようだった。逃げたな。

「ねえ」
「…」
「ねえってば」
「…うざーい」

いつか、飲み込めない程の真実が、君の唇から溢れ出す日は近いだろう。すきだ、すきすきあいしてる。男のおれが言っても気持ち悪いだけだから、その役目はきみに譲るとするよ。もしも溢れ過ぎて受けきれなくなったなら、責任もっておれも一緒に受けるから、さあ。

彼女はいつも嘘ばかりついていて、虎視眈々と狙っていたようだったけれど。嘘よりも確実に盗みきれる真実に気づいてしまえば、あとはもう仕掛けるだけであって。さあ、いつまでも待っている。嘘つきな泥棒は、おれが必ず捕まえてやるから。

まず手始めに、目の前で赤くなっている耳元へ、控えめにちゅっとキスをおとした。

(11.2.14)
(「ごめんなさい。」様→提出)



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