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 未だ浮ついている気持ちを落ち着かせようとしたが上手くいかない。先ほどの余韻がまだ心の中で暴れ回っていた。さっきの出来事を後で帰ってくる遊星に伝えたくなったが、それをぐっと我慢した。遊星には毎日外を眺めているのは内緒だし、それを言ってしまえば遊星は怒るかもしれない。それはちょっと嫌だと考えながら、いまだ興奮で覚束ない足取りでふらふらとソファへと行って思いっきりダイブした。
 柔らかなソファは簡単にジャックの小さな体をずぶずぶと沈みこませた。置いてあったテレビのリモコンに手を伸ばして、面白そうな番組を見つけようとチャンネルを変えていくがどうも面白そうなものはやっていない。
 テレビの電源を消して、起きあがり、ぐるりと部屋を見渡すと本棚の前にカードの箱が綺麗に積み上げられているのが見える。積み上げられている箱の種類はばらばらで、同じ絵柄の物もあれば、違う絵の物もある。ざっと目を通すだけで20箱以上あるであろうそれは一つもいまだ開けられていなかった。
 それを触ってみたい、とジャックは思ったが、その願いを振り切るように頭をぶんぶんと横に振った。そうだ、遊星と約束したじゃないか。部屋にあるでゅえるもんすたーずのカードは触っちゃいけません、って!前に一度遊星のカードを手に取り、そのテキストを読み上げたことがあるが(と言っても難しい漢字だらけでよく読めなかった)、その時のあの恐ろしい遊星の顔といったら!思い出すだけでも怖い。
 ジャックッ!と普段声を荒げることのない、遊星が声をあげてジャックに近づいてくる。その顔はどういえばいいのか分からないが、今まで遊星と一緒にいた中で一番恐ろしい表情だった。凄い勢いでジャックの手の中に握られていたカードを取り上げて、ケースの中にしまい、ジャックの方を見る。ジャック、これはお前は触ってはいけない。これにお前は関わっちゃいけないんだ、分かるな?と言っていつも通り優しく頭を撫でてくれた。が、ジャックには遊星の表情が忘れられない。ひくひくと震える声で、はい、と言うと怖がらせるつもりはなかったんだ、だけどこれはジャック、お前を不幸にする。必ず、これに関わってはいけないんだ。と言って強く抱きしめられた。いつもならその体温に落ち着くはずなのに、その時ばかりは目の前にいる遊星が恐ろしかった。
 それから、遊星は一切ジャックにデュエルモンスターズに関わらせるようなことはしなかった。さすがにもう遊星の部屋に入りきることが出来なくなった新品のカードの箱だけはリビングの隅においてあるが、それもすぐに触れば分かってしまうし、箱を開けてカードを見ようとするなんて以ての外だった。しかし、ジャックには忘れることが出来なかった。あの日、手に取ったカード。もうカード名もテキストの内容も覚えてはいないが、あの雄々しい赤い竜の姿だけはどうしても忘れることは出来ずに今でも覚えている。
 遊星は、どうやら「でゅえるきんぐ」なるものになっているらしいがその姿も見たことがない。でゅえるきんぐ、は一番デュエルが強い人がなれるらしい。それって凄いことだと思うのだが、それをジャックが遊星に凄いね!と言うたびに遊星は複雑な表情をする。決してそれを誇らしげには思ってはいないらしいのが不思議でたまらない。なりたい人なんていっぱいいるだろうに、遊星はそれを嫌々やっている節がある。しかしやはりでゅえるきんぐはやらなくてはいけない、大切なお仕事らしくほぼ毎朝出かけていく。そして今日も。すごいとは思うが、やはりジャックは遊星と離ればなれにするこのお仕事は好きになれそうにはなかった。
 でもやっぱり一度だけ遊星がデュエルしている姿が見てみないなぁと思いながら、唐突にやってきた睡魔に身を任せ、ジャックの体はソファへと沈み込んでいった。











 ぼーんぼーんぼーんと、昔ながらの掛け時計の音がした。これは遊星のお気に入りの時計で前に住んでいた場所から持って来たらしい。古いもので今のシティにはもうなく、シティで唯一ここにしかないものである。この音を聞くと、何処かあったかい優しい気分になるからこの音は大好きだ。
 寝ぼけた頭でそう思った瞬間、はっ、と目が覚めた。いつから寝てたんだろう、もう遊星帰ってきたかなぁ、と慌てて飛び起きると体の上にはかかっていなかったはずの薄いタオルケットがかけられていた。あれ、と考えていると部屋の電気が煌々とついている。確かソファの上でごろごろしていたのは、ちょうどお昼頃で、今は電気がいる時間…?寝ぼけ眼で窓を見るとしっかり淡い黄色のカーテンが閉められている。そして時計を恐る恐る見てみると、針はきっちり6時を指していた。
「ぇ、ええっ!?」
 どうやら軽くうとうとするつもりがそのまま6時間も寝ていたらしい。あわあわと手を動かしながら、食卓へと目線を移すと遊星が肘をテーブルについて微笑みながらこちらを見ている。

「よく寝ていたな。」

 もうとっくの前に遊星は帰ってきていたらしく、食卓の上には湯気がほこほことたっている真っ白いシチューの皿が見える。他にもコップやお茶も全部用意してあり、もう食べるだけ、という状態だった。

「お、おこしてよ、ゆうせい!」

 お手伝いしたのに、と非難めいた声を出すと、いや、別に良かった。とだけ素っ気なく答えられた。
遊星はよく仕事で疲れて帰ってきているので、夕ご飯の準備を全てすることは出来ないもののいつもジャックが出来る最大限の手伝いをしていた。といっても遊星は包丁を持たせてくれないので、たまねぎの皮むきだとか皿やお箸を出すのを手伝うとか簡単なものだったのだが、遊星の力になっているのが嬉しかったし楽しかったのに。
 下を向いて拗ねているジャックを優しく見つめながら、遊星はジャック用に買った可愛らしい子供用のスプーンを差し出した。

「また今度一緒に、料理を作ろうな。」

 その言葉を聞くと、ジャックが顔をあげてうん、うん!絶対だよ、遊星!と顔を赤らめながら一生懸命首を縦に振った。
 差し出されたスプーンを分捕るように力強く取って、ゆっくりと白の中に銀色を浸していく。そしてそれを口をへと運んでいった。
美味しい。やっぱり遊星の料理が一番美味しい!
 そう思いながら、ぱくぱくと食べていると遊星と目があった。美味しいか、と問われ元気よくうん!と答えた。すると遊星は目を細めて笑いながら、
「ジャックはシチューが好きだったからな。」
と呟いた。一体何のことだがいまいちジャックには分からなかった。確かにこの料理は好きだが、それを特別に遊星に伝えたことがあっただろうか?と思い出してみるが、やっぱりないような気がする。遊星に聞いてみようか、と思い遊星の顔を見上げると、遊星の目線はここじゃない、何処か遠くをじ、と見ているような、深くて綺麗な藍色の目がぼんやりとしていた。
 時々遊星はこんな目をすることがある。理由は分からないし、一体この時何を思っているのかは分からない。だけど今は、聞くのをやめよう。と何となく思った。そして同時に遊星がとても遠い存在に感じられた。
 遊星はこちらの、スプーンを持っているパーカーがめくられて剥き出しになった腕をまじまじと見つめた後、安心したように笑っていた。何か付いてるのかなぁと思い見てみると何もない。ただいつものように白い腕があるだけだった。
 そういえば。ふと新しくシチューを掬い上げて口に突っ込みながら考えた。俺は、遊星のことを何も知らない。勿論俺のことも分からないけど、遊星のことも知らない。いつも一緒にいるけど遊星の過去については知らない。何にも分からないことだらけだった。
−−−−−−ねぇ、遊星。いつかさ、いつか。かちゃかちゃと手を動かし始めた遊星を見つめながら心の中で呟いた。全部、ぜーーーんぶ、教えてくれるよね?俺の疑問、全部はらしてくれるよね?
 直接聞くのは怖い。だから、心の中でそっと遊星に問いかけた。














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