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俺と一緒に来るか?

そう問われ、硬直する名前。
この男は、本当に一体何を考えているのだろうか。
何度か見たあの飄々とした態度、軽い言動のままなら、名前も即座に否と答えただろう。
しかし、今のダンテの表情はーー…


名を呼ばれ、答えを半ば急かされているのかと、しばらく経ってから気付いた名前は、ダンテの視線から逃れる為に俯く。
「……いきなり、そんな」
そんな事を言われても困る。
けれど、心のどこかでダンテの提案に揺らいでいる自分がいるのも確かであった。

「あー、急かすつもりはなかったんだが……。取りあえず、もし俺と一緒に来るならビッグなアメリカ行きが待ってる。どの道もう少し休んだ方がいい、それによく考えな」
言って、立ち上がるダンテ。
「俺は右隣の部屋にいる。後でまたここには来るが、何かあったらいつでも来な。美人なら大歓迎だ」
そこまで続けると、ダンテは俯く名前の頭を手のひらでぽんぽんと軽く叩き、出入口のドアを開けた。
「飯はテーブルの上に置いてある、腹が減ったら食うといい」
サイドテーブルの上を指差した彼は、ゆっくり休めと声を掛けるとドアの向こうへと消える。
蝶番の軋む音と、ドアの閉まる音。それらを聞いてから名前は徐に顔を上げた。

(一緒に……あの人と一緒に)
俺と来いと彼は言った。
この提案は突然の事ではあるが、ダンテに着いて行かない事を選択した場合、フォルトゥナを離れたくとも宛てはなく、資金面に関しては街の状況を見れば銀行は利用出来ず、事実上無一文。
様々な事に不安のある名前には、ダンテの提案は良案であった。彼と共に行き、今は状況的に不可能でも、謝礼は改めて必ずすると伝えれば彼は承知してくれるだろう。
だがしかしーー…

(私だってフォルトゥナの騎士、街がこんな状態になっているのに、自分だけ街を離れるなんて……)
そう、名前が踏み切れない理由の一つはこれだ。
フォルトゥナを守る騎士、その役目を放棄して良い筈がない。けれど、上層部の人間も、教皇すらも崩御した今、魔剣教団の存在する意味はあるのか。
街を守るという目的ならば、何も魔剣教団の騎士でなければならない理由など無い。

何をどうすればいいのか、優先するものは何か。
自らの保身か、街の復興支援か、フォルトゥナを出るか、否か。
「……分からない、何が一番いいの?」
出来るなら名前がこの街を、フォルトゥナを離れ、街の復興の手助けも出来る事が名前自身にも街にとっても得策であろう。
だが、その二つを同時に叶える方法が名前には分からない。

一人、ベッドの上で悶々と思考していると、ふとサイドテーブルに置かれた袋が目に入った。それはダンテが用意してくれた名前の食事だ。

それを視界に捉えた時、街の外の住人であるダンテに意見を請うのはどうだろうかと思い付く。
彼はまだまだ知人の域にも達しないような人物ではあるが、自分の直感がダンテは信頼の出来る人間であると告げている。
普段から悪魔を相手にしている為に聡いのか、それともただの女の勘か、どちらかは分からないが今までにそれが外れた事は無い。
そして今だけはフォルトゥナの知人よりも、彼の方がまだ話す気力もほんの僅かだが湧いてくるのだ。
とは言え、ネロを思い出す為に彼の顔はろくに見れないのだが、外に出てネロやキリエと鉢合わせるより幾分も名前の精神に負担が少ないのである。
(ダンテさんに、訊いてみよう)
そうと決まれば実行あるのみ。
疲労の残る身体を叱咤しつつ何とか動かしながら、先ず名前はベッドから下りる事にしたのだがそこで躓いた。身体の痛みが原因ではなく、服をどうするか、である。

ぶかぶかのインナー姿で廊下に出るなど非常識にも程がある。名前は部屋の中に何か羽織れる物は無いだろうかと目を配れば、見慣れた物が視界に飛び込んだ。
白い布切れ、ではなく教団支給のコートであった。
近くの椅子の背に掛けられたそれを手に取ってみると、洗濯は施された様ではあるがあの日の戦闘の影響が消えることなく、至る所が裂け、泥と血の跡が薄っすらと残っている。
「…………」
名前は袖を通す事を躊躇したものの他に衣服は見当たらず、結局はそれとベッドの下に置いてあったブーツを着用し、ダンテの部屋を訪ねる事とした。

ノックを数回すれば、扉の向こうで人の動く気配がする。
数秒の後に開かれた扉から顔を出したダンテは、名前の姿を視認すると微笑んだ。
「名前、どうしたんだ?」
問うたダンテの顔を見る事を名前は出来ず、俯いたままこう言った。
「……ダンテさん、相談したい事があるんです」


* * *


「ふむ、なるほどな。名前はフォルトゥナからしばらく離れて暮らしたいが、街の復興支援もしたいと」
名前と彼女を部屋に招き入れたダンテは互いに椅子に腰掛け、テーブルを挟み向かいあっている。

相談の内容を伝えた名前に対するダンテの返答に、こくりと頷いて見せた名前。
難しい顔をした彼女にダンテは簡単な事だと、そう言いながら席を立ち部屋の窓を開け放った。
太陽は真上近くに昇り、時刻は昼前後であろうか。普段であれば賑わう街は、今はただ破壊と悲しみに染められている。
一羽の鳥が窓枠の向こうを横切った時、ダンテは続きを口にした。
「名前がフォルトゥナの外から、街を支援すればいいだけの話さ」
「……え?」
どう言う意味なのか、名前には直ぐには理解出来なかった。
街の支援をしたいのに、その街を離れてどうやって支援をするというのか、と。
怪訝な顔をした名前を見たダンテは、気にせず続けた。
「フォルトゥナは排他的で他所との交流がほとんどない。そんな街が今こんな事になってるのをどこが知ってると思う?」
いや、知らないだろうな。とダンテは窓の外の惨状を目にしながら言い、踵を返して名前の前までやって来るとしゃがみ込む。
「だから名前が外に出て、外の人間に事情を説明して支援を求めればいいって寸法だ」
「……知らない街の人間に、そんな簡単に支援なんてしてくれるものなんですか?」
名前の発言は最もである。
見知らぬ人間に、自らが汗水垂らし働いて得た金銭を誰が渡すというのか。
その答えはダンテにとっては『当然』の事だとしても、閉鎖的な街で暮らした名前には理解や想像の範疇外なのであろう。
「アメリカじゃあボランティアやチャリティーなんて当たり前なんだが……お国柄ってやつか?」
フォルトゥナは宗教都市であるから、人を助ける者は人ではなく神−この場合は厳密には悪魔であるスパーダ−という事になるのだろうか、とダンテは考える。
事実、街を救ったのはその悪魔スパーダの実子であるダンテと、同じくスパーダの血縁者であるネロなのだ。
悪逆無道を尽くした魔剣教団の教えも、あながち無下には出来ないといったところか。

ふむ、と目の前で少々眉を寄せたダンテが顎に手を当て悩む様子を名前は視界の端に見、釣られたかのように俯き考え込んでしまう。
(外に支援を求めて、本当にして貰えるものなの? ……当たり前だなんて、信じられない)
もし、ダンテの言う通り、自らの要請一つで支援を受けられるとするのならば、自分は簡単にこの街から飛び出せるのだろうか。
答えは否である。
街を出る事、一人になる事、気持ちの整理を付ける事、それらはそんなに簡単ではないのだ。
『故郷を離れる』その考えを決断にする為には、やはりそれだけの時間と本人の強い意思が必要になる。

しかし、今の名前は決意や決断するでもなく、無意識であるが結局の所、大義名分が欲しいのだ。
一人になれる理由、フォルトゥナを離れる理由、そしてそれはーー……


「名前」
唐突に名を呼ばれ、反射的にダンテに顔を向ける名前。
視線が交わり、透き通る碧の瞳を目の当たりにした名前は身を引いてしまう。
背凭れがあるので身を引いても気休め程の距離すら稼げないのだが、ネロを思い出してついしてしまうのだ。

「もう一つアドバイスだ」
一旦言葉を切ると、ダンテはすっと目を細め、名前の前髪を払う様に手を添える。
「お前のやりたいようにすればいい、周りの事は今は気にするな」
「私の、やりたいように……」
「そうだ、フォルトゥナを出るも出ないもお前の自由だ。こんな時だからこそ、どうしたいのか焦らずにゆっくり考えろ」
ダンテは添えていた手を頭頂部にやり、優しく二度撫でてやった。
「さて、名前にはあともう一つしなきゃならない事がある」
言って、ダンテは立ち上がる。
随分と高い位置になってしまった顔を名前は反射的に仰ぐと、ダンテは悪戯な笑みを浮かべていた。
「……?」
何を? という風の表情で名前はダンテを見上げていたのだが、次の瞬間悲鳴を上げる事になる。
「えっ、あ……きゃあぁ!」
「いけない子だ。俺の言った事はちゃんと覚えておかないと、おしおきだぜ」
言い終えるやいなやダンテに突然横抱きにされた名前は軽くパニックになり、手足をばたつかせ下ろすように懇願するも、ダンテは愉快そうに声に出して笑い名前を解放する事はしない。
そのままドアを開け、続いては隣、つまりは名前の部屋のドアを乱暴に開けると中に足を踏み入れる。
安物のカーペットをブーツの踵で踏み締めながら、名前を抱くダンテはベッドへと向かった。
何が何だか分からず混乱する名前を差し置き、ダンテはそっとベッドに彼女を下ろしてやる。
「とにかく休め、顔色が悪い」
「…………」
安物のマットレスに身を沈めた名前の顔を見下ろしながら、ダンテが言う。
名前の体調の事に関しては彼女自身が一番よく知っている。座る態勢にすら疲労を覚え始めていた事に彼は気付き、気を遣ってくれたのだろうか、そう名前は思った。
「なんなら添い寝でもしてやろうか? 子守唄もサービスしてやるよ」
しかしながら続く言葉はこの有り様であり、にやけた彼の顔を見て早々に前言撤回をしたくなった事は言うまでもない。

「……遠慮しておきます」
「それは残念だ……」
枕の位置を調整し、温かな掛け布団を肩まで掛け眠る態勢に入った名前に大仰に肩を竦めてみせたダンテであったが、素直にベッドから退くと出入口へと歩を進めた。
「あ、っと……言い忘れていたが」
ドアノブに手を掛けたダンテの動きが止まり、半身を捻り名前を見やる。
「俺がフォルトゥナを発つのは三日後の朝だ、どうするかはそれまでに考えてくれ」
「……はい」
神妙な面持ちでこくりと頷いた名前を見、ダンテもまた小さく頷く。
「Sweet dream.」
言って、今度こそ退室をしようとドアを開き、部屋と廊下の境界線を越えたダンテを名前は呼び止める。
「あ、ダンテさんっ」
ダンテの姿は半分以上がドアに隠されていたが、呼び掛けに応え首だけ振り向いたダンテ。名前は一度起き上がると、小さく頭を下げた。
「その……色々と、本当にありがとうございます」
名前の感謝の言葉に、ダンテはウインクを一つすると、そのままドアの向こうへと姿を消した。

「三日後……私は……」
ダンテがフォルトゥナを発つまであと三日。
共に行くか、否か。行きたいけれど、踏ん切りがつかない。
葛藤を繰り返すものの、答えは直ぐに決まるはずもなく、結局名前は眠る事とするのであった。

しかし、直ぐに眠る事など出来ず、瞳を閉じれば滲む様に浮かび上がってはやがて鮮明になる、あの時の事。
それは己にとって大切な二人が、幸せそうに微笑みと口付けを交わす光景。
続いて想像するのは、一つ屋根の下で暮らす二人がいる光景。

身を刺す疼痛、溢れ流れ落ちる涙。
泣いても泣いても、零れても零れても枯れはしないそれはいっそ腹立たしい程だ。
どれだけ激しい雨でもいつかは上がり、陽が差すもの。だというのにこの雨は一体いつ止むというのか、陽が差すというのか。
その答えは分からないが、これだけは言える。
涙が枯れてしまう事など、決してあり得ないとーー…。


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