「アリス」
灰色のローブに包まれた彼は、呟くように名前を呼んだ。
それは世界の名前で。
それは神の名前で。
それは大切な大切な、たったひとりの少女の名前だった。
「アリス」
答える者はない。聞こえるのは、彼の微かな呼吸音のみだ。
本来、少女の部屋であるはずの空間はしんと静まりかえり
明るい太陽の光は、彼にとって苛立ちを助長させるものでしかない。
「アリス」
彼は呼んだ。
彼女には届かないことを知って、それでもなお呼び続ける。
無駄だと理解しているにも関わらず呼ぶ。
アリス アリス アリス―――
呼んでも決して届かないというのに止められない。止めたくない。彼はその感覚を知っていた。
始まりはずっと昔。
少女が彼を作り世界を作り、そして捨てたとき。
ごめんなさい
ごめんなさい
さようなら――
少女がそう言って世界を閉ざした時も、彼は一心に呼び続けた。愛しい少女の姿も見えない、声も聞こえない、ただ少女が創った深い闇と痛みの世界で。
彼は思い出していた。あの闇の中で悔んだことを。
―――あぁ、アリス
君と別れるくらいならいっそ
君を連れていってしまえば良かったのに―――
彼はゆっくりと夕日に染まる部屋の中で、己の爪を見てぼんやりと笑った。
きっともうすぐ少女はやって来る。玄関を開けて、階段を登って部屋に入り、甘い声で“チェシャ猫”と呼ぶのだろう
他の誰かにも向けた笑顔で。
アリス アリス
僕らのアリス
僕以外に微笑まないで
僕以外にその声を聞かせないで。
ねぇアリス
僕だけのアリスになって!
世界の端で猫が笑う。
(みんなのアリスは)
(ぼくが殺してあげるから)
以下、あとがき
キリ番2727を踏んで下さった
悠様に捧げます!!
アリスがさよならを告げたとき実はチェシャ猫が一番傷ついてたりすると萌える!という妄想より。
アリスをまったく出せず申し訳ないです;
悠様に限りフリーです。
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