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無双
周泰×張遼
張遼が部下に突然起こされたのはしんと静まり返った真夜中だった。
眉間に皺が寄ろうとするのを何とか抑えながら、張遼は自分を起こした部下を見る。
その顔には焦りの色が強く出ていてさては夜襲かと枕元に置いていた武器に手をかけた。
それに気がついた部下は遮る様に手をかざすと客人で御座います、と少し震える声で言う。
客人、思わず言葉を繰り返してしまう。
こんな真夜中に訪れる非常識な輩は果たして客人と呼べるのだろうか?

少し待ってもらえ、と張遼は部下に命じ退室をさせる。
夜着から着替えようとしたところで聞き覚えのないかつかつという足音が響いた。
誰だ、と尋ねる声を遮る様に張遼の部屋の扉が開く。
意外や意外、(恐らくは部下の制止も聞かずに入ってきたのだろう)客人の正体は、寡黙な武人として知られる孫呉の周泰その人だったのだ!
常識外れの行動をする周泰に張遼は内心呆れていたが、仕方なく夜着のまま向かい合い自分よりも幾分高い位置にある瞳に目を向ける。


「はて、こんな時間に何の御用ですかな。」
「・・・武器を置け・・・」

こそりと後ろ手に握っていた青龍を見逃さなかった周泰は自身も腰に下げていた刀を床に投げながら言う。
戦意が無い事を示すためだろうか、だがまだ気は抜けない。
張遼は鋭い視線を周泰に送ると武器を手放しもう一度何の御用ですかな、と繰り返した。
周泰はその唇を少しも動かそうとはせずににゅ、と日に焼けた褐色の手を張遼に向かって伸ばしてくる。
慌てて身構えるも両手を包むように握られしまった、と声を漏らした。


「貴公、このまま私を殺して無事帰れるなどと、」
「好き、だ・・・」
「は、」


思わない事だ、と喉まで出かけていた言葉は驚きのあまり単純な音に変化する。
理解が出来ない、頭が事態を飲み込めない、なのに触れる手の温度がいやに現実味を帯びていた。
張遼が何も言わないのを好い事に周泰は顔を近づけるとその唇を奪い、何度も行為を繰り返す。
やっと我に返った張遼は周泰の足を思い切り踏付け顔を離したが周泰の方は手を離す気もないようで平然と立ったままである。


「貴公は、こんな悪ふざけをするために、このような時間に、合肥まで訪ねてきた、というのか!」


張遼の怒りの籠った声にも周泰は全く動じず眉一つ動かさなかった。



一方此方は呉の城の一室である。
宴会中だというのに珍しく酔い潰れている武将は居らず皆ちらちらと扉に視線を向けていた。
その理由は今合肥を騒がしている周泰なのだがまさか誰もそんな事をしているだなどとは考えもしないだろう。
周泰は一体何処に行ったというのだ、と普段は直ぐに酔っぱらってしまう孫権が落ち着いた声で言う。
さあ、と答えるのは呉の若き軍師である陸遜だ。


「さあ、とはあまりにも無責任ではないか、陸遜。」
「しかし周泰殿の行方はさっぱり分かりません。孫権様、兵に捜索をさせに行きますか?」
「いや、周泰の事だ。戻らぬ心配もないだろう。兵に余計な苦労を掛けさせてはなるまい。」
「そうだぜ、あいつなら賊にやられちまうって事も無いだろう。お前らも心配ばっかりしてると酒が不味くなるぜ!」
「兄上、酒が進まぬのは兄上も同じ事でしょう。」
「まさか、本当に思いを伝えに行ったのかしら。」


気の強そうな声を出した孫尚香に視線が集まる。
思いを伝える、実は今宵は宴会が始まったばかりの時に余興として一つ遊戯をしていたのだ。
室内の視線を一身に集めるこの尚香が発案した遊戯は負けた際には所謂(普通は少し行うのに勇気もしくは躊躇いが伴う)罰、が付くものであった。
周泰はその罰で意中の相手に思いを伝える、という何とも幼稚なものを引き当ててしまいそのまま部屋を出て行った。
最初は罰の遂行を嫌がっているだけだと思っていた面々だが周泰の自室に行ってもその姿は無く愛馬と共に忽然と姿を消しているのが分かった。
聞けば見張りの兵の制止も聞かずに城外に出たのだという。
何もそこまで嫌がらずとも、と誰かが溢した言葉を皆が鵜呑みにしていたがあの命令には忠実である周泰だ。
もしかすると、もしかするかもしれない、という思いが室内を包んでいった。


「そういえば、周泰が出る時に承知と呟いたのを聞いた気がしますな。」
「本当かよ!ははっ、じゃあ周泰が未来の嫁さん抱えてここに帰ってくるかもしれねぇんだな!」


孫策が豪快に笑うとそれに釣られてかどっと皆が笑ってしまう。
笑い声を感じながら孫策はぐびりと盃の酒を飲みほした。
孫呉の宴会はどうやら周泰が帰ってくるまで、終わりそうもない。



「今すぐ呉に帰るがいい!それともここでその首討ち落としてくれようか!」

合肥では未だ張遼の怒声が響いていた。
見張りの部下がやってこないのはどういう訳かと思ったがそれはどうやら目の前の憎たらしい男のせいであるらしい。
張遼は未だかつて受けた事のない屈辱に身を震わせ足は地団太を踏み何時もの紳士な振る舞いも出来ないほどだった。
合肥の鬼神と恐れられる己の怒れる姿を見ても平然とした顔付きの周泰の態度が余計に張遼を煽らせた。
( あまりにも、あまりにもな、屈辱だ! )
張遼はついにそう叫ぶと自分の手を握り締めたままである周泰の手を振り解こうと勢いよく手を振った。
一度は払った手をするりと掴むと周泰はまた振り解かれぬようにと指を絡ませ握り締める。
手が白くなるほどに力を込められ思わずう、と張遼は声を漏らした。
それが愉快だったのか周泰の口元が初めて緩み口元だけの笑顔を見せる。
こんなに最低の人格の持ち主は、張遼はかつての主である董卓しか知らなかった!

「・・・好きだ、と言っている・・・」
「この期に及んでまだその様な戯言を言い続ける気か!」
「・・・お前が恋しい、慕っている、だから、この様な事もしたくなる・・・」
「っ・・・離せ!私は、貴様の顔も見たくはない!」

次第に血の通わなくなっていく手に痺れと冷たさを感じながらそれでも張遼は周泰を睨みつけた。
武装をしていなくとも一般兵であればひっと腰を抜かしてしまう程の気迫にも周泰は知らぬ顔で口を張遼の耳元に寄せ耳朶に歯を立てる。
ぬるりとした感触と鋭い歯の感触、ぞくりとする間もなくそれは痛みに変わって張遼を襲った。
周泰が、自分の耳を、噛み千切るのではないかと思う程に強く噛んでいるのだ。
張遼の意に反して目に涙が滲んでしまうのを横目で見て周泰はますます笑みを深める。
幸いにくっついたまま無事である耳朶には痛々しい歯型が付き微かに血も滲んでいたが張遼はそんな事よりも目の前の男の事が恐ろしくなり始めていた。
自分と相手の武の間に然程開きがあると感じてはいなかった為知らず知らずの内に油断をしていたのかもしれない。
好きだ、とそれがさも免罪符であるかのように周泰は繰り返す。
ついには頬を伝った涙も拭えずに、張遼はそこに立ちつくすのだった。





奇人の愛、




( それは奇人か、果たして鬼人か )

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