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ああまたこの夢か







今宵もナイトメア








 暗い暗い闇の中。目を閉じているか開いているのさえ分からない。何の光もない。完全な暗闇だった。
 ああまたこの夢か。俺は頭の中でそう思った。何回見たかも分からない。いつもの夢だ。悪夢。
 ぼんやりとしていると周りから声が聞こえてくる。これもいつも通り。聞きたくないと手の平を耳に押しつける。だけど効果はない。この呟き声は手を通り抜け、俺の鼓膜を振るわせる。男や女、小さな子供から赤ん坊まで。その全てが一斉に声を出しているような何十にも響くこの声はいつも同じ事を俺に問いかけてきていた。

『どうして、お前だけが生きている。どうしてお前だけが……』

 そう呟きながら、ぼんやりと鈍く光る手が闇の中から出てくる。それは俺の腕に、肩に、足に、腰に、頭に絡みついた。ひんやりとしたその手達は、おそろしい力で俺を闇の中へ引きずりこもうとする。どんなに抵抗してもその手はふりほどけない。

『止めてくれ…………』

 俺がどんな抗議の声をあげようがおかまいなし。それはゆっくりと俺を闇へと引きずり入れる。

『止めてくれ!』

 先ほどまであった腕の感覚がなくなった。さっきまできつく疲れていて痛かったのに。何の感覚も無くなってしまった。このまま闇へ全身が入ってしまった時、俺はどうなるのだろうか。その先を想像して背中に寒気が走った。
 そうこうしているうちに、手達は順調に俺の体を闇へと持っていっている。腕、腰、胸の感覚はもうない。俺は必死に抵抗した。首をぶんぶんと振って、手を離そうとする。だがそれも無駄なことだった。まずは首の感覚がなくなり、次に口、鼻、耳の感覚を失った。行き場を失った腕達は一斉に俺の頭を掴む。勢いよく捕まれ、髪が抜ける嫌な音がした。

ごめんなさい。

 ゆっくりとゆっくりと黒へと沈み込んでいく頭で必死に謝る。俺は知っていた。この闇の、手の正体を。最初に夢を見たあの日からずっとずっと。
 あの時、俺だけが、俺たった一人だけが助かった。周りの者が倒れていく中で俺だけが助かった。俺だけが再び日の光を浴びることが出来た。

ごめんなさい。

 これはきっとあの時、ゼロリバースの時にあの闇へと呑まれていった人たちの恨み。一人だけ生き残った俺に対する。この人達は俺をきっと許さないだろう。俺が生きている限り、ずっとずっと。だからこうして夢へと現れ、俺を闇へと引きずりこもうとする。あの時出来なかったから。俺一人だけが生き残ったから。





「遊星。起きろ。」

ベッドに転がる遊星の体が震えた。

「遊星!」

 もう一度ジャックが大声を出すと、弾かれたように遊星は飛び起きた。その顔色はとても悪い。額に汗までかいてはぁはぁと短い呼吸を繰り返していた。

 ジャックは隣から聞こえている唸り声で目が覚めた。ああまたか、と横にいる遊星を見る。悲痛な表情を浮かべていた。何かから逃れるように頭を振っている。
 遊星はよく夢を見ると言っていた。誰かから、体を捕まれ闇へと引きずりこまれる悪夢を。それはきっとあの時、ゼロリバースの時に助けられなかった人たちだ。そう遊星は言っていた。その人達の恨みが、すごくすごく深いからこうやって俺は夢を見る。そう言っていたのは、もう何年も前の話だ。

「ジャック…………俺は相当恨まれているみたいだな。」

 自分の手を見ながら、遊星が呟いた。その顔には己を嘲るような笑みが浮かべられていた。その顔を見てジャックの胸が痛む。ああ俺がもっと早く起きていればお前を助けることも出来たのに。お前が苦しんでいるのに、俺は隣でのうのうと寝ていたなんて。ジャックは唇を噛んだ。数分前の俺を殴ってやりたい。

「遊星………俺はお前が生きていてくれて嬉しい。俺と会ってくれて嬉しい。」

 ジャックは遊星の頭に手を置いた。黒い髪をゆっくり撫でる。汗でしっとりと濡れた髪は手によく馴染んだ。本当なら遊星の体を力いっぱい抱きしめてやりたい。冷え切っている遊星の体を温めてやりたい。だけどそれは出来ない。遊星はこの夢を見た後、人に触れられるのをひどく嫌がるから。

「………俺はどうやったら許されるのだろうか。」

 遊星の言葉にジャックは笑った。いつもの人を小馬鹿にしたような笑みではない。普段のジャックからは考えられないほど、穏やかな笑みで。

「俺がもう許してる。」

 その間も頭を撫でている手を止めない。ゆっくりゆっくりと子供を宥める母親のような手つきで撫でていく。

「いや。俺は許されていない。」

 ジャックの言葉を拒むように、遊星はベッドの上で更に縮こまった。その姿はまるでまだ生まれてくる前の赤ん坊のようだ、とジャックは思った。

 遊星。お前は馬鹿だなぁ。
 お前は本当にこの悪夢が、お前に対する恨みが見せているとでも思っているのか。
 そう思っているのなからそれは違う。それはお前自身が見せているものだ。
 ずっとジャックは思ってきた。遊星から悪夢の内容を聞いたあの日から。ずっと考えてきた。遊星は自分を責めたがっているのだと。

 遊星はゼロリバースから己だけが生き残ったことをひどく負い目に感じているような節があった。それを決して表に出すようなことはしなかったが。
 遊星は何も悪くない。まだ1歳の子供に何が出来る。目の前で何が起こっているのさえ理解出来ていないような子供が。言葉さえ満足にしゃべれず、体だってまだ自由に動かせない子供が。それを分かっているからこそ、誰も責めない。責めることなんて出来ない。当たり前だ。そもそも遊星はあの事件になんの関係も無い。ただあの場所にいただけ。あの実験の責任者がたまたま親だったというだけなのに。
 それだけなのに遊星は自分を責め続ける。何か出来ることがあったんじゃないか、何か、何か、何か。そうやって苦しむ。お前に出来ることなんて無かったろうに。1歳児のお前が。何が出来るというんだ。

 俺がどんな言葉をかけたところで遊星は自分自身を責めることをやめない。誰の言葉も拒む。そして自分を責め続ける。そしてその思いがあの悪夢となって遊星の前へと現れた。あれは恨みが見せているものなんかじゃない。遊星自身が見せている、他の誰でもなく遊星が望んだものだ。

 お前は気づいているか、遊星。あの悪夢を見た後のお前の表情は、すごく満ち足りたものだということを。

 ジャックは遊星を助けたかった。許したい。あの悪夢から解放してやりたい。だけどきっとそれは無理なのだとジャック自身分かっていた。そのことは遊星が拒むだろう。
遊星が自分を許さない限りあの悪夢は遊星を蝕み続ける。そしてその日はきっと来ないだろう。遊星は自分を死ぬまで責め続ける。ジャックにはそう思われてならない。
だけどそれでも、ジャックは遊星を許したかった。遊星が自分を許さないのなら、俺が遊星を許してやろう。世界中の誰もが遊星を恨んで責めたとしても。

「遊星………」

この思いはいつかお前に届くのだろうか。
 胸に詰まった感情がジャックの瞳から一粒涙を落とさせた。

「ジャック、お前はあの人達の為に泣いてくれるのか。本当に優しい奴だな。」

 遊星の呟きはサテライトの闇へと溶けていった。










あきゅろす。
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