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遣らずの雨
 地を打ち鳴らす冷たい雨が、暗く淀む空が、私の心のようだとは思わなかった。

 さあどうぞ私の余裕の無さを笑って下さい。でもいいのです、私そんなのちっとも気にしていませんから。どうだっていいのですよ、そんなこと。
 そう嘯いていても、私の言葉に答える者など一人もいなかった。例えば草木や障子や畳に耳があり頭があり口があるというならば話は別なのだろうが、生憎そんなのは仮定してみるだけ無駄というものだ。ただ降り止まない雨が私の言葉をかき消そうとざあざあ音をたてるばかりである。
 彼が此処を訪れなくなって何度月が満ちては欠けたのだろう。元々そう頻繁に来ていたわけでもなかったが、此度のようにぱたりと足音が途絶えてしまうということもなかった。居なくなった彼の代わりに雨期よろしく連日のように雨が降っている。
 悲しくはなかった。寂しくもなかった。胸中に澱のように積るこの感じは、きっとそういったものではないのだ。
 濡れてやろうかと思って、裸足のままで縁側を降りた。忽ち雨水が着物に浸み込んでいく。素足に触れる濡れた草が不快だ。水を吸って張り付く髪や着物が冷たくて鬱陶しかったが、雨よりも自分の体温が鬱陶しかった。
 きっと彼は知らないのだろう、知るべくもないのだろう。いつ来るのか、いつ来なくなるのかさえ分からない男を、待つしか出来ない女の気持ちなど。また来るよ、なんて、そんな安易な口約束を残すだけの彼には、きっと分からない。私は彼の住む場所さえ知らない。自分から会いに行けないもどかしさを知らないから、こんな風に私を放っておけるのだ。酷い男だ。あんな男のために、泣いてなどやるものか。
 だからこれは涙ではない。雨が頬を流れただけだと言い訳の準備をして、喉の奥で声を殺した。微温い雫は雨に紛れて冷たくなった。



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