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ウサギが死んだ日(宗太)


 宗太先輩と別れてからの日々は、まるでペダルを無くした自転車みたいだった。ありきたりな喩えで言うなら、色のない世界だとかそんな感じ。
 それくらいに、私が動くためには宗太先輩が必要だった。そう気付いたのは、別れてからで、後悔したのは言うまでもない。


 「別れませんか」と、口にしたのは宗太先輩だった。修学旅行に行きそびれたから、と少し遠出した先からの帰りの電車の中で向かい合って座る私に、窓の外を眺めながら先輩はそう言ったのだった。
 母親にメールしておこう、と携帯に向けていた視線が、その言葉で自然と視線が先輩に向いた。先輩は相変わらず窓の外のいつもと違う景色を見ていたけれど、私の視線に気が付いたのか、申し訳なさそうに目を伏せた。

「…え?」

 どうして?、と小首を傾げることしか私には出来なかった。先輩のあの言葉を肯定する勇気もなかったし、それが嘘だと思いたかったから。だって、先ほどまでいつもと違った町並みを歩いて、思い出を作っていたのに。あんなにも、楽しく過ごしていたのに。なんで、そんなこと言うの、嘘だと言ってよ、と淡い希望を持ったまま先輩の言葉を待っていた・
 私の声に、先輩は窓の外から自然を外して、困った表情の瞳に私を映していた。

「名前、ほんとにごめんなさい」
「宗太先輩…?」

 私の呼びかけに、普段はどこか余裕のある雰囲気を持つ宗太先輩が、追い詰められているかのような表情で、ごめん、と一言漏らした。それ以上に言葉を紡ぐことはせず、眉をへの字に曲げて私の目を捕らえていた。
 
「私が、我がまま言うから、嫌いになったの?」
「好きなままですから、そんな悲しいこと言わないで」

 即答だった。なんの迷いもためらいもない、真っ直ぐな声だった。
 だから、ならどうして、と喉から出そうになった言葉を殺して、良かった、と息を吐くように呟いた。きっと、先輩には先輩の考えがあって、そういう結論を出したのだと思ったから、そう呟いたのだった。先輩のことを思ったら、わがままが吐けなかっただけかもしれないけど。



 それから何の会話もないまま、電車は地元駅に到着した。そして、先輩と別れる時がきた。きっと、これが先輩と話せる最後なのかもしれない、と思った。
 だって、上級生の教室に行くことに抵抗のあった私を気遣って、いつだって宗太先輩の方から会いにきてくれていたのだった。
 きっと、ここで別れたら宗太先輩はもう来てくれないだろうから、私も話しになんて行けない。話しに行く勇気もない。だから、これで最後なのかも、と思った。

「名前、今日は本当に楽しかったですよ」
「良かった、楽しんで貰えて。私も楽しかったよ、宗太先輩」
「でも… 名前に」
「謝らないでね、私なら大丈夫だから」

 先輩が紡ごうとする言葉が見えていたからこそ、遮って零れた言葉は精一杯の強がり。最後に甘えることも出来ない。我がままも言えない。
 本当は別れたくないって言いたい。けど、最後まで先輩を困らせたくないって思ったら、言えなかった。

「大好きでした。これからもきっと、ずっと好き」

 泣きそうな笑顔で、掠れそうな声を振り絞って口にすると、「ありがとう」と微笑み返された。それと、声にはされずに、だいすきですから、と口パクで言われた。確実にそう言ったのかはわからないけど、自惚れって言われたって良い、そう言ったんだって思っていたい。

 そして、先輩が見えなくなるまで手を振ったあと、糸が切れたかのように涙が溢れてきた。ポツ、ポツ、と流れてきた涙はやがて川のように量を増して、いくら拭っても拭っても、頬には涙が伝っていた。

「先輩の、ばか」

 先輩が帰っていった方向に向かって、小さく吐いた。なんで今日、別れ話するの。
 学年が違うから、修学旅行は一緒にいけないって思っていたら先輩、風邪引いちゃって修学旅行行けなくなっちゃったから。だから、一緒に今日その代わりになるかどうかわからないけど、遠くに行こうって誘ったのに。なのになんで、今日そんな話をするの。
 心の中で呟きつつ、顔を濡らしながら家へと足を向けた。


 泣きはらした顔、涙交じりの声で「ただいま」と口にしたら、「おかえり」と寄ってきたお母さんが目を見開いてどうしたの、と慌てた様子だった。リビングの椅子に腰掛けて先ほどの出来事を話し終えると、お母さんが頭を撫でながら、「たくさん泣いて良いから。いつか笑えるときがまた来るから。終わりじゃないのよ」と慰めてくれた。それがすごく、胸に染みた。




 そんな日からもう1週間は経っているけども、毎日のように帰ってきてはすぐにベッドにダイブして、枕を濡らす日々を送っていたりする。
 学校の休み時間になればいつも先輩がきてくれていたのを思い出して悲しくなったり、家に居たら居たで先輩と買ったものが目に入って仕方がない。捨てようと思っても、なかなか捨てられない。なんて未練がましいんだろうと思いながらも捨てれなかった。
 理由は目に見えてる。だってまだ、先輩が大好きなんだから捨てられるわけないってことくらい。

「あーあ、ばっかみたい」

 また戻れる、だなんてまだ淡い希望を抱いているなんて、ばかみたいだ。大丈夫、って先輩に言ったのはどこの誰よ、と呆れてしまう。
 だって、そう言わなきゃ先輩に余計な心配とか迷惑かけちゃうから、と自分に言い訳する。我がままくらい、最後なんだから言っても良かったのにって少しだけ後悔していたりはするのだけども。でも、今更そう思ったって仕方ない。もう、戻れないんだから。

 なんだか、先輩と別れてからの私はやけに非行動的になってしまった気がする。
 私の所属する美術部は自由参加で、私は文化祭だったりコンクール前にならないとあまり参加することもなかったから、先輩が部活を引退するまでは練習を覗いて手伝いをしていた。要するに、マネージャーのお仕事をさせて頂いていたわけで。
 先輩が部活を引退してからは、放課後にどこか行こう、とよく誘っていたし、お互いのどちらかの家によく行っていた。土日もショッピングだったり、イベントだったり、一緒に出掛けることが多かった。
 それに、先輩と付き合う前でもそういう、放課後遊びに行ったり、土日は出かけたりということを友達とよくしていたのに、先輩と別れてからはそういうことをしようとしなくなった。
 なんで?と問われると困ってしまうのだけど、先輩との思い出に浸っていたいのかもしれない。笑ってしまうような話だけれども。


 ほんと、最近の私はなんなんだろう。まるで死んでしまったみたいだ、と思う。ただ成すがままに生きているだけなんじゃないだろうかと、たまに思うのだ。
 先輩がいないのが、こんなに寂しいだなんて思ってもみなかった。寂しすぎて、活動する気力まで奪われてしまうだなんて。こんなにも先輩が必要だなんて考えたこと、なかった。

「ほんと、今更後悔したって遅いんだけれど、ね」


ウサギが死んだ日
貴方を想ったまま死ねるなら、本望よ。


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PCのどがしかでんを愛す!企画様へ。

宗太先輩が一番好きだったりします。
が、暗めなお話でごめんなさい。愛はあるんですけど、ね…!
口調は敬語で通してみたんですが、どうなんでしょう。砕けた喋りとかもするんですかね。わくわく。


別れた理由は、ほんと、嫌いだからなわけじゃないんですよー。
これの後日談が頭の中に浮かんでたりするのですが、それにつながる感じです。
機会があれば書きたいですが^^
…ってことで、理由は皆様のご想像にお任せですv

参加出来て嬉しかったです、ありがとうございました!


Eve./伊鈴リズ(2008/02/10)


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