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無双
馬超×張遼
「張遼殿!」


彼は何時だって愛馬の上から私を呼んだ。
その感じが悪くは無い、というよりもむしろ少しだけ心地好かった。
戦場では敵同士だがこういう機会があるのも悪くは無いだろうと思っていたからかもしれない。
張遼は武の頂を目指してはいたが戦場の相手にも紳士然とした態度であったし、何より割り切る性質だった。
故にこうやって敵国の将である馬超に声を掛けられても会釈などを返したりするのである。


「何用だ、馬超殿。」
「もう、帰られてしまうと聞いたのだ。」
「・・・耳が早いのだな。」


張遼は今蜀に居た。
今の主である曹操は軍神と謳われる関羽にひどく執着している。
曹操の命を受け張遼は(駄目で元々です、としっかりと念を押すのを忘れずに)こうして関羽の元を訪れていたのである。
魏軍に降りませぬか、という伝言はあっさりと却下されたのでこれまたあっさりと引き下がると張遼は関羽との手合わせに興じていた。
蜀の将が駆けつけてくるのにはそう時間は掛からず何人かと手合わせをすると張遼はしばらく蜀に居ないか、と蜀の君主である劉備に言われ素直にその言葉に甘えることにしたのだ。
雲長は張遼殿との手合わせが好きなようだ、と笑った顔には大徳と呼ばれる人柄が滲み出ていたが張遼は甘い男だな、と声に出さずに思う。
案の定軍師である諸葛亮は苦い顔をしていたが、渋々と引き下がった。張遼一人が蜀全軍を相手にどうか出来る訳も無いと言った割には武器は手合わせの時以外は没収される事になったのだが。

馬超は初日に手合わせをした日以来、積極的に張遼に声を掛けるようになってきた男だった。
曹操を憎む馬超はその部下である張遼にまで憎しみの籠った刃を向けてきたのだが負けてしまうと憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔で強いのだな、とその純粋な瞳を向けてきて驚愕したのを張遼は覚えている。
張遼殿、と馬超は手合わせに誘ったし時には茶に誘う事もあった。
気に入られるというのは悪くないものだ、と馬超を見ると思う。
彼は、分かり易い。(それは戦場で戦う者としては致命的な事かも知れない)
だけれど張遼にとってその真っ直ぐさはむしろ好ましく映った。
張遼は、分かり易い、明確なものが好きだった。(だからこそひたすらに明確な武の答えを求めていたのだ)


「帰らなくて良いではないか。」
「そういう訳には行かぬでしょう。私は余りにも長居し過ぎた。」
「長居、だなんて俺には思えない。むしろ余りにも短い。」


馬から下りると馬超は張遼の傍に寄り、諸葛亮から返却されたばかりの青龍に触れる。
関羽殿との手合わせは楽しいと言っていただろう、と不満の籠った声で話す。
楽しい、楽しいだけで、人は果たして生きていけるのだろうか、と張遼は思う。
(それならばどうして人が、人を、憎んだりするだろう?)


「張遼殿は関羽殿を誘いに来たのだったな。まだ、目的も果たしてはいないだろう。」
「殿には駄目で元々であると伝えている。関羽殿が降るあてがあるのなら私とてもう少し居ても構わないが。」
「張遼殿は、そうやって何時も涼しい顔をしているのだな。」


俺は貴方が帰るというだけで胸がとても苦しいのに。
馬超の漏らした声は、なるほど言葉通りに苦しそうで、その眉間には深い皺が出来ている。
その様子に馬超殿はお若いのだ、と思わず口をついて出てしまった。
自分が彼ほどの年の時には、あれほど真っ直ぐだっただろうか。(もっと狡い生き方をしていた、ような)


「俺も張遼殿ほどの年になればその様になれるのか?ならば俺は時の遅さを恨まねばならん。」
「馬超殿、別れなどいずれ慣れますよ。貴公も、きっと。」
「ああ、俺は、俺は、貴方の目から見て子供なのだな!どうして俺が後に生まれてしまったのだ!」
「子供だなんて、そのような事は、」
「俺が関羽殿と同じ年であれば!張遼殿は俺に魅かれてくれたかもしれないのに!どうして、どうしてだ!」
「私は十分、貴公にも魅力を感じる。」


感情が昂ったのか拳を握りしめ悔しそうに喚く馬超に張遼は宥める様な声を掛ける。
事実、関羽とは違う魅力が馬超にはあった。
その真っ直ぐさも、情熱も、ただひたすらに何かを追う無謀さも、若い馬超故の魅力なのだ。
このまま馬超を放って行くという事も出来ずに張遼は声を掛け続ける。
綺麗でない別れは、もう沢山だった。




「張遼殿、蜀に、降らないか。」





ようやく少しの落ち着きを見せた馬超は真っ直ぐに張遼の目を見つめそう言った。
突然の降れという言葉に張遼はどきりとする。それは、自分が関羽に言いに来たはずの言葉だった。
年は下だが自分と然程背の変わらない馬超に抱きしめられ、身動きが出来ない。
首を横に振るので精一杯の自分のどこが大人なのかと頭の少し冷静な部分が笑い声をあげた。

「俺は貴方が欲しいのだ、曹操の元など離れてしまって良いではないか。」
「殿への恩義を忘れ、蜀に降る事など私には出来ない。」

ようやく口から出た言葉はみっともなく震えはしていたがきちんと馬超の耳に届いたのだろう。
抱きしめられる力が強くなり、少し苦しくなる。
からんと音を立てて手から離れた青龍の存在など馬超は気にもせず張遼の首筋に自身の頭を埋めた。
首に感じる吐息が、張遼の背筋をぞくりとさせる。


「張遼殿が居ないなど、考えるだけで死んでしまいそうだ。」
「・・・それほど私を慕って下さるなら、いっそ貴公が魏に降ってしまわれればよろしい。」


張遼は馬超がそれを出来ないと知ってわざと口に出した。
自分は、魏に、帰らなければならない。
馬超が自分をどれほど慕っているのかは知らないが、それは物珍しさの混じった一時だけの憧れだろう。
このまま自分が帰ればその内に馬超はこの日の事など忘れてしまう、と確信にも似た思いが張遼の胸にはあった。
駄目押しとばかりにもう一度馬超に言葉を掛ける。



「馬超殿、私と居たいのならば、魏に降って下され。」



勿論待遇は保障する、魏に来れば私もホウ徳殿も居る、と唇は先ほどまでの重さを忘れたかのようにぺらぺらと動いた。
例え何があっても、馬超殿は魏には来ないだろう。魏に我が殿である曹操殿が居る限り。
自分と反対に押し黙ってしまった馬超の腕を解こうとそっと手を掛ける。
しかしもぞ、と首筋に唇の動く気配を感じて張遼も動きを止めてしまった。


「魏に、降るなどすれば、俺は自分で、自分を、殺さなければいけない。」


張遼殿、と呟いた声は何処か助けを求めるようで張遼は胸に痛みが走るのを感じた。
こんなに傷付けてしまうつもりはなかった、と言い訳じみた言葉がぐるぐると頭を回って支配する。
罪悪感に張遼も思わず顔を伏せ、馬超の頭に触れる様な形になる。










自分を殺してしまうのと、死んでしまうのは、どちらが苦しいのかな、












( いっそ立場や憎しみなどこの世から消えてしまえば良かった )


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あきゅろす。
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