「夢を見たの。アリスの夢よ」
少女は開口一番、食堂に朝食を運んできた海亀のような姿のシェフに言い放った。
シェフは「はぁ」と感嘆とも呆れともつかないため息を漏らし、長いテーブルの端に居るドレス姿の少女を見やる。
淡い紅色のドレスは、白いレースに彩られていて少女の金の髪を一層華やかにみせていた。
しかし、素直に見惚れられないのは少女の手に握られたドレスにはあまりにも不釣り合いな灰色の鎌のせいだ。
少女の身長の半分はあろうかという柄に、鈍く光る刃。
その鎌を握る少女の細い腕が微かに震え始めたのを見てとったシェフは、慌てて手足と共に首を引く。
ごとん、と手足のない甲羅が落ちる音と、鋭い一閃が宙を切る音はほぼ同時だった。
「女王様ぁ、どうなさったんですかぁ〜」
この状況にしては些かのんびりしすぎた声が食堂に響く。
「お黙り!!」
ピシャリとシェフの言葉を跳ね退けると、女王と呼ばれた少女は渾身の力で大きな甲羅を蹴った。
シェフはうひゃあああ〜という声を漏らしながら、入って来たときから開け放してあったドアを過ぎていく。
女王はそれを見計らって、思い切りドアを閉めた。
ひどく重い音が、空気を痛い程震わせる。
「…アリス」
こつん、と額を冷たいドアに押し当てて呟けば、静かな食堂に響く声が一層情けなく聞こえた。
鎌を握り直して感触を確かめる。確かな重さと、多少ザラついた柄に安堵した。
「そうよ。あれは夢」
それもひどく質が悪い夢だと女王は一人ごちる。
女王の愛しい少女が、さよならも告げずに遠くに行ってしまう夢。
「アリス」
なおも呟くが、応答はない。
女王はゆっくりと瞼を閉じて愛しい少女を思い浮かべた。
――美しい長い茶髪が風に揺れる。
小さな少女はその紅い唇に笑みを乗せて、名を呼んだ。
じょおうさま、じょおうさま、と舌足らずな声で、
何度も何度も何度も。
それだけで、女王は幸福だった。
なのに、と女王は思う。
アリスは行ってしまった。
私が決して行けない、アリスの世界に行ってしまった。
どうして?
この世界には痛みなんてないのに。
どうして?
この世界には辛さなんてないのに。
ああ、ああ
「私たちのアリス…」
アリス アリス
愛しいアリス
どうか私に守らせて
あなたの笑顔を
あなたの幸福を
ねぇ、だから
足なんて、体なんていらないでしょう
私から離れていくための足なんて捨てて頂戴
そうしたらあなたは永遠に
私の、私だけのアリス―――…
以下、あとがき
キリ番666を踏んで下さった
ルィ様に捧げます!!
女王様の美しさが表現できなくてごめんなさい…!
ルィ様に限りフリーです。
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