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彼の名



熱い、そう感じた。
身体中が熱く、息も苦しい。
これは熱だろうかと疑問に思う。疑問に思うのはそう、自分が熱を出したのは本当に小さい頃だけだったからだ。
(あの時は、母が――)
ぼんやりと思考していると、次には額に冷たい何かが触れる感覚。
熱さを取り去るそれは心地良く、冷たいというにも拘わらずどこか温かい。
「…………」
男は徐に重い目蓋を持ち上げた。僅かにぼやけた視界が鮮明になった時、男は思わず目を見開く。

「あ……、目が覚めましたか?」
窓から差し込む朝日を背にした声の主は、名前と名乗った女である。
その女は自身の傍らに座り込んでおり、手元には水を張った桶が置かれていた。

男は額に乗せられた濡れタオルを掴み取り、上体を起こした、が――
「――っ」
同時に酷い頭痛がした。脳髄を揺さぶられる様な痛みに歯を食いしばり、隙間から息を漏らす。
「あっ、起きては駄目です…!安静にしてないと……」
名前が男の背に手をやるが、それは振り払われてしまった。
「……何をした」
「え?」
「貴様、俺に何をした」
頭痛を紛らわす為に額を掻く様に押さえながら、名前を鋭く睨む。
名前は恐怖から僅かに身を引くが、何とか堪えると男の問いに答えた。

「お、憶測ですが……」
言って男の顔色を窺う。未だに睨まれてはいるが、話は聴いてくれそうだ。
「あなたを浜辺で見付けた時、明らかに瀕死の状態でした。
そんな状態で私の血を飲んだ事で、拒絶反応を起こしてしまったのだと思います」
「拒絶反応だと……?」
名前は頷く。
「あなたが倒れたのは、私の血を飲んだ後です。だから、急速な回復に身体が追い付かなかったのではないでしょうか」

男は名前の言葉に、視線を彼女の首筋に移す。
既に血は止まっているが、自身が噛み付いた跡と血痕がある。
(確かに、血を飲む程に力は回復したが、身体が熱くなった。力が回復し始めたせいだと思っていたが――)

男が思考していると、名前が口を開いた。
「あの、あなたに質問があるんです」
「答える義理はない」
「それはそうですけど、名前くらいは教えて下さい。じゃないと、いつまでもあなたになってしまいます……」
男は名前の言葉に軽く息を吐き
「……、バージル」
長い沈黙の後、小さく名だけを告げた。
「バージルさんですね、分かりました。あの、それで――」
「気安く話し掛けるな」
バージルはぴしゃりと言うが、名前は黙する事はせず続けた。
「朝食に、しませんか?」
バージルは名前の言葉に僅かに驚き、彼女を見やる。
名前はまだ顔色が優れないものの、ふわりと微笑んで見せた。

名前が初めて見せた笑顔ではあったが、バージルは何も反応を返さなかった。
名前は無言を肯定と取り、徐に立ち上がろうとする。
「……あ」
だが足に力が入らず、また貧血からふらりとよろけて尻餅をついてしまう。
名前は白む視界を誤魔化す為に目を瞑り、ぐらつく感覚をやり過ごす。そして次は更にゆったりとした所作で立ち上がった。

「バージルさん」
不意に名を呼ばれ、バージルは鋭い視線を名前の方へとやる。
すると、おずおずと華奢な手が差し出されていた。
「床で寝るのも疲れるでしょうから、良かったらベッドを使って下さい。起きるとまた頭が痛むと思いますけど……」
名前は差し出した手ですぐ近くのベッドを指差したが、バージルは視線を逸らしてしまった。
これ以上の反応は望めないだろうと判断し、名前は
「ベッド、気が向いたら使って下さい」
と声を掛け、まだ若干ふらつく足取りで壁に手を付きながら部屋を出、キッチンへ向かった。

ぱたりとドアを閉め、静かにそれに凭れる。名前は緊張を解す為に長い息を吐いた。
「……怖かった。緊張した」
名前は小さく震える手のひらをぎゅっと握り、胸に当てる。
バージルが眠っていた間は安心はした、意識が無ければ何もされる心配は無いからだ。
だが、起きたとなれば話は別だ。色々と確認したい事や不可解な点はあれど、やはりまた何かされるのではないかと一抹の不安があった。
今の所、杞憂に終わっている。このまま過ごせれば良いと名前は願った。



どれくらい時間が経っただろうか、水平線から顔を出した太陽が見上げる位置になっている。
それなりには時間が経っている様だ。

男、バージルは名前に勧められたベッドは使用せず、床に座り込んだまま頭痛に耐えていた。
色々と考える事、考えたい事はあれど酷い頭痛が邪魔をする。
(……忌々しい)
顔を顰め思わず舌打ちをするが、ふと鼻腔を擽る良い香りにドアの方を見やった。
朝食にしないかと名前が言っていた事を思い出し、バージルは自分が考える事も可笑しな話ではあるが、あの様な仕打ちをされながら呑気に二人分の朝食を作る彼女の神経が理解出来ない。

何か裏があるのではないか、とそんな考えが頭を過ぎる。
実際に彼女に何か裏や策があったとしても、自分自身の体質では毒を盛られようが効果は見込めず、具材に針や剃刀等の刃を混入されたとしても瞬きの内に塞がってしまうだろう。
何より彼女が食事を作ろうが、バージルはそれを口にする気は更々無かった。
油断させ隙を狙うにしても、彼女の先程の怯えきった態度では何かしようと画策するだけ無駄というもの。

名前が何を企んでいるのかは分からない、だが彼女の力は手に入れるに越した事はない。
彼女は先程
『力は癒やす事のみ、力そのものを他人に与える事は出来ない』
と口にしたが、あれだけの力をその身で体感したバージルはまだ名前の力に隠された力があると確信していた。

痛む頭に叱咤しつつ、思考しているとコンコンとドアをノックする音が響く。
「失礼します」
ドアを開け入って来たのは勿論、先程朝食を用意する為キッチンに向かった名前であった。





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