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涙(ビル女)



気を抜けば眠ってしまいそうになる、あたたかな日が射す窓辺で
美しい金髪を風に揺らして、少女は微睡んでいた。


「女王様」


呼ぶ声にそっと目蓋を上げれば、本棚を背にして眼前に広がる緑。
真実の番人という大層な肩書きを持つ召使い(と少女は認識している)、深い緑の髪を持つ青年が間近に顔を寄せていた。


「こんなところで寝ては、
 お風邪を召されます」


なにを馬鹿な、と少女は思う。
愛しい愛しい彼女につくりだされた自分達が、
彼女の世界の雑菌に感染などするはずがないのだ。

目覚めを確認して青年が身を離すと、
からかいのために微睡みを阻害されたと思った少女は唸るように言う。


「首を狩らせなさい」

「謹んでお断りします」


青年はあしらうように笑うと、静かに身を翻し部屋を出た。
少女が黙って青年が出て行った扉を見ていると、青年は毛布を持って戻ってくる。


「…馬鹿にしてるの」

「まさか!」

おどけて驚いてみせる青年が癪に触ったのか、少女は身を起こしかけたが
動きを一旦止めると、馬鹿馬鹿しそうにため息をついて
また窓辺に突っ伏した。

不思議に思った青年が名を呼ぶと、少女はため息混じりに言う。


「…アリスはどうして、
 首だけになってくれないのかしら」


少女はもう一度、愛しい彼女を想ってため息を吐いた。

彼女が首だけになったなら、何があっても手元に置いて
一日中愛でていられる、守ってあげられるのに。

永遠が約束された一瞬の痛みなど、取るに足らないのだと
どうしたら愛しい彼女は分かってくれるのだろう。


「アリスは、私が嫌いなのかしら…」


青年は、その言葉に目を見張った。
いつ何時でも強気な彼女の口から、自らを否定するような言葉が出るとは思わなかったのだ。


「…何か、悪い夢でも?」


青年が優しく聞けば、少女はぽつぽつと語りだす。


「……アリスの首を、狩る夢………」


夢の中で、少女は無抵抗の彼女を首だけにした。
その首を特別に誂えた台座に飾り、美しい黒髪を梳いてその名を呼ぶ。

しかし彼女は応えない。目を開けることも、ましてや微笑んでくれることもない。
あの軽やかな声で、歌うように呼ばれることももう二度とない。

それは、彼女がずっと望んでいたことで、少女がずっと恐れていたことだった。


「だって…
 アリスが、望んだんだもの」


そのためにわたしは、そのためだけにわたしはうまれたのに。

彼女を守るために。彼女を、汚い世界と決別させるために。


(でも、本当は、)


生きていてほしかった。

辛いあの日々から、彼女を救い出したかったのは確かだ。
けれど、どんなに辛かろうと、生きていてほしかった。

彼女が望むなら、なんでもする。
それは嘘ではない。

死は永遠の約束であり、美である。
それは真実だ。
彼女が首だけになったなら、さぞかし美しいだろう。

それでも少女は、愛しい彼女と共に笑いたかった。
幼い彼女を冷たい台座に置き去りになどしたくなかったのだ。


「でも…アリスが、望むなら…。

 アリスの望みを叶えるためだけに、
 私達は生まれたのに…」


何故彼女は拒むのだろうか。
彼女が望み、彼女が創り出した自身を、彼女は否定するのか。

少女が細い肩を震わせると、青年は、そっと毛布をその肩にかけた。


「…アリスが望むなら、
 我々も死ぬのです。女王様」


ぽつりと呟いた言葉に対して、少女は当たり前だと言わんばかりに眉をひそめる。

そんな少女を、青年は小さく笑った。


「アリスが風邪を引くよう望めば、
 たちまち我々は寝込むでしょう。

 アリスが世界を閉ざせば、
 我々は消えるでしょう」


しかし、と青年は続ける。


「我々は消えるどころか、
 寝込んでもいません。

 混沌に支配されていたこの国も、
 穏やかで暖かい場所になりました」


何故か分かりますか。
そう問う青年に、少女は不機嫌そうに先を促した。


「アリスが望んでいないからです。
 我々が死ぬことも、
 この国が荒れ果てることも。

 逆に言えば、
 アリスが望んでいるからこそ
 我々は平和に存在している」


あなたも例外ではありませんよ、と青年が言う頃には、少女は俯いて毛布を握りしめていた。


「あなたはご自分が、
 アリスに見限られたとお思いでしょう。

 しかしアリスは、
 あなたの存在を望んでいるのです」


アリスはもう、自らの死を望んでいません。
あなたを、自らを殺すためだけに存在させている訳ではなく
きっと一人の友人として、アリスはあなたを見ているのでしょう。


「ですから女王様、
 お顔をお上げ下さい。

 夕方に来るというアリスは
 あなたの赤い目元を
 さぞかし心配するでしょうから」


早く冷やさなくてはね、と笑う青年に、少女の笑顔が凍る。


「…夕方に、来る?」
「ええ、
 うっかり言い忘れてしまいましたが。
 おや、そろそろ時間なのでは?」

「………っ」


屋敷中に女王様の怒号が響き渡るまで、後1秒。


女王の目にも


(大人しく首を切らせなさい!)
(おやおや、アリスが来たようですよ)
(え、)
(気のせいでした)
(!!)


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